第17話 マイナス・アータル


「ここ、俺達ダエーワの本拠地じゃん……博士の野郎この近くに居たってことか? とことん食えないジジイだな」

 佐浦は、黒い光の奔流が流れる地下空間に落ちていた。

 それは彼の言う通り、ダエーワが隠れ潜んでいた場所だった。

「つまり……マイナス・アータルの結晶体もこの近くにある? いやあった……か? プラス・アータルがダマーヴァンドタワーの一番上にあったっていうんなら……そう考えるのが妥当だよな……灯台下暗しってかよ」

「どうやら、そのようだな」

 周りに誰もいないと思い、半ば憂さ晴らしのつもりの独り言に返事が来て驚く佐浦。

 そこにいたのは。

「インドラ……じゃなくてシャクラ……大佐」

「今の俺は軍から除隊している……なにより、貴様は私を裏切ったのだろうが」

 わずかに怒気を孕んだ声、しかし、アズダハクから受けたダメージからか、少し力無い。

 佐浦はそんなシャクラを睨みつける。

「ああ、そうだよ! アンタに無理やり連れてこられて辟易してたんでね! 今の弱ったアンタなら俺でも倒せる!」

「やってみるがいい、小僧が」

――反輪転ネガ・ロウテイション

――魔唱コード我コソ神々ノ王インドラ

 それはダエーワがクスティを起動し、そしてスドレの段階へと至るコード。

 黒い靄を纏ったインドラを見て、なお佐浦は不敵に笑う。


――二重輪転デュアルロウテイション


『馬鹿な、プラスとマイナスのクスティを同時に!?」


――天魔唱コード暴レ狂エ風ヨ雨ヨルドラ


 白の光と黒の靄が混ざり合う異形と化す佐浦。

 その身体は小刻みに震えていた。

『この力だ! この力さえあれば! アンタを超えられる!』

 狂的に笑っている。

『ほざけ! 王唱コード雷ヨ滅シ帰セサンヴァルタカ!』

 地下だというのに比喩ではなく本当に暗雲が立ち込める。

 雷を蓄え、今か今かとそれを撃ち放つ時を待っている。

 だが、一瞬の出来事だった。


――聖邪唱コード斧ヨ全テ壊セヨパラシュ


 一閃。

 瞬きの間に、インドラの身体を光と闇の混合物が通り抜けた。

『な……に……?』

 血を吐くインドラ、ルドラは狂ったように笑う。

『なあ、おっさん。死ぬ前にこれ見てけよ』

 倒れ伏すインドラ、いやもうアータルの力は消えシャクラへと戻っている。そんな彼の前に差し出されたのは。

「結晶体……お前、落下の最中に……」

『アンタを出しぬけてラッキーだったよ、他の奴らもアズダハクってヤツに気を取られてたしなぁ』

「プラスと……マイナス……二つのアータルを結晶体で制御したか……」

『賭けだったけどねぇ、誰も試したことなんてないし、でも上手く行った。結晶体がちゃんと媒介になってくれたよ』

 息も絶え絶えながらシャクラは問う。

「お前は、この後どうするつもりだ。私を殺すことが目的ならば、もう結晶体にも、クスティにも、興味などないはずだ」

『死にかけのくせして良く喋るねぇ。目的達成したんだから。結晶体やらは国に持って帰れって言いたいんだろ? 答えは「やなこった」だ』

「何を……するつもりだ……」

『アータルさえあれば、世界だって変えられる。がそう教えてくれた』

 ルドラは黄金の輪を右手の指でくるくるとまわしながら、その回っている輪を左手で指差した。

「……そうか、お前も……魅入られ」

 そこでシャクラの意思は途切れた。

 恐らくもう戻ることはない。

『みいられ? 俺があのイカレ博士と一緒だって言いたいのか? ……ま、あながち間違いじゃないかもな。どっちにしたってもう関係ねぇ。俺は自由になったんだ。やりたいようにやらせてもらう!」


 地下、アズダハクが入れられていた巨大な籠がある空間。

 その籠は破壊され、もう原型をとどめていない。

「タルサ、アータシュ、ドゥグドウ、皆、大丈夫か?」

「うん、問題なし」

「ええこちらも」

「大丈夫」

 統がそれぞれの無事を確認する。

 佐浦が居ない事、黄金の輪が無いことが気がかりだったが、それよりも目の前に巨大な問題があった。

「アズダハク……あいつもダエーワなのか?」

「どうでしょう……インドラも予想外だったようですし、それに博士はどこからか通信で指示を行っているようでしたから」

「おじいちゃんが中に入ってるわけでもない……よね?」

 タルサは少し不安気だ。カラオケでドゥグドウから真実を聞いたとはいえ、やはり身内と戦うのは心苦しいのだろう。

「あの竜の中、結晶体がある」

 ドゥグドウの言葉に全員が驚く。

「結晶体って、黄金の輪じゃないよな? もしかしてアイツが落ちてる途中に飲み込んだ?」

「いえ、恐らくそちらではなく、マイナス・アータルの結晶体だと思われます。そうなのでしょう? ミス・ドゥグドウ」

 問われ頷く少女。

「つまり、あれが、マイナス・アータルの中心、あいつを倒せば、フラストルはいなくなるって事か?」

 統がどこか興奮した様子で聞く。

 フラストルさえいなくなれば、アータルは安全に使用できる。

 それはきっと父さんと母さんの夢だと考えたからの勇み足だった。

「そういう簡単な話じゃないと思う……結晶体を核にしてフラストルを作り出してるってだけだろうし、倒しても結晶体は残るし、多分、フラストルの発生も止まらない」

 タルサが悲しげに告げる。

「そっか、いや悪い。どっちにしろ、あんな化け物、そのままにしておけない……倒しに行く……でいいよな?」

「うん」

「ですね」

 その時、ドゥグドウが手を上に伸ばした、いわゆる挙手である。

「どうしたドゥグドウ?」

「アズダハクの中にある結晶体、さっき落ちて行った黄金の輪、そして私が居れば、統のお父さんとお母さん、そしてタルサが考えた『トリムルティシステム』が完成させることが出来ると思う」

 彼女の言葉を聞き、ハッとするタルサ、顎に手を当て何かを思案している。

「そうか……結晶体一つだけだと出力が足りなかった。天鉄博士達のおかげでゼロ・アータルの結晶体は生まれたけど、それでも足りなかった。でも三つの結晶体と二つのフヮルナフなら……いややっぱりまだ足りない」

 小声で考えをまとめていたタルサだったが顔を上げて言う。

「……三つの結晶体には、三つのフヮルナフですか?」

 ノーリッジがタルサに問いかける。

 統は付いていけていなかった。

「……つまりどういうこと?」

「今、特区には三つの結晶体と、二つのフヮルナフがある。一つは上の光輪。もう一つは、地下を流れる黒い奔流。それぞれがプラスとマイナスの結晶体に対応してる。でもゼロ・アータルの結晶体、ドゥグドウちゃんには対応するフヮルナフが無いの。それだと多分またトリムルティシステムは失敗する……」

 顔を俯かせるタルサ、統はなんて声をかけていいか分からなかった。

 苦し紛れに言葉を捻りだす。

「なんか、代わりになるものとか……ないかな?」

 当たって砕けろだった。

 しかし意外にもタルサはその言葉に、何かを閃く。

「そっか、クスティだ……」

「クスティで出力が足りるのですか?」

 ノーリッジがすかさず指摘する。

 水を差しているのではない。こうすることで正解へとたどり着こうとしている。

「一つじゃ絶対無理、でも最低三つ以上あれば大丈夫だと思う、元々フヮルナフの小型化がクスティの目的だったんだもん、出力面での心配は数で補える……と思う」

「耐久面では? クスティで三つの結晶体の制御に耐えられますか?」

「それは……最大出力を長時間……厳しいかもしれないけど出来ないことはない……と思う」

「こればかりは机上の空論の域を出ませんね、それこそ実験も出来ませんし」

 そこで、それまで黙っていた統が口を開く。

「なあトリムルティシステムが完成すれば、いまアータルを取り巻く問題は解決出来る……そういう事でいいんだよな?」

「……うん、それは絶対、保証する」

 統は、覚悟を決めてタルサ、ノーリッジ、ドゥグドウの三人を見渡す。

「アータシュ博士も、敵になっちゃって、もうアータルの問題をどうにか出来るのは俺達しかいない。だったらさ、クスティでフヮルナフの代用をする案に賭けてみないか?」

「私は賭けてみたい!」

 タルサが勇気を出して宣言する。

「私はギャンブルは好きではないのですが、他に方法がないという統の意見には賛同できます。賭けましょう。アータルの未来をここに」

 ノーリッジが真摯に答える。

「統、私がんばるよ」

 ドゥグドウが統を見つめ、言った。

「ああ、俺も頑張るよ! これで終わりにしよう!」

 三人の意思が固まる。上空に鎮座するアズダハクを見つめる。

 最終決戦は、もうすぐそこにまで迫っていた。

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