習作3 巨視的トンネル効果の謎【問題編・中】

 しっちゃかめっちゃか。どんちゃん騒ぎ。右往左往。その只中で一人、あくまで部外者を気取ろうとする縣を除く全員、この場では二十人近く、が喧々諤々の大騒ぎを演じていたものだが、代表者の鶴の一声でようやく静かになった。口角泡を飛ばしての大論戦は一時中断で、各自、テーブルに戻って彼の話に集中した。


 こほん、と咳払いをひとつ、会を代表して坂井は話し始めた。


「事件はこうだ。ちょうど先月の話だから、季節は初夏ってところかな。俺の田舎で法事が行われた時のものだ。」

「先輩、行かなかったんですか?」


 誰かが聞いた。が、あまりに当然の質問に眉を潜める者も多かった。今、彼がこうして話している前にも同じ話は繰り返されていたのだ。その時は明言しなかっただけで、現場を彼が見ていないことは匂わされていた。今度ははっきりと、坂井は自身のアリバイを語る。


「ああ。研究過程でどうしても手が離せない事情があってさ、無理だった。だから、この話は当日向こうへ行った母親と姉から聞いたものだ。」

「確か山口でしたっけ。」

「そう。山口県のうちでも特にど田舎の旧家。」


 それで一度目と何が変わったものなのか、質問者は満足げに引っ込む。坂井の方では最初から、今さっき加わったばかりの一人に向けているかのようで、終始顔はそちらを向いていた。改めて出題の続きが語られた。


「これは、田舎の旧家で起きた神隠し事件だ。」


 続けて概要が繰り返されるうちには、メンバーたちの異様な熱気も落ち着いてきた。山口県某市の外れに位置する現場の風土や交通網の情報から始まり、やがて事件の焦点そのものの話題に及ぶ。


「問題の蔵ってのは、母屋と棟続きにある離れの仏間の、その向かいにあるんだ。で、その日、法事に参加するために来た親戚の三歳の子が、イタズラをしたとかで怒られたんだが、反省の色がないってことでお仕置きに蔵の中に閉じ込められたんだ。土蔵の中は天窓一つで薄暗いし、反省したら出してやるって話だったらしい。」


 じっと聞いていられないらしき複数人から混ぜ返すような言動が即座に飛び出す。


「そこから消えたわけか。尋常じゃないね。」

「民間伝承とか都市伝説とかの類いがなかったか、聞きたいところだなぁ。」

「まぁまぁ。」


 このメンバー間だと、どうしても話は超常現象的展開へと結びつけられがちだった。巨視的トンネル効果の方が、通常の推理よりも好きな連中だ。坂井が続ける。


「子供が消えたことに気付いたのは、その母屋の老女だった。八十を過ぎたばぁさんなんだが、子供を心配してこっそり様子を見に行ったらしい。その老婆の姿は子供の母親が離れに居て目撃している。母親はちょっと目に留めただけで、その後は用事を済ませて母屋の台所へ戻ってしまったから、最後まで見届けたわけじゃないそうなんだが……、このばぁさんが蔵の鍵を開け、中を覗いたところ……」

「子供は消えていた!?」


 ビンゴ、とばかりに坂井はそちらに指先を向けた。

 その途端、端のテーブルから異議の声が上がった。


「ちょっと待ってよ。こういうミステリ系って、語り手が信用できるのかどうかをまず考えるべきよ。UMAであるにしても、ただの勘違いであるにしても、まず証言の信憑性が問題になるでしょ。」


 女性メンバーの一人が、この大人数にも臆すことなく疑問を呈してのけた。受けた坂井は頭を掻いて渋面を作り、首を捻る。現場に居たわけではない部外者の又聞きなのだから、信憑性を言われても保証など出来るはずもない。


「うーん、その点はなんとも言えないが、事実に基づいた証言は心掛けるつもりだよ。」


 すぐに彼をフォローするような意見が続いた。


「最近のトリックモノなんて、端から読者も”信用できない語り手”前提で読むんじゃないかな。それに僕らはミス研はミス研でも、超常現象専門だろ? そこを踏まえてくれってことでいいんじゃないかな?」


「そうそう、論理は二の次! 正確さより、謎が面白いリドルであればそれで良しとするのが我がミス研のモットーだ!」


「アンチミステリ大歓迎!」


 適当なヤジが飛び、一瞬、場が騒然となった。雲行きの怪しさにも、唯一本物の探偵免許持ちの約一名は微動だにしない。いや、そもそもで興味がまるでなく、聞いていないのかもという危惧さえ出来そうだった。


 坂井はチラリと探偵へ目配せのような視線を送り、面々を宥めるように手を水平に上下させた。


「解った、話を続けるよ。我らが名探偵の見解やいかに、というところだな。」


 坂井のこの含みありげな問いにだけは答えが返った。


「ヒントが揃っていない問題が解けるのは、ミステリじゃなくむしろファンタジーだぞ。」


「UMAはSFファンタジーに含まれるから問題なし。」


 またすぐに誰かの茶々が混ぜ返した。


「さて、簡単に現場の様子を説明しよう。そこは田舎の村落で、周囲は田んぼと畑、それに山々だ。だから最初は山中側索も脳裏によぎったらしい。古い家屋ばかりの村で、現場もこないだまで茅葺きだったくらいだ。母屋が逆L字型になっていて、広く取られた中庭の敷地には離れがある。ここは茶室だったトコで、こじんまりした二間ほどの建物だ。現在は仏間として使用され、デカい仏壇が置かれている。」


「場所そのものは、坂井くんも知ってるわけね?」


 女性陣の誰かがまた注意を促す。


「事件の時はたまたま行かなかっただけで、割としょっちゅう帰省してるからね。さて、この離れの続きというか母屋から見て裏側というか、母屋→離れ→その後ろに問題の蔵って位置関係になっているんだ。」


「母屋からは死角ってことか!」

「そう。で、当日、この離れには誰も居なかった。人が居ないことは、開け放たれた襖と障子で、母屋からは丸見えだから確かだ。」

「ふんふん、」


「次に、問題の蔵だ。こっちは、離れの壁がちょうど目隠しになって母屋からは屋根しか見えない。いや、蔵へ向かう者が居れば丸見えで、ちょうど離れの奥の壁が上手い具合に蔵の扉だけを隠しているって感じなんだ。だから、人が扉に近づけば、もちろん誰かが気付いただろう。」


「宴会状態で気付かなかったりは?」

「いや、閉じ込めた父親はさすがにずっと気になってて、蔵を見張ってたそうだ。」


 代わる代わる、テレビに映された記者会見のように交代で質問は重ねられた。


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