第18話 トリプルロウテイション


「流石に三つのクスティを一人で制御するのは負担が大きすぎるのでは?」

 右腕に自分のクスティにタルサとノーリッジのクスティを取り付けた統を見て、思わず不安気な声をこぼすノーリッジ。

「こうしないと、多分、出力が安定しない……全部ぶっつけ本番だから、なにもかも不確定だけど、出来るだけ安定した方法を取りたい。それに制御はドゥグドウちゃんが媒介してくれるから大丈夫……でいいんだよね?」

「うん、まかせて」

「え? クスティでドゥグドウを制御するんじゃなかったのか?」

 統が首を傾げる。

「それは三つの結晶体が揃ってからの話。アズダハクの中の結晶と、どっかに落ちた黄金の輪を見つけてからは統がドゥグドウちゃんを制御して。私とノーリッジはさんは、それぞれプラスとマイナスのフヮルナフの制御に行ってくる」

 統がさらに怪訝な顔をする。

「いや、地下のマイナスのフヮルナフはともかく、プラスの方はインドラの攻撃でガロードマーンラボが吹き飛ばされちゃったじゃんか」

 タルサが親指を立てる。

「大丈夫、予備のラボがあるから!」

「一度は言ってみたいセリフですねぇ」

 なんか研究者組が共感し合っている。

「……じゃあ後は黄金の輪か。どこに行ったんだか。ドゥグドウ、分かったりしない?」

 アズダハクの中の結晶体が分かったのだから、おそらく分かるはずなのだが。

 統がそんな風に考えながら聞くと思いもよらない答えが返ってくる。

「こっちに向かって来てる」

「……へ?」

 一瞬、なんのことかと思ったが、耳を澄ますと確かに足音が聞こえてくる。

「誰か来る?」

「インドラでしょうか?」

「おじいちゃん……は車いすで浮いてるんだった」

 地下の暗闇の奥で、誰かがずっこけるような音がした。

 そのまま早足でこちらに近づいてくる人影。

「なんで俺の名前が出てこないかなぁ……一応、仲間だったでしょうが、共闘してたでしょうが!」

「……佐浦」

「そうそう、正解正解大正解。みんな大好き佐浦羯磨さんですよー」

「お前、なんかキャラ変わったな」

「そりゃ良い事があったからねぇ」

 佐浦はポケットから黄金の輪を取り出した。

 四人はそれを、ただ眺めている。

「……あれ、反応うっすいなぁ。もっとなんかあってもいいんじゃないの普通」

「事前に教えてもらってたからな」

「……ああ、そういやその子、結晶体だったね、やっぱり人間の姿してると忘れちゃうね、いけないいけない」

 統が一歩前へ出る。

「お前、いい加減そのふざけた態度やめろよ、

 佐浦は指でくるくる回していた黄金の輪を手で掴む。

「ま、流石に分かるわな。つってもお互い、もうそんなところに本題ないっしょ?」

「結晶体を渡せ」

「嫌だね」

 睨みあう二人。

 頭上の天空にはアズダハク。

「ドゥグドウ、頼む」

「うん、分かった」

 ドゥグドウの姿が光の粒子へと変わり、統の右腕に三つ嵌めてあるクスティへと吸い込まれていった。

「……あちゃあ、そっちも結晶体を媒介にする事にしたのか、しかもとかキッツイねぇ」

「三つ!?」

「まさか!?」

 佐浦の右腕には一つのクスティ。

 左腕には二つの黒いクスティ、自らのモノ、そしてインドラのモノが嵌めてあった。

 掴んでいた黄金の輪を握りつぶすように砕く。

 輪は光の粒子へと変わり、佐浦のクスティへと吸い込まれた。

「これで五分だ」

 統は真っ直ぐに佐浦を見つめる。

「俺は負けない」

 佐浦はそれを嘲笑う。

 そして互いにこれが最後になるであろう起動コードを唱える。


――三重輪転トリプルロウテイション


 光の化身となった統、灰色の異形と化した佐浦。

 二つのの向かう先はただ一つ。

 真上。

 ひたすら天空で微動だにしていなかったアズダハクへと激突する。

「ようやく、博士が目指した段階まで来た……はずなのですが……ふむ」

 強烈な二つの攻撃を受けても平然としているアズダハク。

 統の方を見つめ、首を傾げる。

「あなたは予定外の存在だ。これは困った。このまま戦いを進めていいものか私は答えを出せません」

『AIみたいな受け答えだな……いや実際そうなのか、ま、関係ねぇ! てめぇの中にある結晶体をよこせ!』

「あなたと戦う意義はあるのですが」

 そう言って向かって来た佐浦を腕を振るだけであしらう。

「あなた、天鉄統さん。どうかここから離脱してくれませんか? あなたがいると実験が順調に進まない」

 アズダハクは統を見つめ、まるで簡単な提案だとでも言うように語りかけてくる。

『その実験を終わらせに来たんだ。だからそれは聞けない』

 統も統で律義に返す。

「そうですか、残念です」

 そういうとアズダハクは、

 すると、そこから黒い靄が溢れ出る。

 それは大量のフラストルの群れだった。

「実験は通常運行に戻しましょう。お二人とも、そのフラストル相手に戦っていてくださ――」

 言い終わる前にフラストルの群れは消えていた。

 統が槍を横薙ぎし、佐浦が斧を一閃した。

 ただそれだけで、何百ものフラストルが一瞬で消滅した。

『言っただろう。実験は終わりだ』

『いまさらこんな雑魚じゃ相手なんねーって』

 フラストルは頭を掻くような動作をするが、実際には掻いていない。

 恐らく引っ掻くとフラストルが出てきてしまうのだろう。

 つまりは困ったというモーションだ。

「博士、被験者のアータル制御量は想定を超えています。これでは私でも相手になりません」

 どうやらアータシュと通信を取っているらしい。

 しかし佐浦はそれを無視して会話しているアズダハクの

 黒い靄が噴き出しフラストルと化す。

 地上に被害を出さないために、統がそれを消しさる。

「それで、こちらにも、件の強化プランの実行を提案したいのですが」

 そう言っている間にも、アズダハクの身体は切り落とされていた。

 主に佐浦が実行し、統はその後に発生するフラストルの対処に追われていた。

『サルヴァ! お前、好き勝手やってんじゃねぇ!』

『はぁ!? てめぇこそなにチンタラやってんだよ? さっさと結晶体取っちまったほうが勝ちだろうが!』

 確かに正論ではあったが、実は統には、それ以外にも任務があった。

 それはアズダハクに指示を出しているであろう博士の居場所を探ることだ。

 まずはアズダハクとの戦闘を起こし、博士との通信をさせる。

 予備のラボに着いたタルサが、アータルの反応を追って博士の位置を探る。

 位置を突き止めたらノーリッジが向かって取り押さえるという流れだ。

 そして、その博士のいる場所というのはイコールで、アズダハクもといマイナス・アータル結晶体と地下のフヮルナフの制御施設ということになる。

 そこでようやくトリムルティシステムの準備が整うのだ。

 だが、その前にアズダハクを倒されては、博士の居場所が分からなくなってしまう。

 時間稼ぎのために、佐浦とアズダハクの間に割って入る統。

『邪魔だってんだよ!』

『それはこっちのセリフだ!』

 槍と斧が激突する、それだけで衝撃波が吹き荒ぶ。

 アータルの奔流が、クスティを使わずとも見えるほどの力。

 そんな真っ只中におり一番被害を受けているはずのアズダハクだけが、冷静に話続けていた。

「はい、ではそのように。申し訳ありせんお二人とも。こちらの準備も終わりました。こちらも強化プランを実行します」

『……は?』

(タルサは研究所に着いたのか? もう通信終わっちまったみたいだし……!)

 佐浦は困惑し、統は焦燥に駆られていた。

 なんとかして、もう一度アズダハクが博士と通信する方法はないかと思案していた時だった。

 クスティに通信が入る。

『統? 今、地下のフヮルナフから巨大なアータルの供給が確認されたから気をつけて! それと、その供給の直前にフヮルナフへのアクセスと、その発信元を確認したからノーリッジさんに場所送っといた! もう時間稼ぎとかは大丈夫!』

『了解! これでもう気兼ねなく戦える!』

 統が槍を構え直すアズダハクと佐浦を見つめ、どちらを先に倒すべきかと思案していたその時だった。


――三頭輪転トリプルロウテイション


 もう聞くはずのないと思っていた起動コードが聞こえてきた。

 統はある言葉を思い出す「クスティはフヮルナフの小型化を――」それは、つまり。

『地下のフヮルナフを使って、クスティと同じ事を……!?』

『さっさと倒さねぇから……!』

 いつの間にかアズダハクの姿は消えていた。

 代わりにいたのは少年だった。

 少年は一見すると黒髪に見えた。

 でもそれは違った、それは黒い靄だった。

 黒いスーツを身に纏った少年。

 首に漆黒の輪、二人はあれが結晶体だと確信する。

 少年は二人を迎え入れるように笑った。

「さあ、実験を再開しましょう?」

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