第3話 アータル
アータシュが戻ってきたのは、夜になってのことだったが、統が起きたのもまたそれに近い時間だった。
タワー1階の応接室で向かい合わせに座る二人、といってもアータシュの方は車椅子にかけたまま、もともとあった椅子をどかした形になるが。
「さて、私に聞きたいことがあるそうだね、いや,勿論あるに決まっている。私に話せることならば全て話そう、フラストルのこと、君の両親のことも」
その言葉を受け、意を決する。
「クスティを介してアータルと繋がって分かったことがあります」
「ほう、それはなにかな」
「フラストルはアータルだ、アータルそのものが獣の形をとっている、それをあなたが知らないとは思えない」
「なるほど、それはそうだろうね」
アータシュはほとんど表情を変えずに、さも当然のことを話すように語る。
「なぜ、『謎の怪物』なんて言い方をしたんですか? あなたがアータルに関する事でわからないことがあるとは思えない、だってあなたは世界的権威なんでしょう!?」
その功績をもって、この新エネルギー研究特区の区長の座に就いたのだから。
「そうだね、君の言う通りだ、私はあれがアータルだと知っていた」
「だったらなぜ!? 本当に謎の現象ならともかく、アータルなら対策が出来るんじゃないんですか! アータルは情報を入力出来るエネルギー、だったら、フラストルはあの形になる情報を入力されたということだ! つまりそれをしている黒幕がいるってことになるんじゃないんですか!」
勢いにまかせ、想いを吐き出す。
少し支離滅裂になってしまったかもしれない。
自分でも混乱しているのだ。
疑念を否定してほしいという気持ちと、疑念が真実だった場合、目の前の人物は敵なのだという状況に陥ってしまうことに少し恐怖しているのかもしれない。
なぜならば、ここは彼の支配する都市なのだから。
アータシュは真っ直ぐこちらを見つめながら言葉を紡ぐ。
「順を追って話そう、フラストルについて語るにはまずアータルについて語らねばならない。君には少し長めの授業を受けてもらうことになるが構わないかな? それともご両親から少しはアータルについて聞いているかい?」
「……両親と、両親のしている仕事の話をしたことはありません、昔は興味も持てなかった」
顔を伏せながら言う、今になってもっと話しておけばよかったと、それはもう叶わないことなのだと思うと少し辛い。
「そうか、だが今はもう興味がないとはいかない、これは君のご両親にも関わることなのだから」
「場所を移そう、君に見せたいものがある。それはアータルの、フヮルナフの、この街の、そしてフラストルのすべての始まりに関するモノだ」
そういってタワーの最上階へと移動することになった。
アータシュは部屋の中央の柱に近寄ると、そのなんの変哲もない柱の一部を開けた。
「見たまえ、これがこの街の始まりだ」
アータシュが柱の中から何かを取り出し、それを見せてくる。
「それは……輪、ですか」
腕輪程度の、それこそまだ自分が付けているクスティ程度の大きさの金色をした輪だった。
「そうこれはとある遺跡からわが父が発掘したものでね、アータルで出来ている」
「!? どういう、ことですかそれ……アータルはフヮルナフで生産された新しいエネルギーじゃないんですか、それがなぜ遺跡から……」
「なぜ遺跡からこれが出てきたかという質問には残念ながら答えることが出来ない、なんの根拠もない予測を立てる事なら出来るがね、古代の超文明の遺産だとか、宇宙人が残したオーバーテクノロジーだとか、もはや妄想の域だが」
自嘲気味に笑うアータシュ、だがすぐに真剣な顔に戻る。
「だがこれが存在することは事実だ、そしてこれをもとにアータルというエネルギーの増産、そのための装置フヮルナフの建造、そしてそれを管理する都市が出来たのだ」
嘘を吐いているようには思えなかった。
それほどの真剣さだった。
「でもアータルってエネルギーでしょう?自分が戦っていた時も槍の形こそしていたけれど、それはエネルギーがそういう形をとっているだけで、物質になったわけじゃない、フラストルだって。なのにソレは」
金色の輪は、あきらかに物質となっていた。
「それに関してもわかっていることは少ない。アータルの結晶化、私たち研究者はそう呼んでいるが、その条件はいまだわかっていない。だが結晶化したアータルは一つの特性をもつことは分かっている」
「……特性とは?」
「『力場』の発生、それこそがアータルを増産するのに必要なピースだった」
「力場、ですか」
いまいち話についていけない、漠然と力場と言われてもピンとはこない。
「そう二つの力場のぶつかり合い、それこそがアータルの発生源だった。アータルとは自己増産するエネルギーなのだよ」
「自己増産するエネルギーってそれがホントなら、まさにフリーエネルギーじゃないですか!?」
今してる会話も、ここに居る理由も忘れかけ驚いてしまう。
だがアータシュはそんな自分の反応を無視するように続ける。
「そうだね、だが今重要なのはそこじゃないんだ」
「重要じゃない……そうか、二つの力場、力場の発生源が、その輪以外にもう一つあるということ……ですか」
少し、自分が間違えているかもしれないと不安に思いながら聞く。
「その通り、この輪とは別の遺跡で発見された、この輪と全く同じ形の黒い輪が発見された」
「黒い、それって」
フラストルと関係がある、そう思うがなんとなく言葉にはしなかった。
「二つの力場とは、この金色の輪の放つ『正の力場』と、現在このタワーの地下に安置している黒い輪の放つ『負の力場』のことだ」
「じゃあ、フラストルは負の力場のアータルということですか……? だったらやっぱり、この街にある設備で干渉できるんじゃないんですか?」
最初の疑問へと戻ってくる。
結局、聞きたいのはそこだ、クスティを使い戦う、そんな方法以外で、出来る事なら未然に解決することが出来るんじゃないのか、ただそれが出来るということは両親の死の理由にも疑問が出てきてしまう。
何故、父と母は死ななければならなかったのか。
結局はそこに帰結する。
「負の力場、及びそのアータルに干渉することは現在不可能となっている」
「……現在?」
「そう、過去には可能だった。そもそも、君はいままでの説明で疑問に思うことはなかったかね、二つの力場のぶつかり合いでアータルが自己増産するとしたら」
「……そうか、フヮルナフ、あの巨大な輪の意味は、あれがアータルの発生装置だったんじゃないんですか?」
「あれは力場に干渉するための装置、この金色の輪に干渉するためだけのモノなのだよ」
「なっ……!?」
半径にして数キロ以上はある、あの光の輪は、小さな輪に対するためのもだった。
驚くべきことだが、それと同時に隠しておくべきものでもないようにも思う。
「なぜ、表向きにはあの輪が、アータルを生産していることになっているんです?」
つい本題とはそれると分かっていても聞いてしまう。
「この輪の存在を表向きにするわけにはいかないのだ。これは秘密裏に日本へと持ち込まれたものなのでね、だがまあフヮルナフが完成した今では確かに隠す意味もないのかもしれないが、それにあのような巨大なモノを作るにはさまざまな条件や莫大な予算が必要だった。それを得るためにも必要な嘘だった」
そう言われれば納得できなくもない。
確かに生産するための装置、巨大な発電所のようなものを作るのと、そうではない用途の狭い専門的な装置とでは、印象は大きく違うかもしれない。
「力場に干渉できるフヮルナフでもフラストルには干渉出来ないんですか? いや昔は出来たのに今は出来ないんでしたっけ。その理由はなんなんですか」
会話が前進しているようではあるが、なかなか結論に至らず、少し苛立ちが混じる。
正直、自業自得なところもあるので、出来るだけ表に出さないようにする。
「実はフヮルナフはもう一つある、金色の輪に対応するのは、今見えているあの光輪であり、もう一つは地下を走る黒い奔流で構成された輪が存在する。それは完成と同時に奪われた」
「奪われたって……誰に」
「意思を持つフラストル、君は信じられない様だが、フラストルは自然発生したとしか言いようのないものなのだよ」
意思をもつフラストル? なんだそれは、それが自然発生した? アータルに始まり様々な現実離れした現象を目の当たりにた今でも、疑問に思わずにはいられない。
「その意思を持ったフラストルが母さんと父さんを殺した。そういうことなんですか?」
「そうだ。そしてその者達が、地下のフヮルナフを奪取し、占拠している。我々は様々な障害に阻まれ、それに手を出すことが出来ない。戦う術も今日の日までは、失われていた」
「父さんと母さんは、戦っていたんですか? クスティを使って?」
何故、自分がそう思ったのかはわからない。
だが、無根拠ながら確信めいた感情を抱いていた。
アータシュは、それまでの説明口調を止め、重々しく話だす。
「……そうだ。君のご両親、天鉄夫妻、とても立派に戦っていた。しかし意思を持つフラストル、我々がダエーワと名付けた個体に、その命を奪われた」
ダエーワ、それが自分の父と母の仇、その真の名前。
「俺に、父と母の後を継がせたいんですか、アータシュさんは」
「君に無理強いはしない。だがクスティは誰にでも扱えるものでもないのも確かだ」
考える。
全てを信じた訳ではない、だが納得できる部分もあった。
なにより、まだ両親の仇がいるというのなら、一度握った槍を、離すわけにもいかない。
すべての真実を知るには、この街で、フラストルと戦うしかない。
自分が出せる結論はそれが精いっぱいだった。
そのことをアータシュに伝え、今日はお開きということになった。
ただこのタワーにいるのはなんとなく居心地が悪かったので、アータシュに用意してもらったアパートに住むことに決まった。
そして、自分には不釣り合いなキレイなアパートの一室、家具もすべてそろっていた。
その寝室で、ベットの上で横になる。
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