第14話 スドレ


 マンションの四階、ここも幻想がまだらにかかり、通路が見え隠れするようになっていた。

『全く、こんなもの寄越してくれちゃってさぁ』

 光の人型を放り投げるパリマティ。

 地面に落ちた人型は、霧散して消えた。

「もう、幻覚を使う暇は与えないぞパリマティ!」

「そう、こっちには切り札だってあるんだから!」

 槍と剣を構え、ドゥグドウを後ろに守りながら、敵と対峙する二人。

『一階でやったあれね……どんなトリックか知らないけど、まあ確かに脅威かもね……だ・か・ら! 後はサルヴァに任せた!』

 黒い靄が霧散して消え、その中から別の黒い靄。

『ったく、人使いの荒い姐さんだな……』

 現れるサルヴァ、二度目の邂逅、槍を構え、さらに前へにじり寄る統、その額には汗が滲んでいた。

『いやぁ、久しぶりー、元気してた? ていうかさ、悪ニ酔イ沈メサルワの対策出来た? それ出来なきゃ結局、君らに勝ち目ないけど……どうよ?』

 どこまでも飄々とした様子、質問をしてきてはいるが、その答えにはさしも興味はなさそう。

 だから質問に質問で返した。

「お前らダエーワが人間だって、本当なのか?」

 このタイミングで純粋な疑問。

 それはある意味、相手の意表を突いたのだった。


『え? ふっ、ふっははは! 今それ聞くぅ? 君達が戦いづらくなるだけなんじゃないの? あっははは!』

 そのタイミングを逃さない。

「ドゥグドウ! 頼む!」

「……、任せて」

 後ろに待機していたドゥグドウから放たれる光。

 あらゆるアータルを無効化する。

 アエーシュマは下、パリマティは消えた。

 本当ならばパリマティを警戒すべきなのだろうが、そもそもヤツはマンション全体に幻覚をかけるのに力を使い、高キ霊ヨ集エヤザタによるダメージが入っている。

 チャンスはここしかないと思った。

 統はドゥグドウに声をかけると同時に駆け出していた。

 

「なっ!?」

 光と共に黒い靄が晴れていく、そこにあるのは本当に人の姿だった。

 特筆すべき特徴もない、統と同い年くらいの少年。

 なぜそんな彼が、人々を襲っているのか、それはわからなかったが、今はそれを気にしている時ではない。

 思い切り振りかぶり、相手の顔面を殴った。

 人を殴ったのは初めてだった。

 上手く出来たかわからない、そもそも上手く殴るとはなんだ。

 だが、これだけで、意識を奪えはしないだろう。

 第二撃を食らわすべく、もしくは、捉えて情報を吐かせるべく、輪転しようとした時だった。

 殴られた少年は、その勢いのまま、後ずさる。

 目が開けられないのか、ふらふらと辺りに手を振り回しながら、どんどんと後ろへと下がっていく。

 ここは建設中のマンション内、彼の後ろ、本来なら窓がはめられている所に、それはなかった。

「おい、止まれ――」

 統の声が届く前に、少年は、落ちた。


 急いで窓へ駆け寄る三人、そこに見えたのは落下する少年を回収する黒い靄。


「ウソだろ、こんな、あっさり」

「まだ倒したわけじゃないみたいだけど……」

 その時だった。

 虚空から声。

『あっちゃー、こんなあっさりやられちゃうなんてねー、残念残念、でもさー、こっちもほら、こんなことしてるから、身元とかバレると困るからさ、こっちで回収しとくね?』

 その言葉の直後だった。

 黒い靄が消えていく。

『んじゃ、後はアエーシュマが相手してくれるからさぁ、アイツは三人相手でも意外とてこずると思うよー、じゃあねぇ~』

 黒い靄が完全に消える、その後には何も残らない。

 茫然とする三人、その時、階下から衝撃音、いや、それは衝撃そのもの、この階の床を再び、今度は下から突き破り、さらに上へと突き進む。

 そこにいたのはアエーシュマと、奴に捕まれ上へと引きずり込まれるノーリッジ。

 その光景を見た三人はノーリッジを追いかけ、上の階へと向かった。


『まだだ! こんなものでは俺には届かない!』

 咆哮するアエーシュマ、体から砲撃を受けた証拠に煙を纏っているにも関わらず、傷も負わせることに成功しているのにも関わらず、その勢いは衰えたはいない。

 むしろ増している。

「まさか、あの一撃も効かないとは……」

 ノーリッジは思わず、相手から距離を取る。

 打つ手なしと言わざるを得ない状況に追い詰められた。

 その時だった。

 背後の階段から聞こえる足音。

 増援だと確信したアエーシュマは、三人と合流するための一手を打つ。

命令コード煙リ纏エスモークカーテン

 アーテルに情報を入力、それは煙へと変わり、あたりを包み込む。

『逃げるなぁ! アータシュゥゥゥ!』

 返事もせずに階段の方へと、後退する。

 未だに、パリマティの幻惑の残滓が残る空間。

 しかし、なんとかその位置を見つけた時、ちょうど三人が昇って来た瞬間だった。

「ノーリッジさん!」

「皆さん、無事でしたか、サルヴァとパリマティは?」

「逃げられました……こっちにはアエーシュマがまだ?」

「はい、ですが、これで四対一ということです。二人はまだ戦えますか?」

「もちろん!」

「……相手が人間だって、まだ困惑してますけど……」

「それならば、アエーシュマを捕らえて、洗いざらい聞いてしまいましょう……そろそろ煙幕が晴れます。構えて!」

 ノーリッジの言葉通り、煙りは徐々に薄れて行き、周りの景色がはっきりと見えてくる。

 そこにいる黒い巨体の靄。

『見つけたぞ!』

 猪突猛進、まさしくそんな言葉が似合うほどの猛烈な突撃。

 地面に亀裂を走らせながら進む破壊の権化。

「行きますよ! 聖唱コード高キ霊ヨ集エヤザタ!」

 現れる光の人型、今度は一人ずつではない。一斉にアエーシュマに向かって飛びかかる。

『こんなものォ!』

 言葉とは裏腹に、動きを制限され、突撃の勢いが弱まる。

「よし、タルサ! 俺に力ヲ解キ放テフラワルドを頼む!」

「分かった! 聖唱コード力ヲ解キ放テフラワルド!」

 統に力がみなぎっていく、今なら行ける。

 勢いが衰えながらも突撃してくる相手に、自分も突撃していく統。

 その距離はどんどんと近づいていく。

 互いが互いをを射程に捕らえたその瞬間に、唱えた。

聖唱コード火ヲ拝ス誓イアヴェスター!」

 至近距離で放たれる太陽の如き輝きが辺りを埋め尽くす。

 タルサ、ノーリッジ、ドゥグドウの三人も思わず身を伏せた。

 閃光によってくらんだ目が徐々に視界を取り戻す。

 そこに居たのは。

「嘘……」

「あの一撃を受けてまだ……」

「統!」

 床に倒れ伏した統と、体から全身を焼かれたことで生まれた湯気を纏わせながら、なおアエーシュマは立っていた。

『こんなものでは足りん! 俺の力は、俺の怒りはこんなものじゃない!』

 足元の統へと殴りかかるアエーシュマ。

 しかし。

「やめてぇーー!」

 ドゥグドウの『消費』の光が眩く広がっていく。

 それを見て、アエーシュマは攻撃を中止し、後ろへと飛び退る。

『チッ、厄介なモノを……』

ドゥグドウは統とアエーシュマの間に入り、両手を広げ立ちふさがった。

「もうやめて!」

 だが、アエーシュマは、聞く耳を持たない。

『エクスペンドは厄介だが……アータルが関わっていない物質ならどうだ?」

 そう言うとおもむろに、床に手を当て、砕き、大きい瓦礫を掴んで見せる。

 倒れていた統は、アエーシュマが何をするのかを察し、起き上がり、ドゥグドウと入れ替わるようにアエーシュマの前へ出る。

「俺は、まだ戦えるぞ!」

「統……」

『フンッ、すでに力を使い果たしているお前に何が出来る!』

 瓦礫が投げつけられる。

輪転ロウテイション!」

 ドゥグドウの力で消えたアータルを再び纏う。

 なんとか瓦礫を弾く、しかし、そこで統は膝を付いてしまう。

『そうだ、お前はもう限界だ。さっさとどけ! 俺が用があるのはノーリッジだ!」

 ノーリッジとタルサも既に聖唱を使って、限界に近い。

 この状況をどうにか出来る方法が何か――

 そう統が必至に思案を巡らせていた時。

 隣から声がかけられる。

「統、あなたなら、きっとを使いこなせる」

「ドゥグドウ……?」

「さあ、こう唱えて」

 耳元で囁かれる言葉、統はそれに従い復唱した。

神唱コード溶鉱ヨ流レ出ヨフシャスラ・ワルヤ!」

 溢れ出る光、ドゥグドウが放つものとはまた違う。

 統は、黄金に煌めく外套を纏い、その眼は黄金に染まっていた。

「これは……?」

「統、どうしちゃったの?」

 ノーリッジの疑問の声 タルサの心配する声。

 それにドゥグドウが答える。

「大丈夫、アレは『聖鎧スドレ』、アータルとより適合した状態」

 統から放たれる水のような輝きの奔流は、アエーシュマへと殺到する。

『馬鹿なッ!? この光が全てアータルだと!? これほどアータルを操る力など残っていないはずだ!」

 統は黄金の瞳で、無機質に告げた。

「悪しきものよ、溶鉱と共に疾くと消え去るがいい……」

 光の奔流はその勢いを増し、マンションの壁を崩し、一気にアエーシュマを押し流した。

『グッ、覚えていろ! ノーリッジ! 俺は必ず、お前だけは――』

 言葉も光の中に飲み込まれ、消えて行った。

「終わったのか?」

「みたい……だけど」

 タルサとノーリッジは統を見つめる、しかし聖鎧を纏った統は、どこか遠くを見つめ微動だにしない。

 ドゥグドウが言う。

「大丈夫、今はまだ、アータルとの適合に慣れていないだけ……もう少ししたら、元の統に戻るから……」

 

 それから少しした後、統は気を失った。

 残った三人で、統をタワーへと運ぶ。

 しかし、そこで四人は、新たな来客と出会うことになる――

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