第12話 アエーシュマ


 ノーリッジは、フラストルを順調に倒していた。

 タワーマンション、そのまだ建築途中で、開けているfフロアの中、フラストルに囲まれながらの立ち回り。

 それは安定したものだった。

命令コード曲レ弾ヨコントロールバレット!」

 クスティを起動し生成された象徴の武器は拳銃。

 そこから放たれる弾丸は、予測不能の起動を描き、フラストルを貫いた。

「ふむ、ミスター統との訓練より楽ですね。ちょっと拍子抜けです」

 彼は余裕までも見せていた。

 アータルの操作にも慣れているようで、銃の形を拳銃からスナイパーライフルに変え距離の遠い敵を狙い撃ったりもしている。

「しかし、例の人型、ダエーワの姿が見えませんが……」

 その時だった。

 ノーリッジの真上、虚空から新たなフラストルが現れた!


 しかし、ノーリッジはそれに気づいていた。

「話は聞いていますよパリマティ、事前に情報さえ共有してあれば、対策は容易い」

 空中から落ちてきたフラストルが見えない壁に阻まれる。

「事前に命令コード防ゲ壁ヨガードウォールを頭上にセットしておきました。火ヲ拝ス誓イアヴェスターを躱したほどのあなたの隠蔽力には敵わないでしょうが、それでも私にもアータルの不可視化程度の芸当は出来る」

 壁に阻まれ動けないフラストルに対し、銃をグレネードに変え、壁ごと爆破する。


 ふぅ、と一息ついて、同じく空中にいるであろうパリマティを、探索しようと、コードを唱えようとした瞬間だった。


『ノーリッジィィィィィ!!』


 怨嗟に満ちた叫びと共に、床の下から手が突き破ってきたではないか!

 ノーリッジの足を掴み、下の階へと引きずり込む。

 そのまま落下し、下の階の床に叩きつけられるノーリッジ。

 相手は人型の黒い靄、しかし、今までのサルヴァやパリマティとは、見た目の特徴が違っていた。

 特に身長、サルヴァやパリマティは、統やタルサとあまり変わらない程度だったはずだが、目の前のダエーワは2メートルに届きそうな長身だった。

 なにより。


「なぜ、僕の名前を知っている!?」


 場面は変わる。

 そこはダマーヴァンドタワーの中ではあった。

 しかし、最上階のガロードマーンラボではなかった。

 その逆、訓練室よりも地下深くにある秘密の空間だった。


「久しいな、アズダハク」

 そこにいたのはアータシュだった。

 そして彼が声をかけた存在は巨大な龍だった。

 三つの頭を持つ黒き龍、その見た目はフラストルに近いが大きさが通常のソレをはかけ離れていた。

「……む、アータシュさん、でしたか、お久しぶりです。百日ぶりでしょうか?」

「相変わらず、見た目に反して言葉が畏まっているな」

「はぁ、私は自我を得ました、ですが、その身体が怪物だったからといって、それに合わせる必要性は思いつきません」

「それでいい、それよりアズダハク、アータルの貯蔵量はどうだ、問題ないか?」

 龍は首の一つを傾げる。

「いえ、従来通りです。問題はありません、戦闘ですか? 私を使うことはないと言っていましたが」

 はぁ、とアータシュはため息を吐く。

「アエーシュマが私怨に走った。恐らくこのままではダエーワが人だとバレるだろうな」

「ふむ、そうですか、しかし、それは私を出すような案件にも思えないのですが?」

「いや、それに加え、アフラにダエーワがスパイになる算段となっている、さらにゼロ・アータルの結晶体まで現れた、正直このイレギュラーでなにが起こるかは、もはや予想など出来るはずもない」

「なるほど、つまりあなたはここに逃げ隠れに来たと」

 どこか意地悪そうに言うアズダハク。

「言い方に気を付けろ……まあいい。よもや実験の真実を隠せないのならば、レールだけを残し、後は空回りしてもらおうということだ。残念ながら、アフラとダエーワが手を組むシナリオはあり得ない。これから起こるのは結晶体の奪い合いだ。私はそれをここから静観することにしたのだ」

 ふむ、と息を吐いて、アズダハクは再び瞼を閉じる。

 どうやら興味を失ったらしい。

 

『ノーリッジィィィィ!』

 叫ぶ怪人、炎をのように荒ぶる靄を纏ったその拳を振るってくる。

 足を掴まれて、階下に引きずり込まれ、床に叩きつけられた上での追撃。

 地面を転がり、必死にその殴打を避けるノーリッジ。

 地面を転がる勢いを利用しながら、地面に手を当てて、アクロバティックに体制を整える。

 なんとか着地して、銃を構え、そのまま撃つ。

 警告など無意味だろう。

命令コード曲レ弾ヨコントロールバレット!」

 銃はマシンガンへと形を変えていた。

 ばら撒かれる弾が、様々な方向からダエーワへと遅いかかる。

 しかし、相手はそれを避けることもしなかった。

 全弾命中。

 しかし。

「傷一つつかず……ですか」

 ダエーワは規格外だ。

 倒すには強力なコードが必要となる。

(だが、まだ敵の能力がわかっていない……!)

 コードを歪めるサルヴァ、情報を攪乱するパリマティ。

 この新たなダエーワも、特有の力を持っているはずだ。

『ようやく、ようやくだノーリッジ! 俺はお前を超えた!』

 怪物が吠える。

 受けるノーリッジは、疑問が増すばかり。

「お前は誰だ! 僕は怪物の知り合いなんていない!」

 言いながらなおも撃ち続ける。

 走り位置を変え、弱点を探す。

『そうだろうな! お前は、俺のことなど意にも介していなかった!』

 一瞬、ノーリッジの動きが止まりかける。

 どういうことだ。

「君は、人間だとでもいうのか? それも僕の知り合いだと?」

 ダエーワとは自我を持ったフラストル。

 つまり、突き詰めればアータルの塊だ。

 それはつまり、もともとが人間なんてことには繋がらないはずだった。

 この時ノーリッジは、まだドゥグドウの由来を知らなかったが、彼女も純粋に人間から変わったとは言いづらい。

 目の前の存在、特にそこから放たれる怒りは、なるほど確かにそれは人間のソレだった。

 ダエーワが距離を詰め、拳を振るう。

 ノーリッジはそれをギリギリで躱す。

 いや、ギリギリでしか躱せないのだ。

「意にも介さない……まさか、君はジュラース……なのか!?」

 それはかつて、ノーリッジの論文を、写し先に発表するという裏切りを働いた友人の名だった。

 だがノーリッジは、その事を怒ることをしなかった。

 彼が盗んだという証拠はなかったし、どちらが先に発表しようと、最終的に世界の役に立てばそれでよかったのだ。

 なにより友人との関係を崩したくなかった。

 しかし、願い虚しく、ジュラースはノーリッジの前から姿を消した。

 だが、今――

「どうして、どうして君が、フラストルに、ダエーワになっているんだ!」

 驚きと戸惑いと疑問とが混ざり、叫びに変わる。

 だが、その叫びを心地良さそうに聞いてダエーワは言う。

『これは仕事だ。とても重要な! お前みたいになにも知らない下っ端とは違――』

 その時だった。

 ノーリッジとダエーワの間に黒い靄が割って入った。

『はいはいそこまでー。全くアエーシュマ、喋りすぎだよ、逆恨み相手にあって興奮してんのはわかったけどさ、こっちにまで被害がくるからやめてよねホント』

 女の声、人型どころか、獣の形すら取っていない黒い靄。

「お前がパリマティ……つまりお前も」

 ノーリッジは銃口をパリマティへと向ける。

『はいはいそうです人間でーす。だけどさー、それがバレたところで結局やること変わんないよね? だってアタシたちは人を襲う……それを放っておけるの?』

「なにが目的でそんなことを!」

「いやいや、そこまで話すわけないじゃん……、それよりさ、アエーシュマにも、君にも言っとくけど、お仲間が来たみたいだよ? これで状況は……三対三。命拾いしたねお兄さん? アタシたち二人を一人でなんて無理だったでしょ?』

 人を小馬鹿にしたような口調で話すパリマティ。

『俺はこのままこいつをやる! 邪魔するな!』

 黒い靄を腕で振り払うアエーシュマ。

 完全に霧散はしなかったが、それでも存在が薄まる。

『まったく乱暴だなー……じゃあ、それでいいよ、こっちはサルヴァと二人でやっとく』

 その言葉を最後に靄が消える。

 アエーシュマは、ハァー……っと息を大きく吐き出し、そして大きく吸って、駆けた。

 目指すはもちろんノーリッジだ。

 一直線に突撃する。

 対するノーリッジの行動は、意外なものだった。

「あなたの仲間がいいことを教えたくれました。ジュラース。僕は

 アエーシュマから遠ざかるように駆けだす。

 目指すのは窓。

 身体を丸め、思い切り飛び出した。

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