第8話 コンビネーション
ガロードマーンラボにアータシュが一人。
ゼロ・アータル実験の翌日であった。
データを映す画面では、その前回の実験中の数値がリプレイとして流れていた。
そこに通信が入る。
「こちらメーノーグ」
『インドラだ、昨日のフラストル消失は一体なんだったんだ。丸一日応答もせず、よもや裏切ったわけではあるまいな』
溜息をつき、車椅子に体重を乗せて深く座りなおす。
「こちらも対応に忙しかったのでな、よもや失敗した事例が息を吹き返すとは思いもしなかった……いやそれも杞憂だったがね」
『だからそれはなんの話だ、どうしてフラストルは消えたのかと聞いている!』
「ゼロ・アータル、第三種のアータル生成実験の結果だ、だが君が心配するような事態には陥っていない。実験は失敗したのだからな」
淡々と告げるアータシュ。
少しだけ、それまでの苛立ちがおさまった風のインドラが疑問を呈する。
『それはなぜ、失敗した、理由はわかっているのか?』
アータシュは画面の数値を眺めながら語る。
「結晶の有無だ、結局アータルは『輪』に依存したエネルギーなのだ。私の持つスペナーグと、君たちが持つガーナーグ、この二つが無ければアータルは存在を保つことは出来ない。そしてゼロ・アータルにはそれがなかったというわけだ」
『なるほど、事態は把握した。しかし、第三種とはいえ、結晶化に失敗したという事実は見過ごせないな、我々が国に持ち帰る結晶体、それは本当に生成できるのか?』
その声音には、少しの冷たさが乗っていた、それは出来ないのならば関係を破棄するという脅しを言外に語っていた。
「それは君たちの働き次第だ。アータルを飽和させるには、まだ増産量が足りない……こちらにもアフラが一人追加された。そちらも新たな戦闘のシナリオを組んでくれたまえ」
『我々は貴様の部下でもなければ役者でもない、使命を果たす戦士だ。それを忘れるな』
そこで通信が切られた。
ちょうどその時に実験のリプレイが、再生を終了した。
アータシュはそれを、再び巻き戻し眺めていた。
「タルサさんも、クスティ付けてるんですね」
タルサに呼び出され、南商業区画のカフェに来ていた。
どうやら自分と話がしたいそうで、正直、女の子と二人でカフェに来た経験などなかったので少し緊張していた。
「そうだよ、私も戦える。統君ばっかり無茶させないよ」
そういってニカッと笑うタルサ。
実験の失敗は、決して小さくない出来事だったはずだが、彼女は落ち込むことなく、どこまでも快活だった。
「それって、俺のと全く同じなんですか? なんか特別仕様だったり?」
「システムは一緒だけど、使う力は別になると思うな、まだ統君のコードを見てないからわからないけど、アータルって使用者によってその性質を変えることがあるんだよね、特にクスティを介した情報入力だと直接、使用者の意思がフィードバックされるわけだし」
「へぇ、アータルってもっと汎用性のあるものだと思ってました」
そこでちっちっちっ、と人差し指を振るタルサ。
「あくまでクスティを介した時の話だよ、もっと自動化した装置を経由すれば、それこそ、誤差なしで君の言う通りの汎用性を発揮してくれるよ、ホント、アータルって夢のエネルギーだよね」
「そう……ですね、でも今は」
「うん、フラストルがいる。だから私たちが戦わなきゃ」
ふんすっ、と気合いを入れて空を見上げるタルサ。
そんな時だった。
クスティに通信が入る。
『南商業区画に、フラストルが出現、いつもより大型だ、気を付けろ」
「南商業区画って……ここじゃん!?」
通信を聞き終えた直後、カフェから少し離れた店が勢いよく破壊され轟音を立てて崩れ落ちた。
辺りに居た人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「タルサさん!」
「分かってる!」
――
手元に現れる光の槍、身体に漲る力。
ふと横を見ると、タルサが、こちらの槍と同じく光で出来た、両刃の西洋剣をその手に握っていた。
一瞬だけ、目配せをして、二人で一気に敵の下へと駆け抜ける。
店の瓦礫の中から出てきたのは。まるで熊のようなフラストルだった。
その体長は3メートル、いや4メートルを超え5メートルに迫るほどの巨体だった。
「確かにいままでの狼みたいなやつとは違うみたいですね……」
「うん、これは、苦労しそう……だ・け・ど!」
――
そうタルサが唱えた瞬間、タルサと、そして自分が光のオーラのようなもので包まれる。
「これは……?」
「私のコードは、強化能力! それも自分だけじゃなくて味方もね!」
彼女の言う通り、それまでの力が二倍にも三倍にもなったようだった。
これならあのフラストルとも戦える!
フラストルの切り裂くような爪の一撃を、槍で受け止め、その足を思い切り蹴飛ばしてやる。
するとバランスを崩し、派手に転ぶフラストル。
その転がった巨体に、タルサが飛び掛かり、剣を突き刺す。
「
剣から爆炎があがり、フラストルの巨体の内側へと流れ込んだ。
黒い体表が真っ赤に変わって、そして消失した。
ふわりと、着地するタルサ。
「すごい! 大型のフラストルを一撃で!」
「ふふん、まだまだこんなもんじゃ――、って統君、後ろ!」
えっ、と言葉を放つ暇も無かった。
虚空から現れたとしか思えない、もう一体の大型フラストルが、後ろからこちらを殴りつけた。
防御を取る暇もなかった。
思い切り吹き飛ばされ、先ほどまでいたカフェへと叩きつけられるた。
ガラスが割れ店内へと転がり込む。
それでも止まりはせず、壁にぶつかり凹ませてようやく勢いがなくなった。
「痛っ、ちくしょう、どこから出てきたんだ……」
そもそも、フラストルの発生条件や、発生方法もわかってはいない。
だけど、今のは完全に、こちらが油断した瞬間を狙って現れた。
「まさかダエーワが操っているのか!?」
人型のフラストルの姿は見えない。
だが、直感的にそう思った。
「統君! 大丈夫!?」
一旦、フラストルを牽制しつつ、タルサがカフェまで駆け寄ってきた。
「俺は大丈夫です……それよりタルサさん! もしかしたらどこかにダエーワがいるかもしれない……!」
「え!? そうか、だから急に二体目が……でもどこに!?」
問題はそこだ。
それが分からなければ話にならない。
だが、解決する方法を、今の自分では思いつけない……。
万事休すか、そう思った時だった。
タルサが意を決したような表情になった。
「統君、時間を稼いで、多分倒したら、また新しいフラストルが出てきちゃうと思うから、なるべく倒さずに」
「なにか、方法が?」
「うん、一つだけ、でもそれをしているあいだ私は戦えない」
方法があるならばそれにかけるしかない。
「分かりました! じゃあ行って来ます!」
カフェから飛び出てこちらへと向かって来ていたフラストルと対峙する。
「
タルサの眼に光が灯る。
今、彼女には、この南商業区画一帯の全てが一度に見えていた。
それにただ見えているだけではない。
普通では見えない、さまざまな情報、大気の流れや、温度の変化、そしてなにより。
「アータルの流れが見える!」
あのフラストルから、線のようなものが伸びていた。
その先は――。
「統君! 上! ダエーワは空に浮いてる! 君の真上に!」
タルサの叫びを聞いて真上を見上げる。
しかし、そこにはなにもないように見えた。
だが、彼女には見えているのだ。
ならばそれを信じて、自らの真上へと渾身の一撃を放つ。
「
槍は一直線に真上へ向かい、そして止まった。
なにもないはずの虚空で止まったよりのその先の空間が歪み、それまで見えていなかった、黒い人型の靄が現れた!
「やった! でもあいつは……」
サルヴァ……ではなかった。
シルエットが奴より一回り小さかったのだ。
『全く! アタシは直接戦闘担当じゃないのに!』
現れて早々に愚痴を言うダエーワ。
そのシルエットは、よく見ると女性のように見えなくもなかった。
いや、今はそんなことは重要じゃない。
槍はまだ女型のダエーワに受け止められ、そこにあった。
コードによる力は、あの象徴である武器を起点に発動する。
サルヴァには効かなかった。
だが、もしかしたら今回のコイツならばもしかするかもしれない。
そう思い、願い、唱えた。
「
『なっ! それはマズ……!?』
ダエーワが槍を放り捨てる暇もなかった。
槍が、眩い光の熱球へと変化する。
空中に浮かぶ炎の塊。
それを初めて、外から眺めた自分には、まさしく小さな太陽に見えた。
太陽が空中を焼き尽くし、元の槍に戻り、統の手元に変える。
そして、ダエーワの姿はなかった。
「すごい! 統君、ダエーワを倒しちゃった!」
タルサが喜んで駆け寄ってくる。
しかし、どこか違和感を感じていた。
槍を直接握っていた訳ではないが、それでもどこか手ごたえがなかったのだ。
「本当に、倒せたんでしょうか……?」
「え? だって……」
その時だった。
虚空から声が響いてきた。
『まさか、
「お前は……!」
『あー、一応、自己紹介だけしとくね? これも仕事みたいなもんでさー、あ、言っちゃったまあいいか、サルヴァも好き勝手やってるし、アタシはパリマティ、覚えてても、まあ覚えなくてもいいよ』
言い終わると、気配のようなものが消える。
うっすらとしか感じ取れないために、それはなんとなくでしかわからなかったが。
「
タルサが、力が抜けたように膝から落ちた。
剣も消える。
「アータルの使い過ぎですよ」
「統君だって……」
タルサへと手を差し伸べる。
「ありがとう……ねぇ、統君」
肩を貸し、二人でその場から離れる。
「なんでしょう?」
「もう呼び捨てはいいからさ、せめて敬語はやめない? 同い年なんだしさ」
戦いの後のセリフとは思えなかったが、特にそう言われたことを不思議には思わなかった。
「わかりま……わかった、えっとタルサ、これからもよろしく」
「お、頑張ったじゃん……なんて、えへへ」
恥ずかしそうに笑うタルサ、自分もどこか恥ずかしくなり、タルサの顔から目をそらし前だけを見て、歩みを進める。
アータシュさんが手配したのだろう、車の出迎えが来た。
とりあえず、タワーまで肩を貸して歩くという事態は避けられたらしい。
どうにも、 恥ずかしさで空気が持たなかっただろうから。
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