第2話 メアリー記:「メアリーの日記」


   メアリー記 

   「メアリーの日記」


第1期


    宇宙年X月X日


 植物が入り乱れる小さな庭には、

「こう見えても、わたし、暴れん坊です」

と赤い口で語るイチゴ、その名もワイルドストロベリーが、真ん中を陣取っている。


 端に立っているのは、七変化の色と共に、

「4時からは大人の女よ」と言わんばかりに

オシロイバナが香りを放つ。


 それに、日陰で野放図に生えながら、歌う陽気なミント。

 一見、清楚で華奢な白いレースのチュールを纏った、ニラは、セクシー。

 3千個ちかい緑、黄色、赤い実を、これから付ける1本のミニトマト。

 「ちょっと試しに成ってみました」

茄子とトウモロコシの可愛い実。

 小さな庭は、沢山の命が息づいている。


 ミニーマウスを連想させる七星テントウムシ。大天使ラファエルの光の色をした、産まれたてのカマキリ。土を掘れば、カブトムシの幼虫。土壌改良博士といったミミズ。ハッピーカップルのダンゴムシ。そして私もここにいる。今日は、アリたちも一緒だ。


 アリは、コチョコチョ世話しなく、一列になって何か食物を運んでいる。時折激しく言い合いをしているように見えることもあるけれど、触覚と触覚を交差させながらコンタクトをしているのだ。しばらくすると、また、コチョコチョと動き始める。いつ休んでいるのだろう? 本当によく働く。


 私の庭は、こうして小さくても生命力に満ちた大切な宝物。         


     


   


  宇宙年3月X日


 通信制大学入学の書類をポスト入れ、家に戻って来たら、庭の目立つ場所にアマガエルがいた。白いお腹に、濡れた背中の若草色が可愛らしい。オオイヌノフグリの花くらいの小さな手も、指先の吸盤も、あまりにも可憐。子どもの頃からずっと、アマガエルが好きだった。


 その時なぜか、これは「ご褒美」だと思った。


              




  宇宙年3月Ⅹ日


「動物さん、かわいそうだね」


 ハッとした。息子のミシェルが、私が近くのマーケットで買って来た肉を見て、そう言ったのだった。余りにもシンプルで、ストレートな反応。


 これまで何故、そこに思いが至らなかったのか? 目の前のベールが、一気に解けて流れていくような気がした。正気に返った瞬間だった。






 宇宙年4月3日付メアリーのブログより


 『アサリ』



さわやかな初夏の風が 肌をなでる

ある日の 午後のこと



スーパーで買った

アサリの入った袋を手に

家に着いた



今日は アサリの味噌汁にしよう

夕飯まで 時間がある

洗って、海水と同じくらいの塩水に浸しておくことにした



カタ、カタカタ‥‥ゴトッ

台所で音がする

アサリ?



潮を吹き出しているのだろう

元気がいい



さて、夕食の支度だ

アサリはたくさんの砂を吐き出していた



鍋に水を入れて 火にかける

アサリを鍋の中に入れる段になって手が止まる




心が動かなくなった

違う




アサリになった自分がいて

イマジンしていた




当たり前の「今」という時を過ごしていた

はずのアサリの旅



その果てが 

水から徐々に熱い湯に変わっていく



そんな体験を

しなければいけないのか



我が家に来たアサリは

ゆでられることもなく数日を過ごした



‥‥けれど 

塩水を毎日取り換えたけれど

死んでしまった



故郷の海に連れて行ってあげなかった

私を どうか許してください



あの時のアサリ‥‥



アサリへ


         




  宇宙年6月X日


 近所の公園をグルグル走っていたのだけれど、公園の外をもっと伸びやかに走りたいと思った。外に飛び出した。1キロ先のサイクリングロードまで走ろう! これはとても楽しい朝の運動。



宇宙年X年7月X日付けメアリーのブログ 


 RUNNING 



☆ランニング

やってみようかな?

でも、どこを走ったらいい?

運動公園は近くにないし……。

それに人に見られたら

なんだか少し恥ずかしい。


1年半前のわたしです。


☆大丈夫。

心配はいりません。

住んでいる場所のごく近所を、

自分のコースにすればいいのです。

のどが渇いた、疲れた。

何かあればすぐに家に帰れます。



☆人に見られても恥ずかしくない服装。

動きやすい普通の普段着、

そんな格好であれば

ごまかしがききます。



初めはすぐに息があがります。

ビシッと決めたランニングウェア

でいるよりも、目立つことなく

ゼエゼエしていられます。



「あの方、電車の時間に遅れないように走っているのね。多分」

または

「ビデオの返却時間が迫って急いでいるのかしら?」



☆動機や格好はどうでも

何はともあれ

ランニングをすると、

からだが徐々に変わっていきます。

変わっていくからだ、

その変化を感じるのも

ランニングの楽しみの一つです。


         




   宇宙年X月X日


 近所をジョギングするうちに、始めはすぐに息が上がっても、2キロ近くまで走ると、呼吸が目立って楽になることを発見し、ますます走ることは楽しいと思えるようになった。 携帯電話のランニングアプリの会員にも登録し、経路から導き出された走行距離と所要時間、歩数など知ることができ、またそれも新たなランニングの励みとなった。


 わたしは、インターバル走のメニューまで、生真面目にやってみたこともあった。が、これは現役の選手でさえハードに感じるもので、流石にきつかった。けれど、それやこれやで、最長で12,9キロメートルを快適に走れたのは、かなり嬉しいことだった。


 目立って変化した点は、さらに快活になったことと、ボディラインが締まって腹筋が軽く割れそうな感じになるところまで鍛えられたこと。呼吸でもそうだが、腕も脚もお腹からついているイメージで伸びやかに動かすため、腹筋をよく使ったのだ。おまけに瞬発力もついた。


 じっとしているとほっそりで、動くと判るヒラメ筋がカッコイイ、と同僚にほめられもした。職場への行き来や大型ショッピングセンター内での仕事中も歩数記録が計上されるガラケー携帯電話のランニングアプリと共に、両替や事務室への用事など進んで片付けに行き、一日に20~30キロメートルでも歩き通せるのだという自信と、更に進化していくのだという希望に満ちていた。これもランニングのおかげだ。


 変なもので、例えば、買い物をしに家から2キロ歩くことを考えると長い距離に感じるが、2キロを走って行こうと考えるならそれは、サッと、容易いことに変化してしまう。その意識の違いは面白いと思った。

 





  宇宙年X月X日




 わたしは数年来の株取引をしていた。(人間の)夫が、前世でインドの貴族であったため、お金が入ると二晩くらいでパーッと、その大部分を使ってしまうのだ。そこで、慣れないことではあったが、家計の足しにと思い、始めたことだった。




 これ! と、狙いを定めていた株が、望む値動きをみせた時、バスで移動中ではあったが、携帯電話画面から「買い」の操作をしたことも一~二度ある。常に勘が働いて、ラッキーなトレーダーでいられた。




 世界がリーマンショックに陥ってしまう寸前、すべての取引から手を引き、現金化して、口座に戻しておいたため、損失を免れることができた。


 同僚にも事前に教えたのだが、株取引をしている当人である夫に理解してもらえず、半分近くの資金を失った、と後から聞かされた。同僚のために、とても残念だと思った。




 このリーマンショックの一件で、職場の上司たちの顔色は一向に冴えなかった。それは丁度、6か月ごとの契約面談の時期だった。「この時世にあって、シートに何も書かない者ばかりだ!会社のことを思わんのか?」


と、言って嘆く上司の声を、バックヤードのうす暗い通路で耳にした。




 わたしは自分が働く会社の、明るい展望に満ちた社訓を半ば、愛しているとも言えた。社会貢献を目指す(当時はそのように固く信じていた)会社や、世界の役に立つことを好んでいた。一人の力は小さくても、何とかしようと思った。グッドアイデアを探した。





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