『 奇跡のトマト 』

乙音 メイ

『奇跡のトマト』 



   『奇跡のトマト』  乙音 メイ 作




 5月のある晴れた日に、わたしは1本のミニトマトの苗木を入手した。たくさんある野菜の苗の中からどれにするかを選ぶのは簡単だった。小さな赤い実がたくさん実ったところを想像したら、それがとてもかわいらしいので、これを育ててみよう、と思ったのだ。


 おひさまの光が一日中あたる小さなわたしの庭に早速植えてみた。初めてこの庭が自分のものになったとき、丈は低いがかなり太い茎の植物が生えていた。庭への入り口部分にあるため抜いてしまおうかと、茎の根元を両手でつかんだ。その時、腕をつかまれた感覚があり、引き抜くことを押しとどめられたように感じた。この植物を守る妖精か天使に違いない、そんな気がしてそのままにすることにした。

 今では、抜かなくてほんとうによかったと思っている。オシロイバナだったのだ。花びらが赤やピンクや黄のとりどりの色で、賑やかに庭を飾ってくれている。トマトともきっと仲良くしてくれるだろう。


 植えたばかりのミニトマトには、繊細な感じの黄色い花が3つ付いている。この花が実になるまで、経験によればおよそ3週間かかる、とても楽しみだ。

 おひさまに後押しされるかのように、わたしは水やりに、トマトは光合成に励んだ。初め2~3ミリの翡翠色だった実はやがて大きくなり黄色味を帯び始めた、と思ったら徐々に赤くなっていった。


 3週間たった!

 食べさせてね、1粒の赤い実をそっとつまんだ。茎からは青っぽい独特の香りが立つ。わたしは手のひらに載せてまるで宝石をながめるように、ミニトマトの赤い実を見つめた。愛おしくてなんだかもったいない、パクッ! 一口で食べるのは忍びないので、まず半分。甘い! おいしい! 味がよいだけでなく小さな体の中には、次の命の種もできている。すごい!


 トマトにはお米のとぎ汁、土には腐葉土に近い半発酵状態である紅茶の葉の出がらしを与えた。緑茶やコーヒーのでがらしも土に混ぜてみた。覚えている限りでは、これまで13個の実がなった。そうだ、夏の間中にいくつ実ができるか、日誌に付けてみよう! 野菜は朝採りがいいらしいから、その時に記録してみることにした。これでジョギングのほか、朝の楽しみがまた一つ増える。


 おひさまや風や雨や人や天使や妖精の協力体制により、トマトはすくすくと育っていった。枝先にはたくさんの花のついた房がある。幹が、そう、まるで「幹」のように茎が太くなった。これがミニトマトの茎なのだろうか? こんなのは初めて見る。幹の途中からは何本もの枝が伸びて、先のほうで絡まりあっていた。他には陽気なオシロイバナ、やんちゃなミント、伸びをするかのように葉をつけるイチゴなどで、庭は混雑していた。


 トマトの枝を柔らかいひもで連結させて、収穫しやすいようにしてみた。これなら快適だ!まるでトマトの木のトンネルだ。


 このトンネルは、少しの雨なら濡れることなく庭の手入れができたし、真夏の日差しも和らげてくれた。庭の外から内側は見えず、植物に囲まれた秘密の部屋のようで妙に愉快だった。小さなシートを敷いて、裸足で土に触れながらグランディングしてみたり、読書や瞑想もした。夕日が沈んでいくときの美しい空を、ここに座って眺めることも好きだった。トマトは思わぬ幸せをわたしにプレゼントしてくれた。




〔思わず書いた「ミニトマトの木」のトンネルのイラストをここに貼ったつもり]


 

 

 秋風が吹いてもまだ黄色い花を咲かせ、かわいらしい実をつけてくれた。とうとう木枯らしまで吹く季節になった。クリスマスの食卓を彩り、おせちのお重にもちょこんと乗った。雪をつけた華奢な枝先も見た。それでもなお頑張ってくれている。


 ミニトマトはよく料理の付け合わせに添えられるが、確かにそのまま食べるのが一番おいしいと思う。それでも、火を通したトマトが好きな家族のために、スープやパン、パスタ料理に加えてみたり、保存するためには斬新だがピクルスも作った。

 

 しかし、このミニトマトの溢れんばかりの愛に、わたしは応えきれただろうか? もっと何かしてあげればよかった。

 我が家の暮らし全体はVEGANであり、料理の原材料としては、野菜、果物、ナッツ、海藻、キノコを使用し、調味料なども不要な添加物のないものを使っている。前人未踏に近いような新しい食生活をしているのだから、大収穫のミニトマトを使った新メニューのVEGAN料理やお菓子をもっとたくさん作って発表して、人の健康面に貢献するとか、あるいは、トマト自体の健康のためには寒い冬の間、温室でも作ってあげたらきっと今でも元気に育っていたに違いないと思う。

 

 我が家に来てくれたミニトマトの「与える愛」には頭が下がる思いがする。それは植物全体にも言えることではあるが。


                ***


 5月22日から12月12日まで累計で2905個もの収穫があった。

まったくの自然そのままの育ち方で、美しい蝶の幼虫にも、人間にも、分けへだてなく豊かさを与えてくれた、たった1本のミニトマトの、奇跡のような豊穣にわたしは今も驚く。







[トマトの木のイラスト]

[ミニトマトの木の写真とVEGAN料理写真]




            [~すべてのイラスト&フォト:乙音 メイ]

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