第13話 エクスペンド


 建築現場へと辿り着いた統とタルサ、そしてドゥグドウの三人は、窓ガラスが割れる音を聞き、上を見上げた。

「あれは……!」

「ノーリッジさん!?」

 マンションから飛び出し、自由落下を始めるノーリッジ。

 輪転ロウテイションしているのだろうが、それでも、そのまま落ちたらそれなりのダメージは受ける。

「助けないと! 聖唱コード力ヲ解キ放テフラワルド!」

 身体強化、それを防御力の支援へと変えるタルサ。

 コードの効果が、なんとか地面に激突する前にノーリッジへと届く。

 それに気づいたノーリッジが、空中で無理やり体制を変え、降り立つように着地

した。

 それでも、地面に亀裂が入り、少し陥没する。

 だがノーリッジにはダメージはない。

「助かりました、ミス・ココチ」

「もう! 無茶しすぎですよ! いくらクスティを使えば強化されるからって!」

「いえいえ、これでも一応、着地の方法はいくつか考えていたのですよ? ですが、お二人がここに来ることが分かったので」

「分かった? 見えたじゃなくて?」

 こちらから通信はしていない、オペレーターの方から連絡したのだろうか、だがさっきまで戦闘していたのではないのか……そんな疑問が統に浮かんだ。

「はい、敵のダエーワ、パリマティからの情報です。今ここには他に、サルヴァと……そして新手のダエーワ・アエーシュマがいます」

「ダエーワが三人も!?」

 今まで、二回戦ったが、未だ倒すには至っていないダエーワ。

 それも一対一でだ。

 それが三人もとなれば、思わず身体に力が入る。

「でも、ほら! 私たちも三人、いや四人だし」

 ドゥグドウを抱き寄せながら言うタルサ。

「ミス・ドゥグドウを連れてきてしまったのですか!?」

「大丈夫、ドゥグドウは戦える。自分からそう言ってくれた。何より……俺が絶対に守る。彼女は父さんと母さんの願いだから」

「……何かあったようですね、その話は後でゆっくりと聞かせてもらいましょう。それにこちらからも一つ伝えなければならないことがあります。もうすぐダエーワが来るでしょうから、手短に、皆さんどうか驚かないでください」

 思わず顔を見合わせ、何の事だろうと首をかしげる三人。

「ダエーワは、人間です。自我を持ったフラストルなどではない」

「なっ!?」

「え……それじゃあ!」

 驚くなというほうが無理だった。

 しかし、そんな統とタルサの驚きで止まりかける思考、本当なら説明を求めるところだが、敵は待ってくれなかった。

 ノーリッジが飛び出してきた部屋から、ノーリッジと同じように飛び出す影。

 それは一直線にこちらへと向かってくる!

「説明は後です! タワーマンションの中に入りましょう! ここは無人です! 他に被害を出さないためにも中へ!」

「……了解!」

「ノーリッジさん! 後で絶対説明してよね!」

 駆けだす四人。

 四人がマンションに入ると同時に、地面へと着地するアエーシュマ。

『逃げるなノーリッジィ!』


 タワーマンション一階フロア。

 ここは、上と違って、完成が進んでいて、待合室のようになっておりソファなどが置いてある。

 一旦、ソファの後ろに隠れる四人。

 アエーシュマがガラスの自動ドアをぶち破って入って来た瞬間に統とノーリッジがソファから飛び出しコードを放つ。

命令コード砲ヲ撃テキャノンファイア!」

命令コード曲レ弾ヨコントロールバレット

 相手に向かうエネルギー弾、ノーリッジは銃をグレネードへと変え撃った。

 またしてもアエーシュマは避けようともせず、攻撃は直撃する。

 しかし、ノーリッジが最初に攻撃した時とは変化があった。

『グッ……!? 何故だ!? 何故、俺がダメージを……!?』

「そうかミス・タルサの力ヲ解キ放テフラワルドの強化で!」

 これならば戦えると、ノーリッジが追撃をかけようとした時だった。

『ほら言わんこっちゃない、やっぱ前言撤回、アエーシュマも一回こっち合流して、んじゃ正義の味方のみんな、上で待ってるよん? 来ないと罪なき人々が~、どうなるかな~?』

 突如、虚空から湧き出る黒い煙が辺り一面を染め上げ視界を奪った。

『ふざけるな! 俺はまだ――』

 アエーシュマの声も途中で消える。

 何も見えないまま、身動きが取れなくなる。

「クソッ、とにかくこの煙をなんとかして上に!」

「でもどうやって!?」

 その時、一人の少女の声が、凛と響いた。


「私に、任せて」


 ドゥグドウが輝きを放ち、煙を晴らす。

 その光景は、まるで神話の一ページを見ているかの様だった。

「すごい、これがエクスペンドか……ってあれ?」

 統は自分の手を見やる。

 そこには持っているはずの槍が無かった。

 ノーリッジも銃を、タルサも剣を持っていなかった。

「そうか、ミス・ドゥグドウの力は、プラスとマイナス、関係なくリセットしてしまう……」

「……すごい力だけど、使う時は気を付けないとね」

 ドゥグドウの頭を撫でるタルサ。

 ダエーワを巻き込んで、諸共に無効化出来れば、条件は同じだが、距離などの問題で相手の技だけを、味方の力ごと消したりしたら、相手の追撃でやられることになる。

「……ごめんなさい」

「いや、謝る事じゃない。むしろ俺たちがドゥグドウにお礼を言わなきゃ、ありがとう、助かった」

「今は敵も離れ、いいタイミングでした。ミス・ドゥグドウの行動は決して間違いじゃありませんよ」

「そうだよ! ドゥグドウちゃん、これはすごいことだよ!」

 三人から褒められ、ドゥグドウは少し恥ずかしそうに笑った。


「じゃあ、改めて行こうか」

「はい」

「うん!」

――輪転ロウテイション


 三対三の決戦が、いよいよ始まる。


 上のフロアに上がる三人、しかし、そこは

 捻じ曲がる景色、厨二浮かぶ幾何学模様。

 壁がぐにゃぐにゃよ歪み、道など存在しない。

 

 そこはパリマティが創った幻覚の迷宮だった。


「これから上、全部こうなってるのか……?」

「だとしたら、かなり厄介ですね」

 幻惑の風景に槍や銃を向けても反応はない。

「私、なら」

「そうだよ! ドゥグドウちゃんなら!」

 確かに、あの消費の光さえあれば、此処を現実に戻すことは可能だろう。

「ですが、肝心のダエーワ達、本人がどこにいるのかわからない……」

 ゆえに危険な賭けだ。

「……タルサ、全テ見テ通スウアジャトアイを使って、俺に指示を出してくれ、その通りに俺は進む」

 ようは、スイカ割りの要領だ。

「危険です、ミスター・アマガネ、幻覚の中に入ったら、右も左もわからなくなるでしょう。それに相手にはコードを歪めるダエーワもいるのです。この組み合わせは最悪といってもいい」

「じゃあ、どうすれば!」

 思わず声を荒げる統に、どこか不適な笑みを見せるノーリッジ。

「コードを歪める力、しかしそれは、コードの発動を妨げるものではありません……私のとっておきは、

――聖唱コード高キ霊ヨ集エヤザタ

 銃を真上に向けて放つ、そこから光が辺りに散らばり、淡い輪郭で人型を作り出した。

「これは……?」

「そうですね、空間内のアータルに働きかけ、いわばプラス・アータルのフラストルを作り出した。というのが近いでしょうか。彼らを生み出すまでがコードで、ここさえ上手くいけば、後は先ほどのミスター・アマガネの作戦で行きましょう。ミス・ココチ、全テ見テ通スウアジャトアイを使い彼らに指示をお願いします」

 仰々しく、恭しく、頭を下げながら言うノーリッジ、さすがに戦闘中だというのに芝居がかり過ぎだろう。

 もしくは彼なりに緊張をほぐそうとしているのかもしれない。

 戦闘なんて行為は、誰しも慣れるようなものではないからだ。

 適度な緊張感は必要だが、緊張しすぎれば身体が動かない。

「わかった! 異唱コード全テ見テ通スウアジャトアイ…………いた! 三階にえっと、そう、アエーシュマ! 四階にパリマティ! だから、五階にいるのがサルヴァ!」

 タルサの言葉を受けて、一斉に動き出す光の人型達。

 その動きには一切の迷いはない。


「あとは彼らが自ら行動してくれます……さあ、我らが敵を見つけたまえ!」

 上の階から聞こえてくる衝撃音、爆発のようなものが起きている。

 そして幻影の中央、その天井であろう部分が崩れ落ち、同時に幻影も形を崩し、朧気ながらマンションの通路が垣間見えた。

 上から落ちてきたのは、ここが二階、ならば――

『ノーリッジィ!』

 光の人型に組み付かれ尚、暴れ回る暴力の化身といった有様。

「これなら先に進めそうですね……、どうぞ三人は先へ」

「え、でも……」

「大丈夫、彼との決着は私が付けます。力ヲ解キ放テフラワルドの強化さえあれば戦えます」

 ノーリッジの真剣な表情、四人は意を決し、互いに頷きあって走り出す。

 アエーシュマの横を通り抜ける。

 勿論、敵はそれを許そうとはしない。

 道を塞ごうとする腕、しかしそれを銃撃で、弾き飛ばす。

 その隙に駆け抜ける三人。

 階段を上がっていく。

 撃たれた腕を抑えながら、ノーリッジを睨み付けるアエーシュマ。

『お前は、いつも俺の癪に障ることをする……!』

「ジュラース、僕は――」

『お前の言葉など! 俺にとってイラつくノイズでしかない!』

 飛び掛かる、アエーシュマ。

 ノーリッジの表情はどこまでも真剣で、どこか寂し気だった。

 ――命令コード打チ砕ケマテリアルクラッシュ

 必殺の一撃が、放たれた。

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