第4話 メアリー記:「変わったお客さま」
メアリー記
「変わったお客さま」 乙音メイ
宇宙年Ⅹ月Ⅹ日
ある日、ひとりで
「どうぞ」
と私が返事をすると、男は、
「鞄をここに置いて試着します」
と、試着室のドアの外側に鞄を置いた。
「どうぞ手荷物を持って、お入りください」
「あのう…、いえ僕は、何も盗むつもりはありません。だから荷物は、外に置かせてください」
「え?」
「だって、ほら! 天井に! 監視カメラがあんなに沢山、あるじゃないですか!」
試着室から怯えた顔で、半身覗かせながら、心なしか震えている指で天井をさし示しているのだ。
3メートルほど上の天井に目を凝らすと,親指の爪くらいかと思われる、黒光りした丸い突起物が、およそ60㎝間隔で埋め込まれていた。
えっ! 天井の模様ではなかったの? 帰宅したその晩、インターネットで、「監視カメラ」を検索してみたら、男性客が売り場で指摘した突起物は、確かに監視カメラで、その名も「超小型ネジ型監視カメラ」という製品であることが分かった。
新しい子会社が出来て、2階フロアーの真ん中辺を閉鎖し、改装していた時のことを思い出した。エスカレーター横の、売り場としては一等地である。
あと数日で完成し、オープンするという頃であった。備品か何かのことで、同僚数人で、ワクワクしながら工事中の垂れ幕の中に入って行った。閉店時間前で、改装工事の職人たちは、いよいよオープンに向けての最終的な作業をしている頃なのだが、活気がなく微妙な顔つきで、ひっそりとしていた。
自分たちが働くショップのオープンを控えて、嬉しさでいっぱいの私たちとはあまりに対照的だった為、何故かそのことが印象に残った。
だが、偏執的な変わった売り場を作っていたのなら無理もない。というか、結局大した用事でもなかったのに、言われるままにそのゾーンに入った私たちは、既に起動モードの監視カメラを通して、今後の、覗き担当者へのお披露目だったのか、とも思える。
そのような売り場を作らせた、真の動機は何だったのだろう?
宇宙年X月X日
職場のボトムの裾上げ用に、小さなミシンルームがしつらえてある。その小部屋の備品収納整理箪笥の引き出し奥に、私はあるメモを隠し入れた。
私の身に何かあったときに、これが手掛かりとなって、同僚が調べてくれればと、半ば祈るような気持ちでそこに入れておいた.
『万一、私の身に何かあったら、その理由として「集団ストーカ-」をインターネットで検索し、公伝してください』
といった内容だ。
ちょっと分かりづらい場所ではあるけれど、大掃除の時には発見されるのではないかと思う。いくらのんびりした同僚たちであっても、それまでにもし、仲間が入院、死亡でもしていたら、このメモに反応して、何が起こっているのかを追及してくれるに違いないと思ったからだ。ミシェルのことが気にかかるが、別れたミシェルの父親が自宅からさほど遠くないところにいて、ミシェルが喜びそうなお菓子を持ってきてくれることが月に一度くらいある。
私とは他人でも、ミシェルとは親子なのだから、何とかなるだろうと思っていた。こちらも、殺されることは許さない、と思っていたし、また、そのように楽観するしかなかった。
宇宙年X月X日
朝、職場のバックヤード内に、よくわからない物が天井に設置されていた。
「何かしら?天井からぶら下がっている物は?」と思いながらその斜め下の通路を歩いていた。翌日、どうしても通らざるを得ないその廊下をまた通った。自分の担当しているショップのジャケットハンガーとスカートハンガーを整理するためだった。天井からぶら下がっているその物体まであと1メートル半くらいまで近づいたら、
「バリ!バリ!バリ!」
と、頭に、たぶん前頭葉あたりに強烈な電気が通電してきた。他の人が通っても何も起こらないらしい。私が通る時だけ電気がわたしの頭部めがけてやってくる。
「もしかしたら心臓のパルス!」
半年に一度、学生アルバイトさえ一人ももれなく健康診断を受診するよう勧めている職場である。心電図は指紋と同じように個人情報であると後から知った。徳○会病院の荒っぽく嫌らしいレントゲン技師のことも思い出した。何かある病院なのだろうか、と思案したが深く考えられなかった。日常生活全般が不可解なことだらけだったため、考えることがありすぎた。
宇宙年X月X日
あれから数日経過した。
今日私は、一番早い開店からのシフトだった。
出勤すると、まだ薄暗い2階フロアに、化粧室を担当する掃除婦さんが一人、売り場従業員がふたり、私を入れて3人だけだった。開店後2時間くらいまでは出勤している正社員も少ない。
私が例の天井に設置された物体の近くを通ると、頭に電気的な衝撃を受けた。
宇宙年X月X日
二度くらい当たってしまった後、他の人が近づいても、ほぼ真下に立っても、いつもと変わらない様子なのを見て、これは私だけが痛い思いをしていると気づいた。もう次からはこの装置の近くは勿論、このバックヤードもできる限り通るまいと思った。
店舗へ続くたくさんのドアのうちの一つから、店内へ迂回し、再びバックヤードの先に戻るなど、私なりの防衛手段を講じた。
前頭葉あたりに当たる電磁的なエネルギーは、言わば雷の小さい版なのかもしれず、とても痛い。頭が壊れたらどうするのだろう? また、死んでしまったらどんな原因を言うのだろう? リーマンショック前から、難を逃れていたことを、レジサークル周辺ヒミツ諜報(小型盗聴器、USBなどは社員に配布されていた)から知り、数々の惑星規模の提案や、しかも社長賞物の提案が採用された。そのあたりから、すでにそうだろうなとおもわれていたのが、はっきり光りの使者と認定され、恐るべし相手だ、この大きなプロジェクトをいただいたら片付けろとばかりに、段取りされていたらしい。人工的、「低血糖状態」
余りにもバカげているし、これが本当に同じ人間のやることなのかと、信じられない思い、まるで絵空事のようだ。
けれど、この先は後でわかったこと。
通路を歩く私の身長と設置位置の角度から割り出してみると「松果体狙い」だと考えられる。その問題の場所に、何人もの従業員が店頭に並べる衣類を選別作業しているときに、下から確認してみたら、そこには監視カメラも組み込まれていた。設置当初何事もなかったのは、私の背丈から、松果体の位置の確認作業に没頭していたのかもしれない。制服、パンプス姿であっても早足で歩く私に合わせ、設置場所を、多少スピードが緩むコーナーの1メートルほど手前にしたのもよく計算されている。
それでとうとうしびれを切らして、お客様のいる売り場でもやりたい放題を始めるようになったらしい。
天井の新しい物体は、平原で水や貴金属を探すときに使用する、つまりダウジングのL字型ロッドが2本、逆さに並んでいる様に見えた。誰かがこれは何ですかと聞いたときに、「Wi-Fiのアンテナです」というふれ込みだった。
バックヤードの装置同様、従業員がどのような用事でも必ず通る売り場の2本のメインストリート天井に、あろうことか6ヵ所も取り付けている。狙い撃ちに自信があるということなのだろうが、お客様をどのように考えているのか、薄っぺらなおもてなし精神が透けて見える。
ほかの人は何事もない様子、私が、天井から付いているそのアンテナの下に近づくと頭に衝撃を受けるのだ。後で調べてみたら、「指向性アンテナ」という商品が出てきた。多分これを闇バージョンにしたある大国が戦争に使用した指向性の電磁兵器の一種なのではないかと思う。
半年毎に健康診断を、学生アルバイトまで全員が受けるシステムなのだが、心電図も含まれていて、この心電図が指紋と同様一人一人違うのだと知った。これで一つ謎が解けた。
私を狙い撃ちしている。
*夕方の夕食時の休憩室で、我がフロアーのフロア課長が点けたテレビの放送で、盗聴器が付いているというドキュメントタッチの番組を放映している。以前、親子電話の通話内容が何百メートルかの圏内で盗聴できてしまうというテレビ番組があったが、今回は冷蔵庫に盗聴器が付いていた、というものだ。冷蔵庫は、私がこの店で購入したものと全く同じだった。うんざりした。しかも、よく考えてみると、VHSの形状の黒い物を休憩室の柱に取り付けてあるビデオ一体型テレビの中に差し入れていたように見えたことをぼんやり思い出した。やはり課長は黒だ。
*休憩室の入口の右手の壁面に、ガラスで仕切られた喫煙所がある。たいてい社員が使用している。I.N.Oは宣伝が上手なのか、社会的には先端を歩むイメージがあり、喫煙と縁がない人種が多そうに感じていたが、内実はストレスが多いことを暗示している。ガラス張りのその中に、煙がモウモウと立ち込めると、珍しい生き物の生息場所のようにも思えてしまう。そうした喫煙の依存から、解放してあげられたらなどと感じたことが何度もある。
ある日、そんな喫煙所に、私服姿の男女が多分十人くらいいた。いつもは、制服姿、または男性正社員のワイシャツ姿が入室している場所に、私服の団体がいた。休憩室に入った私と、それらの人たちと目と目があった。見た。それらの人に課長が何か説明している。
「アルバイト希望の人たちだろうか。何も狭い喫煙所で、立って説明しなくてもいいだろうに」と思ったが、その時はそのことをすぐ忘れてしまった。
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