第5話 ダエーワ
特区に来てから一週間が経った。
その間、毎日フラストルが現れていた……というわけでもない。
現れない日は、訓練したり、特区を観光したりと有意義に過ごした。
状況に慣れてきてしまっている自分に少し苦笑する。
自分がやると決めたことは戦いであり、復讐でもある。
こんなのんきなことでいいのかと、つい思ってしまう。
だが事態はなかなか前には進まず、地下のフヮルナフに攻め込みたいといっても、今の君では無理だとアータシュさんに言われ、意思を持つフラストル、ダエーワは一向に現れる気配がない。
本当にこんな調子で父さんと母さんの仇を取るなんてことが出来るのだろうか。
そんな風に考えていた時だった。
アータシュさんから連絡が入る。
なんとダエーワの目撃情報が入ったらしい!
「それで、場所はどこなんです!?」
『東研究区画だ、そこで人型の黒い靄のようなものを見たと、そういう情報が入ってきた』
「人型……獣じゃなく、それがダエーワなんですか?」
『おそらくな、私も直接は見たことがないのだ、見たことがあるのは、君のご両親だけだろう……』
「そうですか……、とにかく自分で確かめに行ってみます!」
『ああ、くれぐれも気を付けてくれたまえ』
通話を切り、クスティを腕に付け、部屋を出た。
東研究区画、広いグラウンドのような実験場や、屋内にプールのように大きな水槽がある施設など、様々な実験のための大きい建物などが多い場所だ。
そんな建物の裏手、大きい建物の日陰特有の暗さと寒さがあるそんな場所に来ていた。
ここでダエーワは目撃されたらしい。
「本当にこんなところにいるのか……?」
見間違いでないことを祈りながら、辺りを探す。
「やっぱりいな……ッ!?」
その時だった。
曲がり角の、こちらからは見えない曲がった先の方から、言い表し方のない「圧」のようなものが放たれている。
そう感じた。
きっとこれはアータルの流れなのだ。
クスティを起動していなくてもわかるほどの膨大なアータルの流れ。
そして角の向こうから黒い靄が流れ出てきた。
意を決し、クスティを起動する。
「
『いやー、待ってたよ!もしかしたら来ないんじゃないかって不安だったんだぜ?』
角から現れた人型の黒い靄。
来て早々に人の言葉を話し、妙にフランクに話しかけてきたではないか!?
「俺を、待ってた?」
『そうそう、こう人間に見つかるか見つからないかギリギリくらいで尻尾をちらつかせとけば、お前の方から来てくれると思ってな。少し回りくどかったかハハハッ!』
まるで普通の人のように話す、世間話でもしているかのように。
「なんのために」
『そりゃあさ、散々、部下というか配下というかを倒されちゃったからねぇ、この機会にご挨拶をと思っていたんだが、下手に姿を晒すと、こっちにあるガーナーグ・フヮルナフにアクセスされる危険があるんだなこれが、細かい理屈は言ってもわからないだろう? ああいやアンタをバカにしてるわけじゃないんだ」
よく喋る怪人だ。
ガーナーグというのはこいつらに奪われたもう一つのフヮルナフの事か。
だがそんなことより、こっちは親の仇を目の前にしているというのに、そんなのお構いなしで喋るコイツが気に食わなかった。
「ああ、細かい理屈に興味なんてないよ、そもそもお前と話す気なんてない……!」
――
そう唱えて、目の前の人型に一撃を食らわせようと光弾を放った!
それは吸い込まれるように、人型へと向かい、命中する!
爆炎、その後煙が吹き荒れる。
避けることもしなかった人型には間違いなく直撃したはずだった。
「いきなりひどいじゃないか、こっちはまだなにもしてないだろう?」
煙が晴れた先には、無傷の人型が立っていた。
攻撃を受けたはずなのに、微塵もダメージを受けた様子のない怪人は、首のあたりに手を当てて、傾けコキリと音を鳴らした。
「俺ってさあ、やられっぱなしってのは、ちょっと好きじゃないのよねぇ!」
怪人がそんなセリフを吐いた直後の事だった。
視界から相手が消える。
それどころか自分の視界が一気に流れる。
思い切り突き飛ばされたのだと気づいたのは、勢いよく壁に激突したその瞬間だった。
「がはっ……!?」
なにが起きたかわからなかった。
思考が追い付かないのだ。
「そうだ。自己紹介忘れてた。俺はサルヴァ、よろしく」
こっちのことなどお構いなしなのは変わらない。
どこまでも自分のペース、自らが優位であるということを態度で示してくる。
「クソッ!
自分の周りから大量の煙が湧き出て辺りを一瞬にして包み込んだ。
これも考えておいた技の一つだが、出来ればこんな形では使いたくはなかった。
一旦逃げるための一手、相手の目を晦ませても、こちらの攻撃が効かないのではどうしようもない。
「……
小声で念のための囮も用意しておく、突き飛ばされ激突したせいで崩れた壁から、少し離れたところに設置する。
(それでもきっと
だがその切り札は一回使うだけでかなり消耗する。
恐らくチャンスは一度、確実に当てなくてはならない。
煙が少し晴れてくる。
道の角に隠れ、敵――サルヴァの様子を伺う。
「あれ? てっきり逃げたもんだと思ったのに、まだそこにいたんだ?」
まだ煙の中に佇む囮の方に近づきながら不思議そうに首を傾げていた。
(まだだ……まだ、アイツは油断していない……!)
もう一手、もう一押し、サルヴァを油断させるためのキッカケが欲しい。
いや、実はその一手は仕込んである。
サルヴァが目の前のソレが囮であることに気付かず、近づきさえすれば、だが。
「ん? どうしたの急に黙っちゃって、え、まさか死んじゃった? まっさかぁ」
ゆっくりと近づき、囮とサウラの距離は、もう3メートルいや2メートル。
これ以上は気づかれる!
「
統の姿をしていた囮は、その姿を溶かし網へと変化し、覆い被さるようにサルヴァへと襲い掛かる!
「へぇ! そういうことか!」
網に捕らわれたにもかかわらず、飄々とした態度を崩さないサウラ。
しかし、、まだ第二撃がある。
より確実に、
「
それは今までと違う力、とある神話を参考に生み出した一撃だった。
「
自らが持つ槍に、力を集め、投げ放つ!
それは一直線の光となってサルヴァへと向かう。
「いいねぇ、面白くなってきたッ」
そう言うとサルヴァはあっさりと網を破ってしまった。
そして悠々と槍を躱してみせたではないか。
しかし、それでは終わらない。
一度はサルヴァの横を通り過ぎた槍が方向を変え、その後ろからその背中へと迫る。
「ま、そうだろうと思ったよ、名前からしてさ、じゃあこっちも力を見せようか」
――
「フラストルがコードを!?」
そんな驚きも束の間、サルヴァに迫っていたはずの槍が、またしても方向を変える。
今度は、なんとこちらへ向かって飛んでくる!
「まさか、コードを操るコード!?」
「そんなんじゃない、ちょっと歪めるだけさ」
絶対に当たる槍が自分へと迫ってくる。
つまり避けることは出来ない。
とれる方法は一つ、アータシュさんから教えてもらった方法があった。
「仕方ない……!
そう唱えると槍は消えた。
自ら発したアータルへの情報入力を消すコード。
だがこれで状況は振り出しへと戻ってしまう。
統はアータルを集め、再び槍を生成する輪転した後に生成される武器は、コードによる情報入力無しで、消したり、もう一度出したりが可能だ。
「いやあ、いまのが奥の手だったんじゃないの? それともまだなにかあるかな?」
こちらの全てを完封した上での挑発、差が圧倒的で、怒りもあまり湧いてこないほどだった。
湧いてくるのは緊張感。
もしかしたら、ここで死ぬかもしれない。
何も通用しない今、そんな思いが頭をよぎる。
だから。
「なにもない。後はもう、なりふり構わずやるだけだッ!」
勢いよく駆けだす!
たとえ槍が届かなくてもいい!刺し違えてでもいい!
アイツの懐に飛び込む。
それしか方法はない!
「へぇ、今度は搦め手無しの直接対決ってわけね、いいぜ乗ってやる」
放たれたのは蹴りだった。
何かの格闘技の型などではなく、ただ脚をスイングしただけのボールを蹴り上げる
ようなキック。
しかしそれを受け止めた槍に受けた衝撃は、先ほどの壁との激突にも劣らない衝撃だった。
思わず槍を手放しそうになる。
だがそれをグッと堪え、握りしめる。
ここが射程範囲。
やるなら今しかなかった。
相手にはコードを歪める力がある。
でもこの距離で、エネルギーの奔流を、全て逸らす事など出来まい。
「
迸る光、地上に生まれ出る太陽、今使える最大量のアータルを注ぎ込んだ一撃は、広がり続け、周りの建物をも巻き込んで尚広がり続ける。
自ら放った一撃で、視界を奪われ、サルヴァがどうなったか確認することも出来ない。
(だけど……これなら!)
しかし。
「残念、
サルヴァの嘲笑、しかしもうそんなものも耳には届かない。
最大の一撃を、完全に無意味にされた衝撃は、攻撃よりも強いダメージを自分の心に与えてきた。
絶望、もうどうすることも出来ないのだという諦観。
使うことの出来るアータルも尽きて、連続の情報処理により意識も朦朧としてきた。
「ありゃ、もうグロッキー? しょうがない、じゃ今日はここまでってことで」
軽く腕を振るったサルヴァ。
その一撃で、完全に意識を失った。
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