第19話 善と悪
槍と斧、そして拳が一度にぶつかり合う。
『まさかの素手かよ!』
『こいつ自身がアータルの塊なんだよ!』
「統さんの仰る通りです、武器は必要ありません」
統は冷静にコードを唱える。
――
虚空から黄金を召喚する。
それは人の、いや神々の形を創りだしていく。
「ふむ、一体一体が先ほどまでの私に匹敵するアータル量ですね。流石です」
アズダハクは本気で敬意を示すように拍手する。
『舐めてんじゃねぇーっ!』
――
言葉の怒気とは裏腹に、佐浦が起こした行動は、辺りに灰色の靄を撒き散らす事だった。
「……これはアータルの制御を阻害する効果があるようですね、なるほど、確かにあなたを過小評価していました」
靄の中で動きにくそうに身じろぎするアズダハク、しかしその口調は変わらない。
『アータルの制御を阻害って……お前! 俺の攻撃が飛ばせなくなったじゃねぇか!』
『知るかそんな事! さっさとアイツを倒さなかったお前が悪い!』
まるで小さい子供の口喧嘩である。下手をすれば、世界さえ巻き込みかねない戦いの最中とは思えない、
「お二人の技を見せてもらいましたし。私からも一つお見せしましょう」
――
アズダハクの姿が、三人へと分身する。
『はっ! 今さら分身如きでっ!』
――
インドラが使っていた落雷を思わせる一撃を分身の一体に見舞う。
しかし、雷を受けた分身に大したダメージは見受けられなかった。
『……行け! 化身達!』
灰で身動きの取れない一人、雷を受けた一人、残る一人に向かって黄金の化身達を放つ統。
十体に囲まれるアズダハク。
しかし、その全ての攻撃を手や足、頭まで使って受け止めてみせた。
灰に包まれたアズダハクが語る。
「全て私と同スペックです。どうか侮らないように」
アータルを纏っているはずの二人は、汗が額を伝っていったような感覚に陥った。
『こちらノーリッジ、もう現場に着いていると思うのですが……』
地下空間の一角。
マイナス・アータルを制御するフヮルナフの黒い奔流が垣間見える場所。
『うーん、おじいちゃんのことだし……タワーのラボみたいに隠してあるのかも……』
確かにダマーヴァンドタワーのガロードマーンラボは、普段はただの展望室と応接間の折衷みたいな場所だった。
ならばこの場所にもなんらかのスイッチがあり、それさえ解除出来れば、制御を阻害へと辿り着ける……。
『ノーヒントで、それを見つけるのは不可能なのでは?』
『うーん……しょうがない。壊そう!』
『あんまり褒められた選択とは思えませんね……ですがそんな事を言っている場合ではない。ですか』
『そ! というわけでやっちゃって!』
今のノーリッジはいつもスーツ姿ではなかった。いや一応『スーツ』ではあるのだが。
それは『対フラストル用パワードスーツ』導入前にクスティが完成しお蔵入りとなった一品だった。
『まさかこれを使う日がくるとは思わなかったよ!』
タルサが笑う。
『……でしょうね』
ノーリッジも思わず苦笑する。
ガシャガシャと音を立て動くパワードスーツ。
その手には巨大なガトリングがあった。
とりあえずフヮルナフを傷つけないように狙いを付けてトリガーを引く。
凄まじい轟音が地下空間を反響する。
パワードスーツに外からの音量を調整する機能が無かったら鼓膜が破けていたか、脳震盪でも起こしていたかもしれない。
ある程度、まんべんなく撃ち終わった後、辺りを見回しても、制御施設の入り口らしきものはない。
一瞬、タルサの情報が誤りなのではないかと疑ったノーリッジだったが、すぐさまに思い直す。
疑うべきは自分だった。
『……となると』
研究者の
黒い奔流が流れるフヮルナフが垣間見える場所。
『これがカモフラージュだったとは、確かに、これに飛び込もうとは誰も思わない』
ノーリッジもフヮルナフに飲み込まれた天鉄夫妻の顛末を聞かされていた。
それでも躊躇せずに飛び込んだ。
その先に待っていたのは、黒い奔流に飲まれ消えていく光景、ではなかった。
「ようこそ、このラボに名前はないが、歓迎しようじゃないかノーリッジ君」
『アータシュ博士……』
真っ白で清潔な部屋、複数あるモニターには今まさに戦っている三者の姿と、それぞれのアータルの数値が表示されている。
「なあ、ノーリッジ君、その物騒なモノを脱いで、少し話をしないか?」
『お断りします』
ガトリングを構えるノーリッジ。
「私を殺す気かね?」
『非殺傷のゴム弾やスタングレネードもありますよ』
「私の歳だとそれでも死んでしまいそうだが、まあいい。ならばそのままでいい。話を聞く気は?』
ここでノーリッジは躊躇ってしまった。
またしても研究者の性が出てしまう。
真実を追求したくなる。
モニターに映る光の化身、統。
彼を早く助けなければという想いと、少し聞くだけなら誤差だという悪魔の囁きが聞こえてくる。
その沈黙を、アータシュは勝手に肯定と受け取って語り始める。
「ノーリッジ君、君は新世界というものを見たくはないかね?」
おおよそアータルとは関係なさそうな語りの始まりに、頭の中の疑問符が増えてノーリッジの研究者としての追求欲が増していってしまう。
『博士……抽象的な話は結構です。端的に話して下さい。あなたの目的は?』
「私は端的に話したつもりだがね。世界を新たなフェーズに押し上げる。世界をアータルに溶かすのだよ。それこそが人類が寿命に食糧問題、エネルギー問題など様々な問題を解決し、高度な情報処理と、それを即時に具現化出来るようになるのだ。まさに素晴らしき新世界だ」
ノーリッジはゴム弾に切り替えてトリガーを引いた。
腹の辺りに直撃を食らったアータシュは車いすから転げ落ちる。
「なぜ……かね……」
遠のく意識のなかで問いかける。
『……そうですね。端的に言うなら、僕はハンバーガーを食べるのが好きなんです』
「……実に、非合理……的……だな……」
博士は気を失う。
『……博士の言う新世界は確かに素晴らしいです。いつか、そんな世界が来てもいい。だけど、それを今、個人で決めるのは間違っている』
ノーリッジはパワードスーツを脱いでいつものスーツ姿に戻り、フヮルナフの制御装置へと向かった。
――
統が黄金を燃えるような翼を持つ鳥に変えてアズダハクの一体へとぶつける。
――
巨大な蛇が現れ鳥を締め上げてしまう。
――
対抗して一匹に七つもの頭が付いた巨大な蛇を召喚する佐浦。
――三頭唱・
多頭の蛇が煙に包まれる、すると頭同士が互いに互いを咬み付き出してしまった。
『埒があかねぇ!』
(ノーリッジ……まだか……!)
「アータル生成率はかなりの上昇を見せています。世界が、少なくとも、この特区が飽和するのも時間の問題ですよ」
『……何?』
「おや? 聞いていなかったのですか? アータシュ博士の目的はアータルを飽和させ、世界をアータルへと溶かし、新たなフェーズに引き上げることだったのですよ?」
統は槍を構えて突撃する、それを掴み取るアズダハク。
「どうしました?」
『お前を早く倒さなくちゃと思っただけだ』
統には正直言ってそれが善いことなのか悪いことなのかは分からなかった。
だけど、ドゥグドウの言葉を思い出す「あの力は危険、アータルに乗っ取られる――」多分、まだこの世界にアータルという存在は早すぎる。
クスティの中にいるドゥグドウにも、想いが伝わったらしく彼女の言葉が聞こえてくる。
『統の思った通りだよ。いきなり身体をアータルに作り変えるなんて危険すぎる。そんなことしたら、その人がその人じゃなくなっちゃう』
『そっか、じゃあ絶対止めよう!』
その時、ノーリッジから通信が入る。
『制御完了です! これでアズダハクも弱体化するはずです! 本当なら消滅させるのが最善なのですが……結晶体がアズダハクの内部にあるせいで、そこまでは……』
アータルに包まれている統はその中で笑う。
『いいや、充分!』
アズダハクの分身が消える。
それだけではなく、その存在がブレはじめる。
黒いスーツ姿の少年から、黒い靄で形作られた人型の姿へと変わったり戻ったりを繰り返している。
「制御を奪われましたか。博士も詰めが甘い」
『貰ったぁ!』
佐浦が斧を振り下ろす。
だがそれは受け止められる。
しかし変化はあった。それまで素手で受け止めていたアズダハクが武器を出したのだ。
『……弓?』
「まさか、これを使うことになるとは……これを使えば私の存在は自動的に消滅します。あなた達の勝利です」
『あん? 自滅するってのか? 俺達を巻き込みもしないで?』
「……巻き込むのは、世界の方だ」
アータルの飽和、世界を溶かす。
『ッ! やめろぉ!』
突進では間に合わないと思い、槍を投げつける。
それでも間に合わない。
――
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