第5話 メアリー記:「グラウンドの向こう」

   メアリー記

   「グラウンドの向こう」   乙音メイ


  

  宇宙年3月X日 ’12


 我が家の東側は公園、南側は、市民が借りて使用する畑となっている。うららかな日曜日。すぐ前の区画では、いつもの明るい色の帽子を被った男性が、畝を作ってせっせと種蒔きをしている。そこで活き活きと、作業をしていてもらえることは、私と、きっとミシェルにとっても、安らぎとなっている。

 こんなことが現実に起こっているとは、到底信じられない思いがする。

 痛い!

 我が家であるSハイツ102の南面、2つの部屋の窓の前には専用の小さな庭がある。イチゴやミントを植えているその庭のフェンスの向こう側は、この集合住宅の駐車場となっている。その向こうに、同じブロック内の市民用の畑、裏道の道路を挟んで、200メートルレーンのあるグラウンドと裏道道路を挟んだ次のブロックに、1軒の家がある。

 その家は2階建てで、こちらから見るとガレージが手前にあり、その奥に、東側から西にかけてステップが5段くらいあって、家のドアがある。そのブロックの西北の角に位置する。ブロックの、こちらから見える北側は、ほとんどが草叢のようになっている。その家の隣は草叢、同じブロックの北東の角にもう一軒家があるだけだ。

 北西角の家のガレージで、そこの主と思わしき男性が大きな丸い光るものをこちらに向けているところを見た。一度ではない。夜の暗闇で、そこのガレージで、丸いものが光っていると、痛みが来るのだ。なんなの?

 昼間でも刺すような、重苦しい痛みが来て、

問題の家のガレージを見てみると、男が車のボンネットの向こうに立っていた。道路の角などに設置されている大きな鏡の様なもの、光を反射しているところは、やはり鏡なのか、夜はライトに見えたが、その様なものを掲げて、こちらを向いて立っていた。後で知った。

 男が掲げていた物は「折り返しミラー」の役目を果たしていたのだ。兵器とセットで使用される本物とは別の代物だけれど、指示した者は兵器に詳しい人物であり、人を人とも思わない殺人者。多分これまでに、間接的であっても、その人に殺された人は多いのかもしれない。でも、将来的にも、その人は逃げられない。


   *


 上からの支持で動くカルトの兵隊たちがいる。下っ端が持つスタンガンもバカにはできない。

 この位置のこの神経を刺激すると、血圧の急低下などのショック症状を起こす。医者は低血糖、また、心不全と判断するだろう。だから

「お前はやれ!」

とでも言われてやってしまうのだろうか。



  宇宙年4月X日 ’12


 道路の向こうは、春の市民公園だ。公園の中と公園通りの並木の、チェリーブロッサムの花が、そよ風を受けて小枝を揺らし、花びらがゆっくりと舞い落ちる。上を見ても、下を見ても薄紅色の世界が広がっている。

 そんな穏やかな日のことだった。観光バスが、我が家の集合住宅の敷地横の道路に横付けされた。

 乗客の女性たちの声が賑やかに聞こえてきた。お花見に来たのかしら?と思ったら、道路に面した角部屋の隣人の知り合いのようだった。窓越しに話しているらしく、隣人と思われる笑い声も聞こえる。そして、公園に移るのではなく、隣室に入ったようだ。賑やかになった。


 隣人は女性の一人暮らしである。たまに見かけても、暗い表情しか見たことがなく、話しかけにくかった。入居の挨拶に、集合住宅中の家に、動物の形をしたクッキーを持って出向いたことがある。そのとき、この隣人とも会い、こちらが明るく挨拶しても、後ろ暗いことでもあるのか、オドオドした感じを受けた。


 ともかく、観光バスで人を訪ねるとは、何となく異様な感じがする。この角部屋の隣人は今までは灰色だったけれど、これで黒さが増してしまった。


 案の定その日、隣室の壁を通してとてつもなく痛い、ズーンと重い電気的なものが、体に当たった。多分、見えない太い線として。ということは、私の体をそれが貫いたのか。浮かんだ、ズーム砲みたいなイメージが! 冗談じゃない! その衝撃の痛みに驚いているうちに、2発命中した。マットレスに横たわる私の足の向こう側から来た。見てもそこには、50センチ先に壁があるだけだ。だから、これは間違いなく隣室からのもの。私の居る位置を狙っている。こんなに卑劣なことをする人たちの手にかかって死ぬほど、私の命は安くない!


 電気的な衝撃はどうやって防ぐことができるのだろうか。例えば、雷を防ぐときにはどうしたらいいのか。ヘアーピンや、傘の金属は雷を引き寄せるから、外しなさい、などと聞いたことがあるけれど。ゴム靴や家にはないけれど皮革が電気を防ぐこととか、頭の中に色々な情報が浮かんでは消える。とにかく、間に、何かを置いて防ごう! 

 そこの外国雑誌の山をずらして、マットレスの足元に置いてみよう! お気に入りの海外インテリアの大切な雑誌だけれど、もしかしたら跳ね返してくれるかも。そうだわ、カッティングボードも立てかけてみよう。ゴムが貼ってある。

「こちらに電気が来ないように、どうか跳ね返してください。お願いします!」

 

 卑怯さへの怒りと、また発射されるというドキドキ感が、混ぜこぜ状態になりながら、祈りと共にそれを積み上げた。下に、プラスチックケースを置いてから、その上に本や雑誌を積み重ねて、体をカバーする高さに調節した。


 ベッドの外側に出ればとも思うが、私が下手に動いたら居間にいるミシェルに当たるかもしれず、ここで防衛しなければと思った。 ミシェルを怖がらせないように、これまでの殺人的な何やら(名称がいつ分かったのかによって変更するかも)のことは話していなかった。話題にして盗聴している者を喜ばせたくもなかったし、人体実験の参考資料を増やしたくない。この家は、各部屋ごとに盗聴器付き監視カメラで盗撮されているのだ。部屋の真ん中よりは、多分カメラの死角だろうと、二段ベッドの下の段に、私はいた。僅かながらの安心感があったため、ここで一日を過ごす日々が続いていた。撮りたい対象が動かないためつまらなくなり、それで卑怯な手段で追い出しにかかったのだろう。本当に下劣な、人たち!

 この空間が、聖域だったのだ。この聖域を侵されることは断じて許さない!


 隣室から「ギャッ!」という声が上がった。

 すごい!跳ね返し作戦が成功した? それとも、暴発? ともかく、自分の発射した電気で自分たちが痛い思いをして、そのあまりの痛さに悲鳴を上げたのではないかと思う。

 悲鳴のあとどうなったのか、私は、初めての大きな痛みで心に傷を負い、じっとマットレスの上に伏せていた。夜となり朝がきた。

 隣人はその日を境に、ずっと留守をしているようだった。


私は日頃から、運動で鍛えてあるし、精神も根本が健康なため、ある程度元気だけれど、あの電気がよほどこたえたのだろうか? もしかしたら入院したのかもしれない? あと少し機転が利くのが遅かったら、私が入院するはめになっていたかもしれない。大国が、戦争のために武器製造企業と研究開発した最新兵器の指向性電磁エネルギー砲を、その物騒さや大きさ故に、観光バスをチャーターして、カルトのおばちゃんたちの手に委ねるとは。あまりにも、浅知恵が過ぎる。もしかしたら、私が悲鳴一つ上げなかったためこんなものかと、ここまで、と言われていた威力を、さらに上げたのかも知れない。

 その後、物音もしないまま、気づいた時には引越が終わった後だった。隣人は今も入院したままなのかもしれない。病院でその生涯を閉じることになるのだろうか。

 ここから2キロメートル程の所に、患者は入院患者だけで外来患者お断りの病院がある。家族のお見舞いも予約制になっている。

 設備は良いが、そばを通るとコンテナボックスを積み上げた印象が来てしまう。そして、二度とここを通るのは嫌だわと何故か感じてしまう、ひっそりとした病院があるのだった。

 


  宇宙年X月X日


右の隣人(私のシフトが休みの日になると現れ、一日在室ストーキングとなる)は黒

おでん屋さんにでも務めているのかしら?なんて、よい方に考えようとしていた私である。こんなやり方もあるのかと思った。


   「テレビアニメ」

 ミシェルがお気に入りだった人気アニメをふたりで視聴中、唐突に「知ってるんだよ!暗証番号XXXXだろ!」というセリフがあった。私もこれには驚いた。ポカンと口が開いていたかもしれない。ミシェルがそんな私の顔をまじまじと見ていて、そのことに気がついたのだ。口が開いているらしいことに。

 よく行く銀行のATM で暗証番号を入力している自分の姿を想像してみた。そのどこから漏れるのか? 操作するところは、ATMコーナーの天井に設置された防犯カメラには映ったりするのかもしれないけれど、どうしてわざわざその番号を特定して、これ見よがしに披露するのか。暇を持て余しているようなチマチマ、または、ネチネチしたやり口に呆れてしまう。カルトの集団内で、閑職あるいは、窓際属といった人が、低俗な隙間産業でもしているのだろうか。または、道路工事が増える年度末のお役所のようなのりでやっているのか。子供どうしで喧嘩して、「ヤーイ!うちの兄ちゃんはアーチェリーが強いんだぞ~」

と、何でだか急に家族自慢をして自分の弱さをカバーするみたいだ。子供ならまだかわいいけれど、こんな組織にいる大人たちは気の毒だ。

 しかしながら、その3作くらい後に、人気があったそのアニメ番組は終わった。突然打ち切り、の印象があった。「そんなシーンもセリフも知らないぞ!」みたいな?原作者からのクレームがあったのかもしれないと思った。

 原作者と製作(プロデューサー)2本柱で番組が成立するのであり、承諾なしに、原作を変えられては、砂の城のように崩れてしまう。放映テレビ局の上層部が、スポンサー企業に無理強いされて、泣く泣く製作会社スタッフに手を回し、組み込んだ場面だったのかもしれない。けれど作者が放映を視聴して、あっけなくばれたのかもしれない。

 スタッフも作者も、業界に聞こえる黑い噂の個々の案件に巻き込まれて、作品が汚されることは望まないだろう。コメディタッチのアニメとは言え、一話一話それなりの思いを込めて出来上がっているのだろうし。



   「ラジオ」


 家では、同じ周波数のラジオ局の放送をほぼ付けっぱなしにしていた。ある夜のことだった。急に3~4割増しの音量で朗読劇が始まった。やったな、と思った。指向性スピーカーだの、指向性何だの、と知識が付いてきた私の反応だった。

 劇は、これ見よがしな出だしで、

「最近~~について不思議に思っているだろう!それは~~こうなんだよ!」

 そのような内容を、このような乱暴な語り口で喋り出した。

 社会派と言われる、数年前に亡くなった推理作家の作品名も告げられたが、アレンジ部分もかなり多いのだろうと思う。こんな下劣な行為に使用されて、天上界で嘆いているかもしれない。

 大音量の不愉快な声としゃべり方のぞんざいさで、ミシェルもうんざりした顔をしていた。

 ラジオのスイッチを切った。以来、ラジオを家で聴くことはない。ラジカセも処分してしまった。音楽は専用ステレオレコーダーで聞いている。これで十分満足している。自分の聞きたいものを、自分の聞きたいときに聞ける。



 家の中に、不要な垂れ流し情報源がなくなった。欲しい情報はこちらから取りに行くので足りている。



I.N.Oの符丁は何らかの事情をでっち上げて電車をストップさせ、それをメディアで放送すること。


この点においては、どこのラインのどこの駅かで、どの組織の問題発覚の危機なのか、またどの程度迫ってきたのかが、わかる仕組みかも?あと何駅の距離とか。


 職場内の指向性強電磁、仕事中電撃部隊が来るようになった。


 用事があって事務室に行くと、店長、副店長は何かを恐れてでもいるような雰囲気を漂わせている。私に、ちら、と心配そうな表情を見せたこともある。

「わかっています」

と、私は心で答える。立ち向かうにしても、何がどうして誰がやらせているのかがしっかりわかるまでは雲を掴むようなものだ。でも案外、黒幕は張子の虎かもしれない。



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