習作3 巨視的トンネル効果の謎【回答編】
「おまたせー、ピザトーストとハワイコナのファーストクリップね!」
一般的な喫茶店よりも大幅に客を待たせて注文の品が出された。客を見て判断するマスターの悪い癖で、興味津々に話の成り行きを聞いていたからずいぶんと遅れたのだ。注文者の縣は別段文句を言うでもなく、不満の色も見せずに、さっそく珈琲に砂糖をぶちこんだ。
「んー、いつ見ても嫌な光景だよねー。何杯入れたら気が済むの、その冒涜。」
「もう砂糖水でも飲んでろよ、縣。」
「黙れ、外野。……だからお前らと同席は嫌だったんだ、」
別に特段の甘党というわけではない、気分によっては無糖で飲んだり、このような暴挙に出たり、ムラッ気があるだけなのだがあまり評判はよくなかった。
「それより、推理のほどを聞かせてくれよー。どうなの、やっぱ宇宙人説? それとも天狗説? 別にお前の意見でジャッジが覆るとかの重要な役回りは負わせないんだからさぁ、一般的模範解答ってヤツを示してくれよ。」
誘いの水を向けられても、いつになく探偵は気が乗らない様子で渋っていた。ぐだぐだと口中に言い訳だかを口ごもっている。それでもやがて意を決したようで、大きな溜息の後に珈琲を流し込んだ。
「じゃあ言うが、このメンバーの中に実物の土蔵というものを詳しく知っているヤツが何人居る? 多くは昔話やテレビ映像のイメージだけで、外観くらいしか知らないだろう? 蔵が何階建てか知っている者は? 地下室のある蔵を知る者は? 立派な階段が付いている蔵ばかりじゃない、よくあるシャッター用のフック棒みたいな道具を使って天井から引き下ろしてくる梯子まであるんだ。イメージは統一されているのに、実態は千差万別、それがこの問題の真のポイントだ。」
と、突然、坂井が頓狂な声を上げた。
「あー! そうだった、そうだったよ! 忘れてたけど、ロフト型の中二階とでもいうような、棚みたいなスペースが窓とは反対側の入り口上部に造り付けてあった。」
「それ! 先に言えよ!」
ブーイングが飛んだ。探偵が補足の説明を付け加える。
「さっき坂井自身が言っただろう、その子は神社の狛犬によじ登るくらいの発達過程を示しているんだ、その辺の三歳児と同じに考えるのがそもそもの間違いだ。そして、その事実を知るのが両親とわずかな親族のみだったとしたら?」
「多くの大人は普通の三歳児のつもりで心配したのか。だから慌てて外まで探しに行ったんだ、危険が段違いだから。」
別の誰かのこの意見を纏めた。探偵は最初から推理を語り直す。
「実際は、ロフトの横に梯子が垂直に括り付けられていたはずだ。柱に直接で。よくある形態の、中二階タイプの中型の土蔵だ。普通の三歳児なら登れるはずがない古いタイプの竹製梯子……段差が大きくて、大人でもちょっと尻ごみするようなヤツが、壁に貼り付けるように縛り付けてあったと思う。」
「ビンゴ! その通りの梯子が壁に取り付けられてるよ!」
目を輝かせて坂井は喜んだ。頭の中を覗いたな、と言いたげだった。
別の誰かの声は不安を孕んでいた。
「じゃ、その子はその梯子を登って、ロフトの上に居ただけ……?」
伝染する不穏さにトドメを刺すような縣の推理が続けて語られる。
「祖母が蔵の扉を開け放ってから母屋に戻るまでの時間もそうとうあるはずだ。行きがけを目撃した母親の方が、用事を済ませて部屋を先に出ていってもなお、蔵には辿り着いていないわけだからな。」
「そうか! 蔵を開けるところを見ていないってことは、それだけの時間、廊下をただ渡っていくだけに費やされているんだ! 帰りの時間も考えれば……!」
あとはヒントを提示するだけでよかった。全員、曲がりなりにもミス研だ。
「出てきた子供は驚いただろう。大人たちが血相を変え、恐ろしい形相でこっちへ向かってくるんだからな。」
「大人たちには死角になっていた。扉が見えないってことは、そこに立っていたはずの子供の姿だって見えない!」
縣はサックリと、回答を告げることにした。もう回りくどい解説も要らないだろうという判断だ。店内は騒然として、メンバーたちは口々に話しているから、聞いているかも定かではないが。
「蔵から出る時は離れが死角になった。そして恐れをなした子供は、離れの縁の下を通って、隠れながら母屋まで一旦逃れたんだ。大人たちは蔵に注意を引きつけられていたから、誰も気付かなかった。捜索が外に及ぶに至り、こっそりと今度は仏間へ移動した。離れも母屋も縁の下はコンクリが打ってあったんだろう、掃除をするというのも年に数度だけの場所だ、それで発見時には埃まみれだった、てトコだな。」
もう誰も聞いていなかった。ほぼ独り言で縣は続ける。
「なんのことはない目眩ましの応用だ。それが偶然に起きただけだ。……ウミガメのスープみたいに、出題者に質問可能ならば問題ないだろうが、ミステリのトリックとしてはフェアじゃない。」
「いやいやいや! しかし、それとて可能性の一つってだけだね! 未だ事件の真相と断定するべきものじゃない!」
「そうそう、ここはやっぱりUMAの介入という線を消すべきじゃあない! なにせ目撃者は居ないんだから!」
「山口県ならば桃太郎だ、鬼が関連するかも知れない。そも鬼ヶ島ってのが……」
「いやここは神隠しがデフォルトな考え方だよ! 何年も戻らないこともあれば、ほんの数日で戻されるケースだってあるんだ、今回はたまたま超短時間だったんだ。」
「集団催眠っていうのはどう? 全員、見えているべきはずのものが、見えていなかったの! つまり、子供は宇宙人の手に引かれて堂々と入り口から摺り抜けているのよ!」
「だったらこれは? 子供の秘められた能力の開花さ! 壁を抜けたんだよ! 極限まで追い詰められた彼には潜在的に超能力があったんだ!」
巨視的トンネル推理は果てなく続く気配がした。
「どうせお前らのことだから、そっちへ持っていくと思ったんだ。」
我関せずを決め込んで、縣恭介はだだ甘くて黒い砂糖汁を啜った。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます