第10話 サナンダ記:「驚異的な光と影」

サナンダ記   

   「驚異的な光と影」   乙音メイ


 メアリーがまだレジの担当だった頃、ひと際美しいコバルトブルー色の財布を買いに来た女性がいた。妻が購入したものと同じ製品だった。

 のびのびとお札が入り、程々のカード収納ができる。陳列されている財布の中では高価な部類だ。同じものを持っていて、気に入っていることを妻が告げると、女性はこの色が好きだと言い、妻も「ええ、判りますわ。何か金星を感じるような気がして、私もこの色が好きです」などと言い、何十年かぶりに会った金星立ち寄りの同窓生同志で華やいでいた。

 金星の何を思い出したというのだ? これまで金星のことを考えたこともなかった妻なのに。もうちょっと続けて、私のことも思い出してくれないだろうか。あともう一息のところではないか、とそのとき思ったものだ。

 

 またある時、メアリーがレジサークルに入っているときのこと。ローティーンの女の子とその母らしき女性が、つい盗んでしまったという品物をもって謝りに来た。とても勇気がいることであっただろうと、妻は、その子に話しかけながら涙が出てきた。涙を流すのが何だか逆のようで、その子と母の方が動揺していた。レジサークル内を移す監視カメラにも、ばっちり妻の善人ぶりが映ったことだろう。

   

 新入社員が入社する季節が来た。

「接客がよくわからないのですけど」

と、大卒の新入社員。妻は答える。

「自分の親戚の人だと思って対応すればいいのではないかしら。年配の男性が来たら、自分のおじいちゃんと思い、女性の時は自分のおばあちゃん、お母さん、叔母、いとこ、姪とか、そんな感じで。そうすればよく気が回るのではないかしら」


 そうそう、この太陽系ミルキーウェイ銀河には家族ばかりなのだ。私たちは宇宙ファミリーだ。思い出したことを実行していなさい、妻よ、その調子だ。  




 世界的な株価暴落事件が起こった。不動産投資ファンドのアメリカの債権問題であったが、好意的な対処で臨んだヨーロッパの銀行に波及するなど問題が世界中に拡大し、とうとう自国のリーマン・ブラザース投資銀行が(茶番劇で)破綻した。当国日本も、国費を投じていたため同じ土俵上にあった上、アメリカへの輸出が落ちた。無理な人件費の削減は、購買意欲も下落する。収益も上がらない。デススパイラルである。

 メアリーの職場では、自分たちの世界のトップのボス連中が陰で操作しているとも知らず、正社員の誰もが硬い表情を崩さなかった。何十もの店舗を抱えるI・N・Oも他人事ではいられなかったのだ。人権費の安い第三国で製品化して多売をする、スケールメリットを得るための企業である。店長、課長一同の間に、重い空気が立ち込めていた。




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