第7話 ゼロ・アータル


「これがラボ……!」

「そ、ガロードマーンラボ! 私も初めて見たときはびっくりしたよ、わざわざこんな風にしなくてもいいのにおじいちゃんも以外と子供っぽいとこあるよね」

 朗らかに笑うタルサさん、正直、自分も少し秘密基地みたいでかっこいいなどど思ってしまったので、子供っぽいと言われ少しドキリとした。

「それじゃ、早速、説明するね、えっとどこから話せばいいかな、そうこの理論は天鉄夫妻が、アータルの自己生産する性質に危険性があるこに気づいた事から始まっていてね? その二つの位相に、もう一つ新しい位相を挿入することで、相克している力場を、循環に変えようっていう理論なの」

「新しい位相……そんな事が可能なんですか? それと、その循環することと、フラストルにはなんの関係が?」

「アータルは情報入力できるエネルギー、だから、大規模で高度な操作になるけど、ここからフヮルナフを経由して、この特区に満ちるアータルに干渉すれば可能なはずなの、そしてフラストルのことだけど、この位相によって生まれる第三のアータル、ゼロ・アータルには、他のアータルを『消費エクスペンド』する性質があるの、つまりフラストルにゼロ・アータルをぶつけてやれば……」

「アータルの塊であるフラストルは消滅する?」

「そう! これでもう、あなたも戦わなくて済むわ、誰も傷つかなくてすむ……」

 真剣な表情のタルサ、彼女は本気で特区のことを、いや世界のことを考えているのだ。

「それはダエーワも例外じゃない?」

「もちろん、意思を持っていても、結局はアータルの塊だもの」

 あのサウラにも、ゼロ・アータルならば勝てる。

 それを聞いて思わず拳を握りしめる。

「……だけど、そういえばアータシュさんが昔、実験に失敗したって」

「それは小規模だったからよ! 今、この街を満たす力場に新たな位相を加えるのに、一部屋分の実験なんて誤差程度の結果しか得られないわ! 特区全体に干渉して初めて実現する! ……はずなの」

 最後は少し言葉が小さくなっていた。

 どうやら彼女も全てが自信に満ちているというわけでもないらしい。


「そこまで言うのならやってみるといい、フヮルナフへのアクセス権を渡そう」

 遅れてきたアータシュさんが、辿り着いてすぐにそう言った。

「聞こえてたの?」

「だからお前は声が大きいと言っているだろう」

「もう! そればっかり!」

 いかにも親しい二人といった会話だった。

「でも、どうして急に賛成したんです? 今まで反対してたんでしょう?」

 純粋な疑問だった。それほど画期的な理論なのに今まで実験の失敗を理由に実行しなかった、だけど今、心変わりする理由はなんだろう。

「反対していたのは、理論の実行ではなく、タルサにフヮルナフへアクセスさせる事のほうだ、本来ならば、君のご両親が、フヮルナフを使う分には問題はなかった、だが、小規模実験を行ってすぐだったんだ彼らが殺されてしまったのは、それゆえに今まで実験が出来なかった。だが、海外の大学で経験を積んだ今のタルサなら、託してみてもかまわないと思ったのだ」

 タルサさんはもうすでに大学を卒業しているらしい。いわゆる飛び級というやつか。

「君のご両親と同じ大学に行ってきたの。いくつか論文が残っていてね、それが主な目当てだったけど、でもまさか賛成してくれるなんて、それこそさっきまで反対していたのに、どうしちゃったのよおじいちゃん」

 彼女は怪訝な顔で、アータシュさんの顔を、のぞき込んでいた。

「……いや、そうだな、正直に言おう、二人を見ていたら重なって見えたのだ。天鉄君達の事をな」

 ここではない、過去を見つめる瞳は、少し悲しげで、少しの間、ラボは沈黙につつまれた。

 口火を切ったのはタルサだった。


「せっかく許可が出たんだもの、絶対に成功させてみせるよ!」

 こちらに向き直り、目を真っ直ぐ見つめ、宣言される。

「はい、応援してます……お手伝いは多分出来ませんけど」

 両親と違って俺は浅学だ。

 せめて成功を祈っていよう。

 彼女は機材に向かい操作を始める。

 画面となった窓に変化が生じる、まず特区の地図が表示され、そこに様々なグラフが表示される。

 さらに、次は特区を囲む巨大な輪、フヮルナフが表示される。

 フヮルナフの光の奔流が、画面上にデータとして表示されている。

「よしアクセス完了、後はプラス・アータルとマイナス・アータルの総量を調整して……」

 ああでもない、こうでもないといいながら、機材を操作するタルサ。

 画面では数値が踊り、さまざなグラフが乱舞する。

「よし、これでいけるはず……後は実行するだけ――」


 その時だった。

 警告音が鳴り響く、初めて特区に来た時に聞いたあの音だ。

「フラストル!? こんな時に!」

「大丈夫! 今からゼロ・アータルを生成する! おじいちゃんフラストルの座標はわかる!?」

 機材を操作し、入力したパラメータを、地図上に表示し、まるでターゲットを狙うかのような画面になった。

「ふむ、東商業区画だな、細かい座標送ればいいんだな?」

「お願い! 私はゼロ・アータルの調整に集中するから!」

 画面の表示が動き、東商業区画にズームされ、さらに細かく店や家単位で見える距離まで詰める。

 そこに出る異常な数値の塊、恐らくあれがフラストルだ。

 ターゲットに狙いを定めるように、その異常な数値の塊に、ゼロ・アータルのデータが重なる。

「よし! これで実行!」


 データを映すための画面になっていた窓の一つが、元に戻り、外の景色が見えるようになる。

 そこに見える光輪、フヮルナフがその輝きを増す、光の奔流が強くなる。

「データ入力は成功、後は……!」

 未だ画面のままの方に向き直ったタルサは、固唾を飲んで、その様子を見守っている。

 異常な数値だったフラストル、最初はなんの変化もないように見えた。

「……まさか、失敗」

「いや、よく見たまえ、フラストルが動きを止めている……見ろ! 数値が下がってきたぞ!」

 アータシュさんも思わず声を大きくする。

 それまで異常だったフラストルの数値が、徐々に下がっていく、それは加速度的に下がっていき、そして――


「フラストル消滅確認……やった、やった成功だ!」

 タルサが思わずガッツポーズを取る。

 やり遂げたという思いに満ちたその表情をしていた。

「いや、まて、フラストルは消えた……だが、ゼロ・アータルはどこだ」

「え? ゼロ・アータルって表示されるんですか?」

 ゼロならば消えている状態が正しいのではないのか。

「いや、ゼロ・アータルといっても、それはアータルなのだ、自らと他の位相を『消費』するエネルギー、それはその分の数値が、表示されるはずだ」

 正直、よくわからなかったが、要するにゼロとは言っても、そこには表示されるべきデータが存在するらしい。

「フラストルと一緒に消滅した……? いや違う、微弱だけど反応がある?」

 画面上では相変わらず、自分には理解できないデータが乱舞していたが、その中で、フラストルがいた場所に、文字化けのような表示が出ていた。

 そして、その形はまるで。

「人間……?」

 さきほどのフラストルのように歪な塊ではないそのデータを、何故か自分はそう認識した。

「人間一人分のゼロ・アータルの生成? でもなんで……」

 タルサは起こった現象に疑問を持っているようだった。

 フラストルが消えたことはうれしいことのはずなのに、どこか浮かない表情になってしまった。

「位相を形成し、力場を調整するには、とてもじゃないが足りない量だな」

 アータシュさんが冷静に分析する。

「そうなんですか?」

「ああ、最低でも、今現在、特区を満たすアータルを百とした時、三十は必要だ。あの量では小数点以下、そのうち自然消滅するだろう……」

 どこか苦い表情で語る、孫娘の失敗を、悔やんでいるのか、それとも他におもうことがあるのか。

「おじいちゃん、もう一度、もう一度だけフヮルナフにアクセスさせて! 今度は対象を絞らずにゼロ・アータルの生成に集中すれば、だって微量とはいえ発生には成功してる!」

「構わないがな、微量の発生自体なら、前の小規模実験の時点でも確認している。特区の規模に合わせても、目標の数値に届かねば失敗だ。それにフヮルナフは特区のライフラインや各研究所の実験や計算にもかかわっているものだ。過度の干渉は許可できない。次で最後だ。いいな」

「……うん」


 機材に戻り、作業を続けるタルサ。

 しかし芳しいデータは得られなかったようだ。

 苦し紛れに、フヮルナフへとアクセスする。

 再び光輪の輝きが増し、その奔流が加速する。

 画面上のデータにも、それに応じた変化が生じる。

 だが。

「ゼロ・アータルは……そんな、!?」

 フヮルナフの輝きが元に戻り、画面上の数値の変化も元に戻る。

「どうして……理論に間違いはないはずなのに! 現にさっきは発生したはずなのにどうして!?」

 半分泣き叫ぶように頭をかきむしるタルサ。

 そんな彼女をアータシュが抑えた。

「落ち着きなさい。お前はよくやった。どこにも完璧な理論などないのだ……すまないな統君、君のご両親の理論を否定するわけではないが、それでもこれは」

「いえ、気にしないでください。フラストルを消すことは出来ましたし、きっといつかタルサさんが完成させてくれます……そうでしょう? タルサさん」

 タルサは、顔を上げ、涙を拭きながら、こちらを見つめた。

「うん……きっと完成させて見せるよ。約束する」

 真剣な眼差し、俺はそれだけで嬉しかった。

「はい、待ってます」

 そして、三人はラボを後にする。

 だが、タルサもアータシュもラボを元の部屋に戻すのを忘れていた。

 そして、その画面に表示、あの文字化けの表示がことに気づいてはいなかった。




「ここは、どこ?」

 特区、商業区画の通りを人と人の間をすり抜けるようにして進む一人の少女。

 彼女の髪と瞳は、まるで光を放っているような黄金だった。

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