第21話 戦い終わって

 L1029開墾期80日、統一連合政府は大規模氾濫の終息宣言を出す。これにより、前周期の収穫期より始まった一連の戦いは終わりを迎える。統一連合の発足後は大きな戦乱もなかった大陸南西部においては最長の、約270日にも及ぶ長丁場であった。


『終わりましたね。今回はどうにか、破滅を食い止めることができました。あの方がこうなることまで予想していたかは不明ですが、もしユージェに来ていなければ……後悔することになっていたことは間違いないのでしょう』


 導師プラテーナは「ユージェに災難が降りかかる」とは言ったが、具体的に何が起こるというような話はしていない。そこまで詳細な未来が見えるわけでもなく、見えた未来がそのまま現実のものとなるわけでもないので、あえて断言はしないのだろうということは分かる。ただ、今回は思っていた以上に厳しい状況ではあったが。


「そうじゃな。ワシもこれで、ユージェには恩を返せたであろう。もうこの地に思い残すことはない。皆が待つヘルダへ帰ろうか」


 神威の者との決戦以来、ハゼルはやや体調を崩し気味である。相当な無理をして戦っており、必要だったとはいえ左手も射貫かれた。齢50を超えた身には、なかなか厳しい疲弊と戦傷であった。


『そうですね。ただ、ユージェに「搦手無用」を返還するなどの所用がまだありまして。あれはいずれ、この国で起こり得る災厄で必要となるでしょうから』


 それゆえ、怪異に対抗するための手段となり得る品を持ち去るわけにもいかない。ただし統一連合では戦勝の記念式典が開かれる運びとなっており、今はその準備で大忙しという状況なのだ。うかつに近づこうものなら出席を求められて面倒なことになるのが目に見えていることもあり、フレッドらはかつて皇国軍第一軍が壊滅した山上の陣に駐留している。


「そうか。まあ仕方なかろうな。ではその際、ワシも同行しラゴス様に最後の挨拶をいたそう。二度と会うこともなかろうしの」


 そう告げるとハゼルは褥の上で横になり、眠りに落ちた。あの決戦からもう4日が過ぎていたが、まだ疲れが抜け切らないようである。フレッドはハゼルを起こさぬよう静かに幕舎から立ち去った。


(最後の戦いはすべて任せきりだった。その前も、私の読みが甘かったから子供たちに無理をさせた。まったく、人は英雄だ智将だと讃えてくれるが……)


 ――自分はその呼称に相応しい人間ではない。その思いは終生フレッドから消えることはなく、後に「世界でもっともフレッド=アーヴィンという男を評価していないのは彼自身であった」と記されるほど、自分に対して厳しく臨んでいた。しかし、自分の評価と他者の評価が一致することばかりではなく、フレッド評に関しては明らかに否定派は絶滅危惧種レベルの希少な存在である。


「ご当主。ラゴス様からの返答が届きました。どうしても望まぬなら統一連合の戦勝記念行事には出なくてもよいが、その後に私邸で開く旧ユージェ王国関係者だけの宴には参加を求める……だそうです。お断りいたしますか?」


 本音を言えば出たくはないし断りたい。しかしこれが最後で、もう二度とは戻らぬと思えば顔を出しておくしかないのだろう。ラゴスは彼なりに気を遣い、統一連合の式典には出なくてもよいと譲歩してくれているのだし。


『やむを得ぬ……と言ってはいけないのだろうけどね。お断りするわけにもいかないから、私と父が参上すると伝えてもらえるかな。面会が済んだらザイールへの帰途につくから、それまで各員は自由行動にしよう。アル隊長たちも、好きに動いてもらって構わない』


 旧ユージェ王国の関係者だけなら、そこまで敵視はされないかもしれない。しかしハイディンに復活でもされては困る、という人も少なくはないだろう。どのみちその気はないが、とにかく好奇の視線に晒されるのは自分たちだけで十分だ。その腹積もりが分かればこそ、アルは異を唱えなかった。



『もう少しで間道を抜けます。こうしてユーライアへ向かうのもこれが最後だと思うと、やや感傷的にもなりますね。この街は、やはり美しい。ヘルダ村や皇国首都シルヴァレートとはまた違った趣で……』


 ヘルダ村が自然豊かな田舎だとすれば、シルヴァレートは人の手が行き届いた管理された庭園である。ユーライアはそのどちらでもなく、どちらでもある。自然と人工物の調和……とでもいうべき趣向の街であり、長い戦乱の世にあって戦火に見舞われることがなかったことによる歴史の長さが目を引く。


「ああ、本当に。ワシもこの街にはずいぶんと世話になったからな。破滅を防ぐことができて満足の至りだよ」


 参加者はフレッドとハゼルのみだが、素顔で赴けば騒ぎになることは確実。そのため二人は竜賢人と獣王の装いを身に着け、荷物運搬用の荷車にハゼルと「搦手無用」を乗せ竜に曳かせている。その姿は亜人の行商人といった体であり、せいぜい「ゴツい亜人が乗っているな」程度にしか思われていない。


『体調は大丈夫ですか?辛いようであれば用事は早めに済ますよう取り計らいます』


 ハゼルからの返答は「心配無用」というものだったが、明らかに普段の生気みなぎる姿とはかけ離れている。神威の者へ掌打を食らわせるなどという常識外れの行動が悪影響を及ぼしてはいないか……とも思うが、その方面の知識がないフレッドには判断のしようもない。フレッドは父や部隊は先にヘルダへ帰還させ、自分はこういったことを相談できる人物を訪ねようと心に決めた。



「よく来てくれたな、クラッサス。ではなくハゼルだったか。それと……」


 横に立っていたマイアーに「フレッドです」と耳打ちされ、ラゴスはそうだったと頷きながらフレッドにも労いの言葉をかける。


「此度のご奉公をもちまして、私めは武人を引退いたします。今後は皇国の片田舎にて、農夫として生き妻や家族と余生を過ごす所存。もうラゴス様にはお会いすることもないと思いますれば、最後のご挨拶にまかり越しました」


 それは旧友との別れの言葉であり、同時にユージェへの帰還の否定。ラゴスの前に出ても獣王の装いを解かないことが、その決意の表れだった。


『私も父と同じく、もうユーライアを訪れることはないと考えております。お別れを申し上げるのと、お礼を述べるために参上いたしました。ご手配下さった「搦手無用」がなければ、リンドでもここユーライアでも被害は拡大しておりました。これはお返しいたしますゆえ、次に怪異が出現した際はお役立てくださいますよう』


 二人の言葉を聞き、ラゴスは一言「やはり戻らぬのか」と呟いたが、説得が無意味なことはよく分かっている。ここで掛けるべき言葉がそれではない。


「我らは、そなたらに謝罪し感謝せねばならぬ。家族をあのような目に合わせた我らに手を貸すため、はるばるやってきてくれたことに。そして連合のみならず、この地の窮地を救ってくれたことにも。ありがとう、そして本当に済まないことをした」


 頭を下げたラゴスに倣い、マイアーやフィーリアも頭を下げる。さらにペルゼも、その場に招聘された旧ユージェ王国関係者はすべて頭を下げた。ハイディンを快く思わない者でも、愛する故郷を守ってくれたことを否定する必要はないのだ。


「神威の者は永劫不変の存在。いずれ必ず再臨せしは必定なれば、此度の件を教訓に備えを怠らぬようお願い申し上げます。去りゆく私が望むものは、ただそれのみ」


『今後、私は神威の者らを討滅する方策を見出すために生きるであろうと考えております。なれど果ての見えぬ長き道で、思い遂げられるかも分かりませぬ。今回のように馳せ参じることも確約できぬとあらば、どうか独自の対策をお立てくだされませ』


 次は手を貸せない(そもそも生きているかも分からない)から、自分たちで対抗手段を用意しておいてくれ。そのメッセージはこの場にいる者たちには届き、すぐに統一連合では術に長けたウルス氏族を始めとした研究班が結成され、神威の者への対抗手段を模索していくことになる。



「まあ、仮に居たくても居心地はよろしくないだろうし、ここは帰った方が無難か。それにヘルダだっけ?……あそこはいい村だった」


 盟主の挨拶が終わり、宴が始まると各員は好きに談笑を始めている。ハゼルはラゴスと別れの盃を交わしており、外をぼんやりと眺めていたフレッドにはマイアーがそう話しかけてきたのだ。


『ええ。母も、そして妻も待っていますからね。帰らぬという選択肢はありません』


 ごく自然に言い放たれたその言葉に、マイアーはここ最近で最大の衝撃を受けた。彼の弟子だった男は恋愛関連にはとんと疎く、フィーリアのような主導的かつ能動的で、しかもそれなりの才媛でなければ付き合いきれないだろうと見ていたのだが、よもや結婚していようとは。


「そう、なのかい?以前に村を訪れた際はそのような話をする間もなかったから、正直を言うとかなり驚かされたよ。しかし、そうか……クラッサス様やシロエ様も一安心されただろう」


 武人の家系としてのハイディンは滅んだとしても、一族としては滅んでいない。そして次の世代に託すというのは、人として在るべき姿だ。それを無理強いはできないとしても、そうしてくれるならばそれに越したことはない。


『そうですね。確かに大層な喜びようでした。我が家は兄が早世しましたし、私自身もこういう生き方をする男ですから……やはり行く末は心配だったようで』


 マイアーも妻帯者だが、生憎と子宝には恵まれていない。ベルトラン家は子だくさんの当主が多く、マイアーにも弟や妹の婿などがおり次代のベルトランを担う者に心配はないが、家の伝統として「子供を授からないのは異常」という目を向けられてしまうのは、彼にも妻にも重圧となっているのだ。


「まったくね。期待するだけの側は無責任に期待することも多いから困ったものさ。まあ今回の騒乱を切り抜けたことで、しばらくは時間も作れるだろうし……お互い期待に沿えるよう頑張るしかないか」


 世継ぎ、つまりは子供の話となると、フレッドには気にかけねばならない要素がいくつかある。一つは、スーラ氏族の二人のことだ。


『スーラの前族長シャナム殿のお子を二人、ラ・イーより連れてきております。彼らはユーライアで学ばせようと考えていたのですが、どうせなら広い世界を見たいからと皇国行きを熱望しておりまして。ここにいないと知れたらスーラ側が何か言ってくるかも知れませぬが、二人を連れていってよろしいでしょうか?』


 マイアーの返答は「その子たちが望むようにしたらいい」というものだった。統一連合としては、スーラ氏族が怪しい動きをしようものなら軍事制裁の口実とすることが可能であり、そして何より「フレッドが二人を連れだした」事実がある以上、スーラが何かを言ってきたところで「二人は自分たちの意思でフレッドについて行きたがったから行かせた」と答えればいいだけの話である。スーラでも二人の意思が尊重されたことが里を出るという結果になったのなら、ユーライアにおいても二人の意思を尊重したことで文句を言われる筋合いなどない。


「別件は君の「家族」のことだろう?もうユージェには二度と戻らぬという覚悟なら、名乗り出ろとは言わんが会っておくくらいはしても罰は当たらないと思うよ」


 そう告げるとマイアーは談笑していたフィーリアの下を訪れ、二、三言葉を交わす。彼女は少しだけ考え込んだが、頭を下げて部屋から出ていってしまった。


「彼女には「別室を用意するから最後に顔合わせくらいはしたらどうか」と尋ねたんだよ。返答は、今から子供らを連れて来るということだ。君も覚悟を決めて、ハゼル様と別室で待っていてくれ」


 このあたりの手際の良さは、まだ追いつけそうにないと痛感するフレッドだった。



「こちら、此度の戦乱で活躍されたフレッド様とハゼル様よ。さあ二人とも、ご挨拶なさい」


 しばらく後、フィーリアが6周期にもなろうかという男女の双子を連れて部屋に入ってくると、戦場では緊張することのないフレッドも一気に心拍数が上がった。二人はフレッドの銀髪とも、フィーリアの金髪とも違う白金の髪をしていたが、利発そうな顔立ちは若き日のフィーリアを連想させる。それが「母」の側から見れば若き日の「父」を連想させる……となるのだが、二人の間に生まれてきた子らであることは一目で分った。


「はじめまして。グロウリィ=ダルトンです!」

「ご機嫌うるわしゅう?グロリア=ダルトンと申します……」


 年齢にそぐわぬ礼儀正しさから、この子らが非常に厳しくしつけられていることは窺い知れる。それもそうだろう、ダルトンの家は危うく一族郎党連座で斬首の可能性もあったのだ。恩赦があったとはいえ、他家に付け入る隙は見せられないのだろう。


「おぅおぅ、しっかりと挨拶のできる礼儀正しい子たちじゃな。どれ、ワシはもうこの装いは解くぞ!顔を隠すなど無礼であろうて!」


 そう言うや、ハゼルは獣王の装いを解除する。屈強な獣人だと思っていた男が「頭を脱いで」人の顔を曝け出したのは、子供たちには軽いショックだったのだろう。二人は無言のまま顔を見合わせていたが、唐突に言葉を紡ぎ出す。


「そのお顔、どこかで見たよね。どこでだっけ、グロリア?」

「確かに見たね。でもグロウリィ、わたしどこで見たか思い出せない……」


 子供たちの疑問に答えられず、しどろもどろになる大人たちはそれこそ滑稽な姿を見せた。しかし二人はハゼルと顔を合わせたことはなく、似た顔をした男がいるという話も聞いたことがない。フレッドらが何を言うべきか迷っていると、子供たちは記憶の奥底から真相を引っ張り出すことに成功する。


「あ~っ!盟主様のお部屋だよ。あの大きな絵だ!」

「そうそう!男の人が三人いるあの絵だね。それの一番大きい人!」


 答えを言われてもフレッドとハゼルには皆目見当もつかないが、フィーリアには何のことだか分かったようである。いまだ竜賢人の装いは解いていないため顔は見えないが、困惑しているであろうことは察しが付くフィーリアは種明かしをしてくれた。


「ラゴス様のお部屋には、かつてのユージェ王国を支えた方々が描かれた絵が飾ってありますの。その中でも最大の力作で、ラゴス様お気に入りの品が親子三人が描かれたものなのです。この子たちも何度かお招き授かったことがありますので、その時に見たのを覚えていたのね」


 その絵は中央に屈強な初老の武人、左右には両手に長短の槍を持つ武人と竜を駆り弓を手にした武人の三名が描かれている。題材となった三人が同じ戦地に立つことはついに叶わなかったが、ラゴスとしては「せめて絵の中だけでも一緒に」という思いで描き上げた一品であるという。


「そうであったか。ならばフレッド、お前も顔を隠す必要はあるまい。我らはもうユージェには戻らぬ身、最後くらいは事実に向かい合うのだ」


 そう諭され、フレッドも観念したのか装いを解除する。二度目ということもあり、子供たちに驚きはなかったが好奇心は刺激されたらしく、まじまじと見つめている。


『はじめまして、グロウリィ。それにグロリア。私はフレッド、ヘルダのフレッド=アーヴィンという武人の端くれさ。私の顔にも見覚えはあるのかな?』


 照れ隠しもあったのだろう、フレッドがそう質問すると二人からは「竜の人だ!」という回答が返ってくる。どうやら自分は絵の中でも竜を駆っているらしい。


『君たちにはこの先、たくさんの大変なことがあるのだろうね。でもお母さんやライザ叔母さんは厳しくても間違ったことは言わない人たちだから、二人の教えをしっかり守って生きていくんだよ?これは、私から君たちへのプレゼントだ。グード氏族の懐剣は持ち主を災いから守ると言われているからね。お守り代わりとして、どうか受け取ってほしい』


 二人に手渡した片刃の懐剣は、柄がきつめに拵えられ子供の筋力では容易には引き抜けない。この懐剣を引き抜ける年齢に成長した後も、引き抜かずに済むようにとのゲン担ぎが成されているのだ。二人にお礼を述べるよう促すフィーリアの声は、わずかだが涙がかっていた。


「さあ二人とも、ワシと向こうで話でもしようかの。お母さまたちは仕事の話もせねばならぬが、そんな話はつまらんだろう。ワシがとっておきの武勇譚を聞かせてあげるとしよう!」


 ハゼルは二人を軽々と持ち上げると両の肩に乗せ、悠々と部屋の外へ歩いていく。フレッドたちだけの時間を持たせようという計らいからの行動だ。


『子供たちは元気そうだし礼儀正しく聡明な感じだね。すべて母親のおかげかな?』


 それに比べ、血統上だけとはいえ父親と来たら……ついそのような自虐的な気分にもなってしまいそうではあるが、それを口に出すわけにはいかない。それは、その生き方を選んだ彼女をも侮辱する一言なのだから。


「でも父親は私たち一家だけでなく、多くの人を救う生き方を選んだのだもの。今はあの子たちにその話をするつもりはないけれど、いつの日か真実を知る日が来るわ」


 フレッドが「もうユージェに戻ることはなく、神威の者を討つために生きる」と宣言する前から、フィーリアには分かっていた。もう彼女のよく知る男の子は手の届かないところに行ってしまい、運命が交わることもないのだということが。


『あの子たちが真実を知っても幻滅しないよう、私も全力を尽くさないとね』


 そう言ってフレッドは手を差し出す。妻帯者でなければ抱擁くらいはしたかもしれないが、それは未練というもの。手を合わせるくらいがちょうどいいのだろう。


「さようなら、フレッド=アーヴィン。遠きユージェの地より、あなたのご壮健とご活躍をお祈りしますわ」


『さようなら、フィーリア=ダルトン。私が愛した人と、その子らに幸あらんことをいつも願っております』


 結局フレッドは自分が妻を持ったことを伝えなかったが、最後の別れの言葉で「愛した人」と言ったことでフィーリアには悟られた。しかし彼女に不快な思いはなく、むしろ新たな幸せを見つけてくれたことを嬉しく思った。自分だけ望みが叶い、幸せであるというのは不公平が過ぎるというものだ。



『さて、これでやるべきことはすべて終わりました。部隊の集結が完了し次第、ヘルダへと帰りましょう。……なんです、父さんはあの子らに会えたのがそんなにも嬉しかったのですか?』


 宴が終わり、ラゴスの館を出たフレッドらは帰路でこのような会話が繰り広げられた。宴の前はやや体調不良の感があったハゼルも、今は活力に満ちている。


「それはもう、嬉しかったとも。話していて分かったが、本当に賢く見目麗しい子らであったのう。許されるものなら、あの子らをヘルダに連れて帰りたいわぃ」


――許されるわけないでしょう!という指摘をしたくもなるが、確かに可愛い子らであったことは否定しない。もしやこれが親バカというやつなのだろうか……と考え事をしていたせいか、ついうっかり余計なことを口走ってしまう。


『プラテーナ様の言によりますと、次は皇国側で一悶着あるそうですが……時期がいつとは聞かされておりませんし、機会があればリリアンにも頑張ってもらいますよ』


 ハゼルの顔は獣王の装いで隠されてはいたが、大喜びしていることは察しが付くほどの上機嫌ぶりである。先ほど会った子らが結婚し子供が生まれる……と聞いても自分はここまで喜ばないだろうなと思うフレッドだった。


「今後、ワシが戦場に出ることはないだろう。だが、村に敵が襲い来るならば人だろうが怪異だろうが……神威の者とて討ち果たしてくれる。じゃからお前は後顧の憂いなく、ひたすら己が道をよりよき未来へ向かい歩むのだ。よいな?」


 それは、先代の武人から託された想いであり誓約でもある。先代が歩みを止めることになっても、後を継いだ者が一緒に立ち止まっては受け継いだ意味がない。後継者は何があっても歩み続けねばならないのだ。


『お任せください。神威の者に対する戦術をはじめ、此度の遠征で得た教訓は必ず今後に生かすことをお誓い申し上げます。それが、一連の騒動で犠牲になった者たちへの供養ともなりますれば』


 L1029開墾期87日夜、フレッドら「華心剛胆」の大陸南西部におけるすべての任務は完了する。時期はもう育成期も間近であり、ヘルダを発ってからおよそ250日。半周期にも渡る遠征も、ようやく終わりが見えてきていた。

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