第9話 来客
此処は成田国際空港のターミナル。
そこにはアータシュの秘書、原山が来ていた。
「あ、ノーリッジさん! こちらです!」
原山はスーツを着た金髪の青年に声をかける。
ノーリッジと呼ばれた青年は手を振って近づいて来た。
「お久しぶりです。ミス・ハラヤマ。この度お招きいただきありがとうございます」
「いえ、日本語お上手になりまたね」
「はい、これから此処で暮らすのですから当然です」
移動しながら会話を続ける二人。
遠くに小さく見える光を見て、目を細めるノーリッジ。
「あれがフヮルナフ……アータルの
「はい、そしてこれが」
そう言って、原山が持っていたアタッシュケースから、あるものを取り出した。
「クスティ……アータルに対する、小型の簡易情報入力デバイスですね」
「簡易といっても、物質化や性質変化の精度はかなりのもですよ」
「でもそれは、戦闘行為に関してでしょう?」
ノーリッジはどこか怒っているようだった。
原山はそんな彼の感情を汲み取りながらも、あえて突き放すように言う。
「フラストルがいる以上仕方のないことです」
「……わかっています。今、戦っている人はいるのですか?」
「はい、天鉄夫妻の息子さんと、アータシュの孫娘が」
「それじゃ、まだ子供なのですか!? 怪物と戦っているのは!?」
「……はい」
答えづらそうに、原山は答える。
「クスティには――」
「適正が必要だ。でしょう。それもわかっていますよ。だから自分が選ばれたことだって、それでも納得できないことはあります」
そう語りながら、しかし、クスティを原山から受け取り腕に嵌めるノーリッジ。
彼の眼はさきほどまでの怒りとは違う、真剣さに満ちていた。
「納得できないことだとしても、自分が必要とされるなら、僕は戦います、そして僕は諦めません。アータルの平和利用のその夢を」
こうして、また一人、新たな戦士が、特区へとやってくることになる。
だが統達はまだ、その事を知らない。
光を散らす少女がいる。
少女は統達の戦いを見ていた。
「白と、黒が、ぶつかりあう……私は、私は透明、私はどこへいけばいいんだろう」
少女は彷徨う、光の輪の街を。
行く先も、自らがなんなのかもわからぬまま。
特区の中、ダマーヴァンドタワーを目指し走る車の中。
それに乗っているのはノーリッジ・エフォートと原山里沙の二人。
「それで、さっきまで二人は戦闘していたんですか?」
「みたいですね……、二人とも無事ですが、情報処理の負荷でダウンしてるようです」
大型フラストル、そしてそれを操るダエーワとの戦闘の報せが入ってきたのだ。
今走っている道からでは、現場は見えないが、騒ぎはここまで伝わっているようで、道端の人々はどこか皆、不安そうな表情を浮かべていた。
そう、車窓から、道行く人を眺めていたノーリッジは、偶然、いやもしかしたら必然的に、その少女に気づいた。
「すいません、止めてください」
「え? どうしました?」
疑問を呈しながらも、車を端に寄せて止める。
原山の疑問に答えぬまま、ノーリッジはドアを開け、その少女の下へと駆け寄る。
「待って、君、その髪と瞳は……!」
そう、その少女は、輝いていた。
光の粒子を振りまく髪と瞳。
それは常人のものとは言えなかった。
なぜ街の人々は気付かなかったのか、気付いていて避けていたのか。
だがその光は、特区に住むものなら慣れ親しんだもののはずだった。
「私が、私は、何?」
不思議な言葉づかい、まるで喋ることに慣れていないようだった。
「君のソレは、アータルだね?」
「……アータル、それが、私? 私を、作る、造った、創っているもの」
「君は、人じゃないのか……!?」
果たしてそれは会話だったのか、ノーリッジの言葉に、普通ならば意味の通らないような返事をする少女。
しかし、アータルの知識を持つからこそ、彼女のその言葉を元に、彼女という存在を研究するノーリッジ。
車を駐車可能なところに止めてきた原山も合流してくる。
「どうしたんですか? その子がなにか?」
「え? わからないんですか? こんな髪と瞳はあり得ないでしょう!?」
「え……髪と瞳、ですか? 普通の黒髪と黒目ですけど……」
驚愕するノーリッジ、そこで彼は気づく、原山には少女が普通に見えている理由に。
「クスティを付けているから、僕は気付けた……」
その事実が、さらに少女をアータルに関するものだということを決定づけていた。
「原山さん、彼女は重要な存在です。アータシュさんの所に連れていけば、それが分かります。彼女をこのままここに置いておいたら、フラストルに襲われる危険性もある」
「……ただの迷子じゃ、ないんですね。分かりました」
原山は少女に目線を合わせ、一緒に車に来てくれるように促す。
少女は無言で頷き、原山に付いてくるようだった。
ノーリッジもそれに続く。
(でも、どうして……あんな存在が自然発生したとは思えない……)
巨大な疑問を抱えながら、少女を加えた三人は、再びダマーヴァンドタワーを目指すのだった。
『応答しろメーノーグ』
ガロードマーンラボ、統とタルサの戦闘を眺めていたアータシュに入る通信。
いつも通りのやりとりが行われるかと思いきや、どうやら様子が異なるらしい。
「どうした、声に焦りが混じっているぞ」
どこか挑発するような声音で返すアータシュ、しかしそれには乗らないものの、指摘通り、いつもの冷静な口調ではなかった。
『本国は、成果を求めている、他のダエーワの雇い主も同様にな、これ以上、アータルの結晶化の兆候さえ見られないようならば』
「私からスペナーグを奪うかね、君たちはわかっていない。まずスペナーグだけあってもだめなのだ。フヮルナフがなければな。そしてそれだけではない。君達六人に対して、スペナーグとガーナーグの二つしか結晶がないのなら、次に始まるのは内輪揉めだぞ? それを分かった上で、その脅しをかけているのかね」
しばしの、沈黙。
だが、どうにも予想外の反論に、答えを窮している……という訳ではないようだった。
『勿論、人数分の結晶体を用意する、そのための実験に協力するという契約は忘れてはいない、だが上はこれ以上、日本にアータルの研究で後れを取ることを良しとはしない』
どうやら相当、上にせっつかれているようだった。
いや現場の焦りはあくまでも、上のそれが伝わったゆえのモノだ。
焦燥感で功を焦り、慌てふためいているのはむしろ上のほうなのだろう。
そしてそれは相当なものらしい。
「それで、私にどうしろというのだね、研究論文は全て全世界に公開しているが?」
煽っているように聞こえなくもないが、かといってアータシュ自身、本当に解決策に心当たりが無かったこともある。
『多少無理のある作戦ではあるが、上にこちらがアドバンテージを握っていることを示したい』
音声だけの通信なので、相手に顔は見えていないが、それでもアータシュは露骨に眉をひそめる。
「つまり?」
『アフラ側に一人、ダエーワを潜り込ませる。スパイを一人、送り込んだという名目で功とする』
「……ふっ、はははっ、本気かね? クスティの二重使用は危険だぞ? そこまでのリスクを負ってまで立てるような功かねそれは」
『なぜ笑う、こちらは本気だ』
相手の声に怒気が混ざる。
「いやすまない、君達の上が、君達のことを、ただ特区へと潜入し、その上辺だけを漁っている産業スパイだと思い込んでいることを忘れていたのだよ。真実は、その中枢と繋がりをもった重要人物となっているというのに」
『それがお前の提示した契約だろう。結晶体を渡すことを条件に、上には報告せずに実験というの名の戦闘行為に参加しろとな、こちらとしても、そんなことが知れたら国際問題となる』
「わかっているさ、先ほどのスパイの件、了承しよう、これで堂々と中枢に潜り込んだと報告出来るわけだ。特区の治安部隊、小型のアータル制御装置を手に入れたとな、そんなもの既に手に入れているというのに」
『その面倒な契約をしてきたのは貴様だ!』
とうとう、堪忍袋の緒が切れたようだった。
「悪かった、しかしどちらにとっても必要なことだった。そうだろう……さて、それより、そのスパイといのは誰だ、まさか君か?」
『サルヴァだ、要件はこれだけだ、通信終わるぞ』
そういってブツっと音を立てて通信が切れる。
その時だった。
部屋に備え付けられたインターホンが鳴る。
『アータシュ様、統様とタルサ様、それにノーリッジ様も到着しました』
「ふむ、通してくれ」
先ほどとは違う調子に変わるアータシュ、この辺りは慣れたものだ。
『それと……もう一人、来客の方が……』
「何?』
サルヴァがもう来たのかと考えたアータシュだったが、その後に続く言葉には流石に驚愕を隠せなかった。
『それが、アータルに関する少女だとかで……ノーリッジさんも、調べれば分かることだと言っておられて……』
アータルに関する事、こと特区において、それに最も詳しいのがアータシュであり、その表も裏も知り尽くし、完全に管理しているのだ。
そのアータシュが知らない、アータルに関する存在。
それは驚愕と困惑と、そして一種の感慨でもあった。
(よもや、この歳になって、ここまで驚き、心動かされる事があるとはな)
「その少女も連れて通せ、ノーリッジ君の言うことなら間違いあるまい」
アータシュは一人、来客を待った。
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