第15話 タイムリミット


「どーもー、佐浦羯磨さうらかつまでーす。新しいクスティの適合者ってことなんでよろしくでーす」

 そこにいたのは褐色の少年だった。

 ペイズリー柄のラフな服装で、どこか飄々とした雰囲気を感じさせる。

 スドレを使い気を失った統が意識を取り戻して、すぐにこの少年はやってきた。

「新しい……仲間?」

「そっすよー、いやーなんか大変みたいじゃないですかー」

 どこまでも軽い口調に加え、まだ意識が戻ったばかりということでイマイチ状況を把握できない統。

「タルサやノーリッジは?」

「ああ、二人なら博士を探してるみたいですけど、どこいったんですかねぇ」

「博士を……」

 ドゥグドウから聞かされた真実を思い出す。

 アータシュは恐らく身を隠したのだ。

 ドゥグドウがどうやって生まれた存在か知って、そこから自分がしたことが露見すると予想して先んじて行動したに違いない。

 これからどうすればいいのだろう。

 両親の真の仇、それが分かったというのに、逃げられてしまった。

 そしてフラストルやダエーワ、ドゥグドウ含めアータルを巡る問題も解決していない。

 アータシュはなんらかの陰謀を巡らせているはず、まだこの街にいるはずなのだ。

 ならば自分もヤツを探さなければ、そう思い体を起こそうとする統。

「っぐ……」

 しかし体が重い、力が上手く入らない。

「ちょっと、無理しないほうがいいっすよ、スドレ……でしたっけ? タルサさんが言ってましたけど、相当、体に負担がかかるらしいっすよ? なんでも身体中にアータルを巡らせるとかなんとかで」

 佐浦に止められ再びベッドに寝かされる。

「じゃ、俺も博士に話あるんで、捜索組に合流してきますね~。お二人でごゆっくり~」

 二人? 一瞬、その言葉にひっかかり、辺りを見回すと、今、佐浦の方とは逆側のベッドの側にドゥグドウが居た。

「っと!? ドゥグドウも居てくれたのか」

「アイツより先に居た」

 そのアイツこと佐浦の姿はもうなかった。

「ごめん、心配かけた」

「こっちこそ、統を危険な目に合わせた。ごめんなさい」

 深々と頭を下げられる。

 それに両手を振って否定する。

「あの時、スドレを使わなかったら……きっと皆が危なかった、もしかしたら死んでたかもしれない。だから謝らなくていい。むしろ、お礼を言わせて欲しいくらいだ。ありがとうドゥグドウ」

 少女は顔を上げる、その顔は少し晴れたようだったが、それでもまだどこかに曇りを感じさせた。

「統、スドレは、あまり使ってはダメ、特に私のいない時に使うと大変な事になる」

「……大変な事って?」

「アータルに身体を乗っ取られる……身体がこの世界の物質からアータルへと変換されてしまう」

 衝撃的な言葉、しかし、予感はしていた。

 あの力を使った時、この特区に満ちるアータルを手足の様に操るような感覚と共に、逆に手足の先から身体がアータルへと溶けて行くような感覚に襲われていた。

 統はドゥグドウの言葉を受け止める。

「分かった。あの力には頼り過ぎないようにする」

「うん」

 その時だった、統のお腹が鳴る。

「……あはは、なんか、お腹減っちゃたみたいだ」

 恥ずかしげに笑う。

「無理もない。力を使った反動だよ。私が食事を貰ってくる」

「いや、自分で行けるって」

 起き上がろうとするがやはり力が入らない。

「無理しないほうがいい」

 そう言われては、もう動くことは出来なかった。


 佐浦はタワーの内部、人気の無い場所に隠れ潜んでいた。

「こちらサルヴァ、無事にアフラ側に合流、でも肝心の博士が行方不明って、どういう事でありましょうかぁ」

 やる気のなさそうな声、左腕のリストバンドへ向けて話しかけている。

『……作戦変更だ。メーノーグは行方を眩ました。プラス・アータルの結晶体を盗み出せ』

「はぁ!? 場所も分かんないのに!? ……あー、はいはい、やりゃあいいんでしょう。場所探す時間くらいくれるんでしょうね」

『期限は三日だ。その間に見つからなければ、私が出る』

 その言葉に、佐浦の背筋に悪寒が走った。思わず鳥肌が立つ。

「……『上』からなんか言われたんすか」

『単に、私がこれ以上、メーノーグの作戦に従う意義を感じなくなっただけだ。当の本人がいないのだから。ヤツの言葉に従う理由などない。もともと我々の任務は結晶体の回収だ。忘れるな』

「……了解」

 通信を切って、一息つく。

「ありゃ、そうとうキレてるな……でもさぁインドラの野郎も迂闊だよなぁ」

 そう言いながら佐浦は

 そこにあるのはクスティ。

 そして彼の左腕にあるのも。

「二つだから二倍ってわけにはいかないだろうが、戦術の幅が広がるってのは単純にアドバンテージ取れるっしょ、なあ姐さん」

 虚空から白衣の女性が現れる。

「プラスとマイナスって反発とかすんじゃないの?」

「そもそも、その反発がアータルを生み出してるんだろうが。つまり、俺は今一人でアータルを増産出来る存在になったと言ってもいい!」

 呆れたふうに溜息を吐くパリマティ。

「それでインドラに勝てんの? アタシはどっちでもいいんだけどさぁ」

「アエーシュマが落ちた、メーノーグが消えた。インドラは相当焦ってる。アイツは任務第一だから。でも俺は違う。勝つとか負けるじゃなくて、あいつが失敗すれば俺の勝ちだ」

 佐浦は不敵に笑う、それにつられたかのようにパリマティも笑う。

「恨んでるねぇ。無理やり連れてこられた割には、積極的に動いてるから、この仕事気に言ってんのかと思ってた」

「気に行ってるさ、まあ仕事じゃなくてアイツにひと泡ふかせるための『下準備』としてはな」

「で? こっから具体的にどうすんの? 素直に結晶体探すの?」

「いや、探すふりくらいはする、だけど見つけても報告しない。三日待ってインドラを表に出して、アフラ共とぶつける。本番はそっからだ」

「……あー、インドラ出すんだ。じゃあアタシは不参加で、あんなのの近くに居たくないし、じゃあね」

 そういって虚空へと溶けるように消えるパリマティ。

「さてと、俺も探すフリしなくっちゃな」

 佐浦もタワーの中をゆっくりと歩き出す。

 その顔は、平静を装っているように見えたが、そこに敏い者がいたならば、そこににじみ出るどこか薄暗くだけれども楽しげであるかのような口元の小さな笑みを見つけることができたかもしれない、


 統がアエーシュマを退けてからが経った。

 目立ったダエーワの動きもなく、スドレを使った後遺症もすっかり治ったようだった。

「治ってよかった! 全然動けないっていうから、ホント心配したんだから!」

「本来なら僕が決着を付けるべき戦いだったのに、統には負担をかけてしまって……」

「だからノーリッジが謝ることじゃないって、みんな無事だったんだし、俺もこうして治った。それでいいじゃないか」

「統、ありがとう」

 パチパチと軽い拍手の音が鳴る。

 佐浦が胸の前で手を叩いていた。

「いやー、いいっすね友情、どうします? これから快気祝いと俺の歓迎会を兼ねて、どっかで食事でも!」

「それいい! 羯磨くんなかなかいいアイデアだすじゃん!」

「なら、僕が奢らせてもらいましょう」

「いいよいいよ、どっか行ったおじいちゃんに付けとけば! ほら統もドゥグドウちゃんも行こう!」

 二人の手を引くタルサ。

「おいちょっと待て、まだ店とか決めてない……って、あれ?」

 急に辺りが暗くなる、今全員は、ダマーヴァンドタワー前に集合していたのだが、さっきまで晴れていた空が、黒い雲に覆われている。

「おかしいですね、今日は一日晴れのはずですが」

「降水確率十パーセント以下って言ってのに、見るからに雨雲……というかもはや雷雲じゃん」

 その時、全員のクスティに通信が入る。

『ダエーワの反応です! 急速にタワーに近づいて来ています!』

 統は暗雲を睨みつけた。

「じゃあまさか、あの雲は……!?」

 佐浦は小声で呟く。

「……来たか」


王唱コード雷ヨ滅シ帰セサンヴァルタカ


 タワーに巨大な落雷が落ちる。

 その破壊は、ただの落雷のそれではない。

 いっそ隕石が降ってきたという方が信じられるという様な有り様だった。

 無残なタワーの姿を見た全員が、唱える。

――輪転ロウテイション

 武器を携え、暗雲の袂へと向かう。

 そこにいたのは手に金剛杵を持った、黒い人型の靄だった。

 アエーシュマほどではないにせよ、大柄の男であることがかろうじて窺えた。

「ダエーワか……」

 息を飲む統、ダエーワ、何度か退けたものの、スドレを使わなければ勝った事はない強敵。

 そしてタワーを襲ったあの強力な攻撃。

 今までで一番強い敵だと確信した。

『結晶体を渡せ』

 ダエーワは端的に告げた。

 結晶体、アータルのが物質化したもの。

 一瞬、ドゥグドウのことかと思ったが、今はどこかに消えたアータシュの言葉を思い出し、プラス・アータルの結晶体の事だと思い至る。

「それなら今あんたが吹き飛ばしたわよ!」

 タルサがたまらず叫ぶ、落雷が吹き飛ばしたのはタワーの上、つまりガロードマーンラボのある位置だ。

 結晶体もそこに保管されていた。

『ならば、残骸の中から探し出す』

 結晶体以外に興味などないと言わんばかりに、跳躍し、武器を構えているこちらを飛び越えていった。

「待て! 逃がすか聖唱コード高キ霊ヨ集エヤザタ!」

 アータルで作られた人型達がダエーワを追いかける。

 しかし。

『……邪魔だ』

 金剛杵の一薙ぎで、全ての人型が消え去った。

「バカな!?」

「そんな、コードも唱えてないのに!」

 統はその光景を見て、覚悟する。

 皆に付いてきていたドゥグドウを振り返り、その目を見て言う。

「スドレを使う……それしかないよな?」

「……うん、あの力の量、今のままじゃ勝てない」

「よし、だったら決まりだ!」


――天唱コード溶鉱ヨ流レ出ヨフシャスラ・ワルヤ


 黄金に煌めく外套を纏い、眼は黄金に染まらせた統がタワーの残骸へと向かうダエーワの下へと向かう。

 そして、その後を残る戦士達も追いかけて行った。

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