習作3 巨視的トンネル効果の謎【問題編・後】
「さて、この父親が閉じ込めたわんぱく坊主の話に移ろう。」
「イタズラっ子だってのはさっき聞いたな、」
「とんでもない悪ガキだ。家の近くにある神社の境内で何をして遊んだかって、狛犬クライミングを敢行してのけて、耳を欠けさせたくらいには悪ガキだ。三歳と言ったけど、月齢でいえばもう四歳に近かったし、大柄で、成長度合いもずば抜けてたそうだ。」
「何をして閉じ込められたの?」
「囲炉裏の灰を思い切りかき回したのさ。」
全員がその光景を想像し、あー、と低い感嘆の声を上げた。
もうもうと立ち籠めたであろう灰神楽への言及もそこそこに、坂井は次のポイントの説明を開始した。現場に居合わせなかった者の強みで寛大なものだ。
「次は蔵の内部だな。蔵はよくある土蔵ってやつで、築何百年って代物だから、当たり前だがよくあるトリックでの、建物そのものを組み立て直したとかはナシだ。おまけに鍵もデカい南京錠で、ちょいと錆び付いてるから、開けようとしたらかなりのレベルの騒音が起きるんだ。よって、コイツに細工したとは思えない。蔵の中はほとんどカラで、古い長持ちとか箪笥が仕舞ってあったが、子供が消えた後に調べたところではここに隠れたような形跡はなかった。子供の手形がそこら中にべたべた付いてはいたが、どれもしっかり紐で梱包してあったらしい。もちろん紐にも家財にも細工はない。」
「窓は?」
誰かの飛ばした質問でまた、しばしの質疑タイムに移る。淀みなく坂井は答えた。
「古い金網が付いていて、おまけに天井付近だから子供には到底手が届かない。」
「大人が窓から侵入するのは?」
「鎧戸付きの小窓は、幅30センチ、高さ40センチってところで、そこからの侵入および脱出はとうてい不可能だ。覗き込むことは可能だな、外側にこの窓を閉じるためのハシゴは掛かっていたから。」
「そこが怪しい……」
「子供は父親によって蔵に閉じ込められ、この父親が一人で母屋に戻るところまでは大勢が目撃している。そして母親も蔵の中から喚き散らしている子供の声は聞いた。この時に皆を担いでやろうとかでどこかに隠れたとかはナシだ。その後、宴会が始まって、三十分ほど経過した。心配して様子を見に行った老婆が、子供が消えていると皆に告げて、大騒ぎになった。皆が揃って、老婆が開け放っていた扉から中を見たが、確かに誰もいなかった。それから家の周囲や田畑の方にまで出掛けて探したが、どこにも見つからなかった。」
「完全な密室だ……。やはり、超常現象としか思えない。」
「UMAだ! 典型的な神隠しじゃないか! 天狗伝承とかは疑ったのかい!?」
断定的意見で再び騒ぎ出した部員を制して、坂井は続けた。
「誰かが母屋へ一旦戻ったことで事態は急展開した。なんと、消えたはずの子供は離れの仏壇の前で、ぐっすりと眠り込んでいたんだ。怪我の一つもなく、ただ、蔵の中で暴れまくったらしくて服や手足は埃まみれだったらしいけどな。なお、この仏壇の周辺はこれまた母屋からも蔵からも死角になった、離れの建屋の奥まった位置になっている。」
「その子に記憶はないのか?」
「誰に浚われたとか、覚えていないの?」
「それがまたはっきりしない。なにせいきなり父親に怒鳴りつけられて、ぎゃん泣きで、そのまま今度は本当に母屋の敷地から飛び出してって捜索しなきゃいけなくなったもんだからさ。まったくとんでもない悪たれ坊主だってんで、蔵で消えた話の方は有耶無耶になったらしい。」
「ヒドい……」
話の顛末はなんとも苦笑するしかないものだった。反省の色ナシ。
「さて、我らが名探偵としては、どのような見解になるかな?」
坂井の楽しげな笑みとは真逆の、縣の不機嫌そうな目がじろりと彼を見返した。
「見解も何も、この問題はフェアじゃないだろ。蔵というものが与える、ある錯覚を知っていることが前提になってる。そして、答えに至ってはさっき自分で喋ったじゃないか。」
「そうだったかな?」
坂井はすっとぼけているのか、ピンと来ないだけなのか、首を捻っていた。
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