第3話

第3話



  『花(芙蓉)』

 

 ランニングのたびに観察していて、またしばらくたつと、今度は、赤ちゃんが手遊びで花のつぼみを模したような、愛らしい蕾が、泥水から出ていた。その薄紅色を見て、

「まあ!ハスね!」

とこれで誰にでもわかるようになる(サトイモではない)。


 花が咲くのは、鳥や動物たちが一斉にうきうきと動き出す時間だ。ハスは動物たちのようにそのことを知っているのか、大気中に生命エネルギーの放出量が一番多いとされる日の出の少し前から咲く。

 人の健康にとっても効果的で、ヨギーも瞑想をするならその頃がお奨めだと言っている。知らずにそうしている方も多い。

 ハスの開いた花びらは、日が高くなる前に閉じてしまう。


 そのようなわけで、

「ハスの花を観に行きましょう」

となると、前の晩は早寝をして、目的地によっては三時起きで支度をする。有名なハス池で行われる「ハスの鑑賞会」はたいてい四時半や五時頃から、開花に合わせて始まる。

 早起きしても行く価値は十分にある。観たり、香ったり、写したり、愛でるのに忙しい。おまけに、地平線から一直線に入ってくる太陽エネルギーを、体で受け止められる時間帯であるから四度の大満足を味わえる。



「ぽんっ!」

 ハスの花が咲く時にはそんな音がする。

「いや、まさか」

「どうだろう?」

という論説があり、とうとう、ハス好きな方が調べてみた。

 その方は、まだ夜が明けきらぬうちから、録音機材をセッティングして、泥の中でじーっと花が咲くのを待っていた。開花時の録音は数日間続けられたが、惜しいことに「ぽんっ!」という弾けるような音は取れなかったそうだ。

 実際にふっくらした蕾を見れば、そんな音がしてもいいなと思ってしまう。むしろしてほしい、「ぽんっ!」(笑)。



 こうして一本の茎から咲いた花は数日間このサイクルを繰り返す。そして、金色に見まがうほどの黄色いゴージャスな花芯は、香りに魅かれてやってきた虫や、風の協力により、きな粉餅のように、だんだんと花粉まみれになっていく。

 閉じたハスの花の中は、よい香りのする天蓋付きのベッド、風が吹けばハンモック、虫の昼寝には絶好の場所に違いない。私もそんな場所で眠ってみたい。


 花そのものの香りについて言えば、それは、軽さの中に一種独特の香りであり、生涯で初めて遭遇した香りのため、たとえようもない。後で思い出したのだが、ラクシュミー神“LOAD Lakshmi”が来てくれたときに香ったかおりによく似ていて、多分それはラクシュミー神が好きな白いハスの香りなのだと思う。

 私もそんな素敵なハスの花の香水をつけてみたい。そう、花は香水にもなっている。


 時がたち、手のひらをすぼめたような形の薄紅色の花びらが、はらりと落ちていた。大きく開いた葉がそれを受け止めていて、まだとても瑞々しく、よい香りを放っている。私はそれを家に持って帰り、器に水を張って花びらを浮かべた。部屋の中が華やいだ。毎日水を替え、大切にした。一週間くらい香りと色で楽しませてもらった。ありがとうハス。

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