第11話 真実


 そのカラオケは、アータルによる防音実験をしているのだという。

 アータルに音による振動を、外に伝えないように吸収する性質を持たせるデータを入力しているらしい。

 たとえ研究区画であっても流石は特区内の施設ということか。


 ちなみにタルサはドゥグドウも連れてきていた。

 というか、どうやらそちらが本命らしく。

「ドゥグドウちゃんが、統と話したいって」

 無言で頷く輝きの少女。

 カラオケボックスを選んだということは、あまり他人には聞かれたくない話らしい。

「わかった。聞かせてくれ、ドゥグドウ、どうしたんだ? 俺に何かしてほしいとか?」

 よくわからないまま、話を促す。

「統、私、統を知っている」

 ハテナ、一瞬、疑問符が頭を埋め尽くしかける。

「えっと、自己紹介したよね? そう俺は統……」

。その前から、、私が存在する前から」

 いよいよわからなくなる。

 彼女が生まれたのはゼロ・アータル生成実験の時。

 つまりはついこの間だ。

 それなのに、それ以前から統を知っているというのはおかしい。

 だが少女の無垢な瞳は、嘘を吐いているようにも、何かを勘違いしているようにも思えなかった。

 そこでタルサが口を開く。

「ドゥグドウちゃんも、自分で理解しきれてはいないみたいなんだけど、でも私も話を聞いてて思ったことがあるの」

 タルサは、そこで言葉を切った。

 その先は、どうやら言いづらいことのようだった。

 統はそれを察して、なお続きを促した。

「聞かせてくれ、ドゥグドウはどうして俺を知っているんだ」


「多分、天鉄夫妻、統のご両親が関係してるんだと思う……」

 一瞬、思考が空白になる。

 ここにきて、フラストルに殺された両親の話が出てくるとは予想していなかったのだ。

 だが、それを聞かされても、統は点と点が繋がってはいなかった。

「……どうして、俺の父さんと母さんが、ドゥグドウに関係してるんだ? いや両親がゼロ・アータルの論文を書いて、一度実験したのは知って……そうか、その実験が関係してるのか?」

 言葉を紡ぐ間で思考が整理され、自分なりの答えを出した統。

 しかし、ドゥグドウは首を横に振ったのだった。

「私、生まれた。それは、正義まさよし伊智子いちこが、光の輪にくべられたから……」


 疑問が巡り、空白に染まり、それでも動いていた思考が、いよいよ拒絶を示してくる。

 それ以上を聞いてはいけないと。

 警告する。

 だが、そんな現実逃避は、なんの解決にもなりはしない。

 前へ進め、続きを、答えを知らなくては。

 これから先、戦うことなど出来はしない。

「光の輪に、くべられた……フヮルナフに落とされた……? タルサ、フヮルナフに触れたら人間はどうなる?」

「あれは、結晶体にアクセスするための装置だけど……それでも大量のアータル、エネルギーの流れを抱えているから、正直、人間の身体じゃとてもじゃないけど耐えられない……と思う」

「……そうか、なあ、ドゥグドウ、父さんと母さんは、ダエーワにそうされたのか? フヮルナフに投げ込まれたのか?」

 ドゥグドウはまたしても首を横に振る。

「私も、二人の全て、分かるわけじゃない、これは、残っている、思い、私が生まれ、統達と出会って、理解できるようになってきた、二人の、記憶、残滓、思念……」

「ああ、それで、誰が、二人を殺したんだ!」

 つい声を荒げてしまった。

 反省し、小さくごめんとつぶやき、顔を伏せる。

 しかし、答えが欲しかった。

 自分は仇を取るために戦っていたはずなのに、その相手が違うとなったら。

 どうすればいいというのか。

「二人は、追い詰められていた。何か、秘密を知った。何か、そうフラストルの事、それがなにか、二人も確信は持てなかった。でも、だと思った。そのを放っておくことは出来ないと」

「思想? フラストルそのものじゃなくて?」

 タルサが疑問を呈す、思想、確かにダエーワは自我を持っていた。

 しかし、その思想というのがなんなのか分からない。

 だが重要なのはそこではない、なぜならば、天鉄夫妻の死にダエーワは関係ないとドゥグドウは語ったのだから。


「アータルの結晶化、その促進、白と黒、善と悪の相克、それが続けば、いつかアータルは飽和し、世界へと浸食する」

 ドゥグドウの言葉が流暢になっていく、まるで別の誰かが乗り移ったように。

 統とタルサはその口調に聞き覚えがあった。

「父さん……?」


「それを阻止するための、ゼロ・アータル、しかし、はそれをよしとしなかった。むしろアータルに溶けた世界こそ、人間の新時代だと語った。その思想はあまりにも危険だと思った。そこで私と妻は、賭けに出ることにした。彼が知らない。新たに発見された古代の文献、黄金の輪、アータル結晶を生み出すための方法論がそれには記されていた。私はそれを暗記した、データにも残さず、発見されたという記録も抹消して、彼に結晶化の秘法を隠したのだ」


 ドゥグドウはまるで、人型のスピーカーにでもなったかのように語り続ける。

 過去のデータを再生する。


「それは、というものだった。あまりに非人道的な方法だ。だが彼は必要とあれば実行するだろう。今は、善と悪の相克、その激化程度に収まっている。しかしその時点でさえ、民間の犠牲を出すことを躊躇もしてはいない。彼を止めるには、ゼロ・アータルが必要不可欠だった。消費を司る力場が生まれれば、世界がアータルに浸食されることはなくなる。そのためにはやはり結晶が必要だった」


 そこで統は、話の続く先に気づく、やめてくれ、それ以上しないでくれと、願ってしまう。

 しかしこれは過去の記憶、もうすでに起こってしまったことだ。

 止めることなど出来はしない。


「私は己の身を、フヮルナフへと投じることにした。それしか方法はないと思ったからだ。後は妻に託し、結晶化を行ってもらう」


「ああ……どうして、父さん、そんな……!」

 その時、ドゥグドウに変化が生じる。

 それまで機械的に口を動かしていたのが、突然に表情が生まれる。

「お前は来るな! お前まで来たら、誰が結晶化を行う! 誰が統を迎えに行くんだ! …… でも! あなただけを見殺しにするなんて出来ない! 統は強い子よ、きっと大丈夫、それにゼロ・アータルのことはタルサちゃんにまかせたわ、彼女は、彼に近いけど、近い家族だからこそ、逆に彼に毒されてはいない。大丈夫よ」

 一人二役、鬼気迫った言葉。

 そのうちに自分の名前を呼ばれ、タルサはハッと息を呑む。

「お前を巻き込みたくはない、これじゃ心中だ。……、あなた一人、死ぬのを見て見ぬふりなんて出来ない、愛した人だもの、最後まで一緒、そうでしょう?……お前には負けたよ、俺は幸せものだな、ああ、統、許してくれ、情けない父親で本当にすまない、でも母さんが聞いてはくれないんだ……。統、あなたが無事に幸せに生きていけるよう、願っているわ。タルサちゃん、重要な仕事をまだ統と同じ歳のあなたに任せてごめんなさい……でも私は愛した人を見捨てるなんてできなかった…………行くか。……ええ。」

 そこで、スイッチを切ったように、ドゥグドウの意識が切れて、隣に座るタルサへと倒れこんだ。

 アータルによって防音加工された部屋が、必要以上の沈黙に包まれた。

 意識を失ったドゥグドウはもちろん、統もタルサもしばらく何も話せはしなかった。


「ドゥグドウは……大丈夫なのか?」

 なんとか声を絞り出したのは統だった。

「うん、寝てるだけみたい……」

 タルサは膝にドゥグドウの頭を乗せ、その髪を撫でていた。

「なぁ、ドゥグドウの……いや父さんが言ってた『彼』って」

 その後の言葉を、統は紡げなかった。

 言えるはずもない。

 家族だと、言っていた。

 それはつまり――


 その時だった。クスティに通信が入る。


『西居住区画のタワーマンション建築現場にフラストル出現! それも複数体います! さらに人型個体の情報も確認されています!』

 アータシュではなく、部下からの通信。

 普段なら、連絡を受けたらすぐに急行する所だったが。

「オペレーターさん、アータシュ……さんは、今どこに?」

『え? ガロードマーンラボにいらっしゃると思いますが……?』

「そうですか」

 通信を切る。

 統はタルサと目を合わせて、問いかけた。

「どっちにいく、現場か、ラボか」

「……」

 一瞬の沈黙、すぐに答えのだせる話でもあるまい。

 統はそう思った。

 だが、タルサはドゥグドウを抱え起こしながら言う。

「現場に行こう、今、被害に遭っている人を放っておけない。そうでしょう?」

 タルサの眼差しに迷いはなかった。

「ああ、そうだな、全部の決着は、まず目の前の事を片付けてからだ!」

 手首のクスティに触れて、拳を握り、全身に力を込める。

 その時だった。

 ドゥグドウが目を覚ます。

「私も行く」

 起き抜けにそんな事を言う。

「危ないよ、それにドゥグドウちゃんになにかあったら」

「大丈夫だよ、タルサ、私には『消費』の力がある。今はそれを知っている。だから戦える。みんなの役に立てる。私が生まれるために、いなくなってしまった二人の、願いを叶えられる。恩返し……まだ言葉が変かな?」

 すこし怯えながら、統へと向き直るドゥグドウ。

 感情を持ち、統を悲しませるのではないかと考えたのだ。

「いや間違ってない。ドゥグドウは父さんと母さんの願いだ。だからそう言ってくれて俺は嬉しい。一緒に戦おうドゥグドウ」

 手を差し出す統、ドゥグドウは今度はただ触れるだけではなく、その手を握る。

 そこにタルサも手を置いて三人の無言の誓いが生まれる。

「さあ、行こうか、きっとノーリッジが待ってる」

「うん、早くいかないと」

「大丈夫、私は、二人に付いていける。だからクスティを使って」

 三人、頷き合い、二人は唱える。

――輪転ロウテイション

 カラオケを飛び出し、一気に現場へと向かう。

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