第11話 サナンダ記:「イノベーター・イノベーション」
サナンダ記
「イノベーター・イノベーション」 乙音メイ
妻の、優しいまたは優しすぎる性質上、職場の上司らの株価下落による暗い顔は、同情を誘った。妻は株の購入には、シンプルな生活者の目線で投資先を選択していた。例えば食品会社であれば、身体のために添加物なしの製品を作る会社の株を購入するなどだ。そうした選択にはきちんと利益が伴った。
今回のこの世界的な金融危機において、妻が行ったことは、普段買い物に行くいくつかの店舗のうち、これまでと変わらず繁盛している店があるかどうか、その点に気を付けていることから始めた。そしてそれは、あったのだ。家に帰り、さっそくその会社の株価推移などを調べ、正しく、あおりを受けていないことを突き止めた。重ねて地方経済新聞にも、その社の好感度を示す情報が掲載されていた。それを読み、妻は自分の直観に自信を持つことができた。
丁度半年ごとの契約更新時だった。契約更新シートに、その繁盛している店の形態と、どのようなところが多くの人から受け入れられているのか、購買者の視点から記し、同じようにしてみてはどうかと提案してみたのだった。妻はいたってシンプルな、けれど、的確なことを提案した。
しばらくして、メアリーが1階フロアーの特設売り場で仕事をしていたとき、客用入口の自動ドアから、課長が急ぎ足で入ってくるのが見えた。会議か何かで車外に出ていたのだろう、書類カバンを持っていた。メアリーを見つけると、真っ直ぐこちらに向かってきてこう言った。
「あの提案が通ったよ……」
少し上の空なのか、一種独特な呆けた顔付きで、メアリーに報告しかけた。と、思ったら、すぐに口を閉ざし、その場を去って行った。
妻は、課長が手柄を自分のものにしたことを悟った。しかし次の瞬間、会社の役に立てたことがうれしいと喜んだ。その後、あちこちに提案した店舗が増えていった。
わが妻は、ブラック企業を知らないのだ。疑うことも知らないのだ。光を放つ蛍に、甘い水はここだ!と誘う立派な社訓にほだされているのだ。それで、どこまでも協力的なのだ。妻よ、何ともまあ……。
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