第39話手術ロボット「ダヴィンチ6000」
そうだ、麻衣さんが一緒に走っていたはずなのに姿が見えない。
すこし離れたところに横たわった人の影があり駆け寄る。
「麻衣さん」麻衣さんが倒れている。服に血の赤い染み。
腹部に戦闘ドローンが爆発して飛来した破片の金属、槍のような金属棒が突き刺さっている。金属片の刺さった位置から内臓の損傷は間違いない。
「レジー、ここから医療機関に救助を要請して助かるか?」
レジーが怒りを含んだアニメ声で言う。
「彼女を助けるの?シュン君また殺されちゃいますよ。レジーターミナルも彼女に叩き壊されたし」
「いいからレジー、救助要請で助かるか?」
「この地点からの距離で損傷部位と出血量を計算すると、救急車では間に合わないわ。麻衣さんが持ってきたトレーラーの中に手術支援ロボットダヴィンチ6000があるわよ。教えたくないけど私がコントロール可能だわ」
こんな外傷にダヴィンチ?内臓ポリープじゃないんだよ。
「レジー、知っているだろうが、ダヴィンチは体に小さな穴を開ける腹腔鏡の手術が専門で、こんな外傷には使えないよ」
ナビゲーションボイスが話す。
「手術支援ロボットダヴィンチ開発のきっかけは1990年の湾岸戦争と米国海軍です。米国から非公開の戦闘外傷対応のダヴィンチプログラムを入手しました」
「そんなものがあるのか!よし急いでトレーラーに運ぼう、新型のダヴィンチ6000なんて写真でしか見た事がないけど。麻衣さんの運搬補助にドローンを頼む」
ドローンが数台飛んで来た
「早く真衣さんを支えて!」
痛みをこらえて麻衣がつぶやく。
「ラズベリーAIシステムが自発的にあなたの命令を聞くのね、初めて見たわ。マルウェアを使ったシステム乗っ取りなんかじゃ無かったのね」、
自動モードのドローンに麻衣の片腕を預けて、止血を行いながらトレーラーに連結された後ろのコンテナに乗り込む。
「レジー、滅菌道具や麻酔はあるか」案内ドローンに映るレジーが言う。
「トレーラーの中に準備されています。全身麻酔は出来ませんね、キシロカイン局所麻酔のみでやります」
麻衣の傷の周りの衣服を切り裂き、患部を消毒。表面麻酔薬を塗る。
ロボット手術と言っても、患者がカプセルに横たわれば全自動でやってくれるものじゃない。手術ロボットは切ったり傷口を医療用ステープラで縫ったりは出来るが、患者の消毒や麻酔、手術台への固定、手術中の吸引、四本のロボットアームの先に付けるたくさんの種類のインストゥルメント交換なんかは人間の看護師や医療エンジニアがやらなくてはならない。
麻衣さんの手術台へのセットの間にレジーが損傷部位の複数画像から三次元モデリングを完了した。
医療ユニットにあったバイタル系のデータ収集コンソールは幸いAIインフェースだったので、直接レジーが見る事にした。レジーがナビゲーションボイスで手順を読み上げて、僕がサポートで動く。(こういう時はアニメ声じゃない方がいいね)
「レーザーターゲット固定、ファーストエントリ完了。患者とのドッキング開始。モノポーラインストゥルメント挿入、ステープラーセット」急げ。
「レジー、渡瀬の友達がこの機械を素人の見よう見真似で使って僕の頭を切るつもりだったとしたら、僕は早く死んでいたほうが最も幸運な状況だったよ。」
ナビゲーションボイスのレジーが指示する
「2番アームにバイポーラを交換」バイポーラをアームにセット完了したとたん警告音が鳴った。
「シュン君、このバイポーラは既定の10回を使い切っています、このままではシステムエラーで使用できません」(なんと僕の前に10人も気の毒な犠牲者がいたか!)
「ここには予備のバイポーラインストゥルメントは無いぞ、レジー、モノポーラで代用できるか」
「代用不可能。装着済のこのバイポーラが使えないかやってみます。ダヴィンチ6000のデバイス履歴管理センサーを無効化、該当バイポーラの立体画像を診断中。微細な摩耗部分を計算して手術誤差を動作計算に組み込みます」
「2番アームのバイポーラ使用可能になりました」
緊迫した手術が再開された。
損傷した内臓の複数の出血部位を特定し、ダヴィンチ6000、4本の手術アームは驚くべき速さで出血を止めてゆく。
「皮膚ステープラ完了」
麻衣さんの損傷部位、最後の縫合が終わる。
僕がドレーンチューブを慎重に避けながら、傷口を全部覆う治療促進用のメディカルパッドを貼る。
輸血用の血液は無かったが、全出血はレジーの推定計算で412.6cc程度、この程度ならなんとか大丈夫だ。
アニメ声に戻ったレジーが言う
「手術完了しました。シュン君!初期対応にインストゥルメント交換ではなかなか手際が良かったぞぉ。ほめてあげます」
「これが僕の本職だよ、レジー」
それにしても麻衣さんは局所麻酔だけで、痛かっただろう。
気丈な人だ。
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