第12話 人を屠る存在

 戦いの前、フレッドはベタルに竜を寄せ、2、3指示を出す。ベタルはそれに頷くと、自身の剣を鞘ごとフレッドに手渡した。


「両者の戦いに手を出してはならぬ。それがご当主の決定だ。全隊、命令があるまで待機だ。よいな!」


 その指示を聞きながら、フレッドはベタルから借りた剣を腰に吊り下げる。彼自身の得物である「龍ノ稲光」は剣と柄を組み合わせ、すでに槍形態となって久しい。この状態となっていては腰に下げることもできず、弓を使う際は地面に刺しておくなどして手放す必要がある。その状態で弓も捨てねばならなくなると完全な丸腰となるため、補助的に武器を持っておかねばならない。もっとも、そこまで追い込まれることなどまずあり得ない……というのが部下たちの考えではあるが、それは相手が人であればの話である。これから戦う相手は見た目こそ人のようだがそうではないのだ。


「お偉いさんってのは、危ない橋は部下に渡らせるものと思っていたがな。やはり大物ともなると紛い物とは違うらしい」


 自身の前に進み出てきたフレッドに対し、ギャフラーはそう感想を漏らす。実際にフレッドを討ち取るとしたら部下たちの妨害を排除した後だろう……と考えていたのだから、手出しさせないというフレッドの指示は驚きすらあった。


『たとえ貴殿が不死の怪物であろうとも、不死ゆえにいずれ蘇ってしまうのだとしても、私と貴殿が刃を交えるのはこれが最初で最後となりましょう。ならば武人の技、存分にご披露いたす。後世に蘇られた暁にはこう伝えられよ、かつて自分を討ち取った男はまさしく武人であったと!』


 そう告げてフレッドは竜をギャフラーに向け突進させる。手には槍を持ち、突進の勢いを借りて一気に貫こうという算段なのだろう。フレッドの挙動を見て、少なくともギャフラーはそう思った。


「勝つのは自分だと、そういうことか!そして後世に蘇った際はクロト=ハイディンの名を喧伝しろとな。大した自信だが、そう思い通りになると思うなよ!」


 ギャフラーはフレッドの口上に応じたが、フレッドは既に戦闘に入れ込み口を開くことはなかった。その代わり小脇に抱えた槍を下投げから天高く放り投げる。もちろんギャフラーに当たる軌道でないことは一目瞭然で、ギャフラーも待機している隊員の多くも思わず放り上げられた槍に目が行ってしまう。


「何のつもりだ?あんなものでどうにかなるわけが……」


 そう言って目線をフレッドに戻した時、ギャフラーはその真意を悟る。フレッドは槍を放り上げた後に鞍へ備え付けられた弓を手に取り、すでに矢を番え弓は引き絞られていたのだ。


『こういうつもりでね。しかし……戦いの最中に敵から目を逸らすのは素人のやり様ですな!』


 弓から放たれた矢はギャフラーの眉間を見事に射貫き、矢が頭部に刺さった状態となる。人同士の戦いであればこれで勝負はあったのだろうが、フレッドもこれで終わりだなどとは思っていない。弓を鞍に付けなおすと、すぐに「龍ノ稲光」回収に向かう。


「武人という奴は、もっと正々堂々の戦いにこだわる人種と思っていた。その長たる男が普通にこのような手を使うとは意外だな。もしやいつもこのようにして勝ってきたのか?」


 ギャフラーは頭に刺さった矢を引き抜きながらそう感想を口にする。そしてその後には「やれやれ、1人死んじまったな」とも。言葉の意味は不明だったが、フレッドとしては誤解を解いておかねばならない。


『奇策で勝っても無意味な戦いなら、正々堂々の戦いにこだわりますとも。例えば一国なり一軍の代表として一騎打ちをするなら、奇策で勝っても相手方の反感を買うだけなので正々堂々と戦います。しかし今回は、全力で挑めというご要望なので。卑怯だろうが奇策だろうが、私個人のすべてを用いらせていただきましょう』


 そう。世間のイメージほどに自分は清廉潔白ではないし、そもそも裏で策を巡らせて相手を陥れ、弱体化させてから負けようもない戦いを挑むような発想の持ち主に正々堂々も何もあるものか……というのがフレッドの自評なのだが、勝った者が正義ということなのか一般的な印象はあまり悪くないのだ。もちろん、対立軸にある存在にはとことん嫌われたが。


「なるほどな。そういうことであれば得心いく。ではこちらもそれに応えるべく、全力でやらせてもらおう!」


 ギャフラーは眉間を貫いた矢を引く抜くと、引き抜いた腕が徐々に肥大化し変形し始める。フレッドは槍を回収しつつもその様子を伺っていたが、その視線の先には肥大化した腕が人の形を取り始める……という異様な光景が繰り広げられていた。


(先ほど「1人死んだ」と言っていたか。ではあれを討てば「2人死んだ」となるか?だが「何人死ねば」勝利を得るのか、見当もつかんな)


 そのような考えを巡らせているうちに腕は狼獣人の姿となり、矢を取り込み穂先とした肉の槍をフレッドに投げつける。その勢いは弓から放たれた矢と変わらぬほどのものだったが、フレッドはそれを回収した槍ではたき落とす。


「あれは、ギャフラーの右腕と呼ばれたジヴァー!野郎、かつての仲間も取り込んで戦いに使おうって腹か!」


「一騎打ちに複数で挑むとは卑怯であろうが!恥を知れ化物が!」


 ギャフラーの行為に「華心剛胆」側からは非難の声が上がるものの、ギャフラーは意に介す様子はない。そしてフレッドとしてもそのこと自体はどうでもよかった。


『静まれ!私とて竜と共に戦うのだ、彼が彼らと共に在ったとして何が卑怯なものであろうか。この戦いは彼我のすべてを賭して行われている!』


 肉の矢をはたき落としたフレッドは今度こそギャフラーへ突進をかけ、新たに形作られたジヴァーを貫かんと槍を繰り出す。身軽さが身上の狼獣人ジヴァーも、一部がギャフラーと繋がった状態では自由に動けるはずもなく、生前の愛用品だった爪型の武器で防御を試みるも、突進の勢いに乗った鋭い穂先を受け切ることは不可能である。ジヴァーを貫いた槍は、しかしギャフラーには届かない。


『これで2人死んだ……のですか?彼の魂が天に還ること叶うとよいですな』


 フレッドがそう告げてもギャフラーは不敵な笑みを浮かべただけである。ジヴァーだったものの形は崩れ、肉としてギャフラーに戻りつつあるが、そのギャフラーの様子を見てフレッドは一つの答えを導き出す。


(ギャフラーは自分の仲間たちを取り込んだ。だがそれは利用するためではなく、自分と同じような存在にさせないためだろう。しかし取り込まれた彼らはその中で生きていられるわけもなく、人としては死を迎えた。訳も分からぬまま、不条理に。そんな彼らにここで明確に死を意識させ、魂を天に還そうということか……)


 死してなお、天に還れぬ魂はいずれ怨霊となり果てる。そのことは自身の兄でも思い知ったフレッドなれば、ギャフラーに利用されたと知っても腹を立てる気にはならなかった。


『……ならば勇者ギャフラーとその仲間たち、存分に挑むがよい!ここにはお主らが束になろうとも、決して超え得ぬ壁が存在しているぞ!』


 ギャフラーの仲間たちが満足して死を受け入れられるとすれば、それは敬愛する彼らのリーダーと共に戦い、身を挺して守るなどの形に依ってだろう。肉体は滅ばないとしても、魂が天に還れば目的は果たされる。


「……感謝する。この場にあなたがいる事実も含めた、すべての事象にな!」


 それからのフレッドの猛攻は、ギャフラーはもちろん「華心剛胆」の隊員たちも息をのむものとなった。ロンティマーに対しても槍は冴えを見せたが、相手が人型ともなればその鋭さはさらに増す。


『我ら武人ほど「人を屠る」ことに取り組む者もそうはおらんでしょうな。強いて挙げれば暗殺を生業とする者らくらいでありましょうか。このような時勢であれば、武芸の鍛錬をする者は多けれども……それが人と戦う際の強さに直結するわけではないということです!』


 多少の訓練を積んだ程度のシャリーア女史や、この「搦手無用」の影響下では術の行使ができないパルーカやパーサはギャフラーの盾となって討たれた。厳密に言えば女性を模っているだけの肉塊なのだが、それでも外見上では完全に人の女性であっても遠慮なく槍を突き立てるあたりはさすがに「人を屠る」ことを鍛えてきただけはあるといえようか。


「不死の体を手に入れたところで、このままなら負けないとしても勝てる未来はまるで予想できんな。どうやら俺たちは、相当まずい奴に喧嘩を売っちまったらしい。出たとこ勝負の俺たちらしいと言えばそれまでだがな!」


 誰かと会話でもしているかのような独白をしつつ、ギャフラーは自身の剣でフレッドの鋭鋒を凌ぐ。徐々に押され、一歩また一歩とギャフラーは下がるが、足元には少しずつ肉片が落とされているのをフレッドも含め誰も気づかない。


『もうお仲間は「全員戦死」ですかな?そうであらばそろそろ決着の時……⁉』


 フレッドはギャフラーを追い詰め、重打で怯ませたスキにその身を貫こうと竜を回転させ勢いを乗せた一撃を繰り出そうとする。回転する以上、ギャフラーからは一瞬だけだが目を離すことになり、それは「素人のやり様」とフレッド自身が言ったことであるが、剣をも弾き大きく体勢を崩した今なら技を繰り出す際のスキくらいは埋められると考えたのだ。それは相手が人間だったらそうだろうが、今回の相手は人間ではなかった。


『下……からだと?』


 右構えの槍に回転の勢いを加える場合、竜は左旋回で回転する。そして回転が終わり槍を突き出さんとした瞬間、フレッドの左脇腹を狙い地面から短剣が突き出される。それはギャフラーが下がりながら足下に残していた肉から発生した、フースによるものだ。しかしフレッドの脇腹を捉えたかと思われた短剣は、ベタルから借りていた左に下げていた剣をわずかに鞘から引き抜いて受け止め、そのまま抜刀してフースを討ち取る。


「まともに戦っては勝ち目がないゆえ、裏をかいたつもりだったが……これも通じぬとはな。これで「全員戦死」だ。俺以外は」


 ギャフラーは剣を持ったまま、やれやれという体で肩を竦める。しかし戦いが終わったわけではなく、むしろこれからが本番であろう。それがフレッドも含めたこの場にいる人間の考えだったが、ギャフラーはそうは考えていない。


「もう、俺の中にあいつらはいない。あいつらはみんな天に還り、俺だけがこうして残された。これは裁きなのか。人の分に余る、真理を覗かんとした愚者への……」


 ギャフラー以外は、ごく僅かな部分を垣間見たパーサも含め存在を改変されることなく人として(気付かぬうちに)死に、その魂もここでフレッドに討たれたことにより自身の死を自覚し天へと還る。しかし存在が不変の者へと改変されたギャフラーは死ぬことも滅ぶこともできず、仮に消滅しようとも力が蓄えられたらまた復活してしまう。もはやギャフラーと彼の仲間たちとは魂が触れ合う可能性すらないのだ。


『私にはその「真理」とやらが何を指すのか分かり兼ねますが、似たような話ならば知っております。それはかつて命ある人だった存在が、永劫不変を求めたがゆえに生じた悲劇。永遠に変わることがないということは、死の恐怖から解放されると同時に成長の喜びも時代の移り変わりも感じることができなくなり、いずれ空気のようにそこに在るだけのものとなることです。生物として最も恐れるべき死を超越した瞬間、生物としての存在意義をなくして死んだも同然というのですからなんとも……』


 ――皮肉な話ですよね。敢えてフレッドはそこまで言わなかったが、その場にいた誰もがその続きを想像できた。そして告げられたギャフラーは驚きを隠せない。


「まさかな。もしや英雄殿も俺と同類なのか。そうであれば人智を越えた力を持つのもうなずけるが、そういうことなのか?」


 さすがのフレッドも思わず苦笑いをしてしまうが、自分は正真正銘の人であるしそう思い込んでいるだけの怪異でもない。ただ、そういう話に通じている知り合いがいるだけのことなのだ。


『残念ながら……私は人ですよ。ただ永劫不変の呪縛に囚われたかつての人を救いたいという御仁と知己で、その志には賛同するものです。気休めかもしれませんし、それを果たすのがいつになるかも私が成すかすらも確約できませんが、いつの日か……あなた方「永劫不変」の者たちを解放できるよう努力しましょう』


 ギャフラーはフレッドが自分と同じ境遇にある存在ならばと思ったが、その希望は打ち砕かれた。しかし同時に、この境遇から解放するために行動している人物の存在も伝えられる。それを聞き、ギャフラーの意思は固まった。


「今も俺の中にはかつてロンティマーだった者たちが入り込み、生あるものをこちら側へ引き込めと囁いて止まない。不死であること、不変であること……それらの誘惑に駆られ安易に手を出してしまった者たちの成れの果てがこれというわけさ。だがな、俺は確かに肉体は捧げてしまったかもしれんが魂まで捧げた覚えはねぇ!」


 ギャフラーはそう断言すると、両手を広げて仁王立ちする。


「まだ「永劫不変」の存在として日が浅い俺は、肉という物質に囚われた状態だ。いずれは肉も不要になるだろうが、もし解放してもらえたらこんな事件は起こらずに済むのだろう。そうなるまでは「黄泉の回廊」の奥地で待たせてもらうとしようか。さぁ英雄殿、俺を討て。まだ不完全な俺はこの空間で肉を失えばしばらくは寝ているしかない!」


 フレッドは改めて槍を構えるとギャフラーに向かって突進し胸元に突き入れる。すでに刺されても出血はない体だが、ギャフラーは突撃の衝撃で槍が抜け大きく吹き飛ばされ宙を舞った。


『さらば、勇者ギャフラー!肉体は失えども、あなたの魂は確かに勇者のそれであった。お約束の件、いつか必ず果たすとお誓い申す!』


 ギャフラーはすでに痛みを感じることのない体であったが、霊的な力が無効化される「搦手無用」の効果範囲では耐久限界が存在する。そしてその限界に至り、肉体は消滅を始めた。宙に舞ったギャフラーの体は、着地することなく塵となり消える。ただ、愛用の剣と鞘のみが地に落ちたのみである。


(気を付けろよ。あの奈落から吹き出した不変の存在はまだ残っている。奴はおそらく、俺と同じように興味本位で近づいた者を引き込むのだろう。あれをどうにかしなければ問題の解決にはならん……)


 それが、消えゆくギャフラーが最後に残した言葉だった。フレッドには分からない部分もいくつかあったが、この勝利ですべてが終わったわけではないということだけは理解できた。もうしばらくヘルダには帰れず、妻にも会えないのだ。


『……この戦いに勝者なく、敗者もいない。ただ、勇者とその仲間たちが去ったのみである。とはいえ、ひとまずは生き残ったことを喜ぶとしようか。皆、よくやってくれた!』


「我らは伝説に挑み、それを越えた!」

「人も怪異も、恐るるものなし!」

「と言っても、こういう相手はもう勘弁願いたいがな!」

「違いない。斬っても死んでるかすら分からん相手じゃやり甲斐がなくていかん」


 兵たちは口々にそのような感想を漏らすが、一様に戦いがいったんの終結を見たことに安堵していた。そしてその様子を少し離れた場所から見ていたハゼルにも思うところはあった。


(あの子はワシやクロヴィスのような、生まれつきの武人の才は持ち合わせておらなんだ。その武技はすべてたゆまぬ努力と、欠かさぬ鍛錬で手に入れたものだ。そして同時に心も鍛え上げられ、元から才のあった智謀に加え武人としても一廉の存在となったのだ)


 長男クロヴィスが謀殺された際、ハゼルは「武人の家系としては終わりかもしれない」と思ったものだった。もちろん次男クロトには智謀の面で抜群の才があり、その方面で生きていくことは問題ないと考えてはいた。それにクロトと同年代を見てもクロト以上に武才を持つ子はいなかったが、クロヴィスの世代と比べれば全体的に小粒な感は否めない。だが今になってその考えは誤りであったと思う。


(戦場で敵を討つのがいくらか得意というワシなんぞが、畏れ多くも「闘神」だというのなら……あの子はいずれ「軍神」や「戦神」とでも呼ばれるのやも知れん。ワシが歴史に名を残すことはおそらく間違いない。じゃがそれは「闘神」としてではなく「軍神」ないしは「戦神」の父として、であろうな)


「さあ、夜も明ける頃合いじゃ!マハトゥに戻り朝飯とするかのぅ。夜通し戦い詰めでさすがに腹が減ってきたわぃ!」


 その「いかにもハゼル」らしい呼びかけに、一同からは笑いが巻き起こる。そしてその声に呼応するかのように朝日が昇り始め、同時に赤みがかっていた「搦手無用」の神霊力無効化空間も消滅した。


『では、総員マハトゥに帰投せよ。中心核たる存在を失った以上、ロンティマーも消滅することと思われるが……差し当たり残った肉についてはうかつな接近を禁ずる。マハトゥの民にもそのことを徹底するよう、帰投後は各自が伝えてほしい!』


 こうしてリンド地方マハトゥを襲った災難は退けられた。しかしリンド軍の犠牲者は回廊突入で全滅した者たちも含めるとおよそ3000にも上り、討ち取った敵は塵と消え戦利品なども残らぬという有様である。見方によってはただ犠牲者を出しただけで、フレッドの言うように「勝者なき戦い」であった。とはいえユージェ統一連合としては南方の要衝であり、重要な経済活動の拠点であるリンド地方が守られたことは大きな意義がある。



「将軍、この度はありがとうございました。マハトゥの危機はひとまず回避され、街の人々にも大きな犠牲は出ておりません。防衛隊には損害が出てしまいましたが」


 挨拶へ向かったフレッドを迎えたニャラハーティは、満足そうな笑みを浮かべている。彼女はこの一件でフレッドをリンドに迎えたという功績があり、それにより豪商たちの主導権争いでも一歩抜きんでることが叶うことだろう。街は守られ、商会には大した損害がなかったどころか先に繋がる結果を得られた。確かに笑いも止まらんというものだ。


『お喜びのところ申し訳ありませんが、大変なのはこれからです。外にあるロンティマーは自然と消滅するでしょうが、あのような怪異と二度と会いたくなければただちに「黄泉の回廊」を封鎖することをお勧めしますよ。今、あそこには体を失った彼が眠っていますが、新たな体を供給すれば復活が早まるかもしれませんので』


 そう言われたニャラハーティは何のことだかまったく理解が追い付いていない様子だったので、フレッドは朝食を共にしながらギャフラーのいきさつを説明しなければならなかった。


「そうですか、そんな事情がおありでしたとは……分かりました、封鎖に関してはお任せください。反対意見も出るでしょうけれど、将軍のおかげを持ちましてわたくしも多少なら尊大に振舞えますから」


 フレッドは「宜しくお願い致します」と告げ、一振りの剣を差し出す。それはかつてギャフラーが愛用していたもので、フレッドの最後の一撃を受け空中で消滅した際に剣と鞘だけはその場に残されたのだ。


『この剣も、主の眠りを見守りたいと考えているようです。封鎖した後はこの剣を奉る社などを拵えていただければ、きっとこの街のためとなるはずですので』


 この世界では「人の想いが込められた道具は意思すら持つようになる」と信じられており、一部の者はその声を聞くこともできる。それは術の才能に無関係で、道具を大切に扱うという心に道具の側が反応するものだとされている。フレッドにそれが可能で父ハゼルや兄クロヴィスにそれが不可能だったのは、父や兄はその力強さにより武器の消耗が激しく投擲も得意とする以上、道具は使い捨てのものであるという認識が強かったためであろう。


「では封鎖後、鎮守のための社と警護の兵の駐屯地を造設させましょう。次に現れるのは周期で考えれば数百周期後なのでしょうけど、可能ならできるだけ伸ばした方がよいでしょうし」


 ニャラハーティも「剣がそう望んでいる」と言われても疑いはしない。彼女自身は物を売る立場ということもあり道具の声を聞くことはできなかったが、取引相手の職人などには声を聞く者も多い。そしてそういった者は大半が優れた生産者であり、商会としても重宝している。優れた武人であるフレッドが武器の声を聞けたとしても何らおかしなところはなく、疑う余地もない。


『では、報告は以上となります。我々は休息と準備を行い数日後にはここを発つ予定でおりますが、急なことゆえそれまでに報酬を用意しておけとは申しませぬ。いずれ受け取りに誰かを向かわせますので、用意しておいていただければと』


 リンド首脳部としてはこのままフレッドらを手元に置いておき、今後の政治闘争における切り札としたい……という意見も多かった。しかし最初にフレッドが宣言したように、自分たちを政治的に利用することは絶対に認めないという意見は覆せそうもなかった。ニャラハーティもその点に関しては諦めていたし、自分も含め誰もフレッドを翻意させることは不可能と考えている。つまり、この点においては自分より優れた結果を出す可能性がある競合相手は存在しない以上、無理をする必要もないのだ。


「正直な胸の内を申し上げますと、わたくしは可能であらば将軍にお残りいただきたく存じます。同僚たる首脳部には今後のイニシアチブを取るためにと考える者もおりますが、それを抜きにしてもマハトゥは多くの兵を失いましたので……」


 その穴をふさぐため、精鋭部隊が駐屯してくれたら安心だ。つまりはそう言うことなのだろう、ということはフレッドにも分かったが、その願いを聞き届けるわけにはいかない。確かにこの地方での戦いはいったんの終結を見たが、他の地方ではまだ戦いが終わってはいない。


『ギャフラー殿が消滅する際こう申されました。曰く「自分をこのようにした存在はまだ残っている」と。そしてそれを討たねば問題は解決しないとも。その元凶がどこにいるかも分かりませぬが、いや、分からないからこそ一所に留まり続けるわけにはゆかぬのです。お察し下さい』


 フレッドはそう告げ、足早にニャラハーティの下を去る。だが、結局のところその予定通りとはいかなかった。マハトゥでの勝利は未だ混乱状態のリンド地方辺境部や周辺州にも伝わり、安全を求める民衆が大量に流入してしまったからである。


「まずいことになりましたな。今は我らがいるということで、不届き者もおとなしくしておるのでしょうが……我らが去ればそのような輩が問題を起こし、それが契機となり暴動略奪が発生しかねませぬ」


 マハトゥにも収容しきれず、城壁の外でテント暮らしをしている者たちを見やりながらアル=ファールが苦々しげにつぶやく。大量の流民は生き残ったマハトゥ守備隊だけで抑えきれる数ではなく、暴動が起こればせっかく怪異から守った街が人の手により致命的損害を被るのだろう。


「怪異は討てば済む話です。しかし相手が自国民ともなればそうはいきませぬし、これはどうしたものでしょう。ユーライアに治安維持隊を要請いたしましょうか?」


 勝気な面もある女性隊長グァン=マーセも、この事態には困惑気味である。もともと武人以外の生き方をしたくないからユージェを捨てフレッドの下に来た彼らにとって、武人としての仕事以外を求められても請け負いたくない……というのが本音のところなのだ。


「ユーライアから兵が回されるか、それともマハトゥが自前で守備隊を再編するかはともかく……目星がつくまでは警備隊の真似事というわけですな。不謹慎な言い分は承知しておりますが、これなら怪異が押し寄せるほうがマシというものですよ」


 先の戦いでは勲功第一となった突撃隊の隊長、ベタル=システも思わず愚痴をこぼしてしまう。彼らの意見を聞いたフレッドにしても、彼らとまったく同意見なのだがそれを口に出すこともできず、ただ眼下の光景を見つめるのみ。そして彼らの心中をしらない流民たちは城壁上のフレッドらを見つけると、歓声を上げる。


『は、は、は……』


 一応は笑って見せなければいけないと思ったらしいが、フレッドの顔は引き攣り声もまともには出なかった。幸いなことに、遠すぎて流民たちはそれに気付けずその事実を知っていたのは三人の隊長だけだったが。


(こんなことをしている場合ではないのだが、もうどうにもならんか。せめて各地の情報を集めさせるくらいはしておかないとな……)


 かくして独立兵団「華心剛胆」はマハトゥに40日の滞在を余儀なくされる。その間にもリンド地方の平定とマハトゥ守備隊の訓練を行い、満を持してマハトゥから出立可能となったとき、西方のラ・イー地方から「大規模氾濫」の報告が入った。


『ラ・イーならやはり「霊峰ラーヤ」絡みか。まぁ「黄泉の回廊」に並ぶ霊的な場所というと候補は限られてくるが、あの地方はなあ……』


 報告を受けたフレッドも、場所を聞き思わずそうこぼす。ラ・イーを統治たる豪族のスーラ氏族はかつてのユージェ王国、ハイディンと最後まで争った過去がある。


(手助けを喜んでくれるどころか、受け入れてもらえない可能性も十分あるな。どう応対されるかは分からないが、とにかく行ってみるしかないか)


 フレッドらは暦も移り変わったL1029開墾期4日、平穏を取り戻したマハトゥを出立する。ヘルダ村を出てから、すでに100日以上が過ぎ去ろうとしていた。

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