第30話終わらない悪夢

金融庁の個人預金封鎖で納まるかに見えた騒ぎは、終わらなかった。

霞が関の一室で政府の幹部を集めた緊急会議がまた開かれていた。

外務担当官が話す


「総理、米国からはサイバーテロリストとの取引には絶対に応じない事を望むというメッセージが入りました。他のヨーロッパやアジア諸国からも同様のメッセージが入っています。各国はこの事件を完全にテロ行為と見て我々の動向を注目しています」

既に日本政府への脅迫は海外のメディアでも大きく報道されていた。


外務省の幹部が言った。

「世界で初めて国を脅迫したサイバーテロです。我々に先行した悪い前例を作られたくないのでしょう」

与党幹部でもある一人が言った。

「我々が仮に身代金を支払ったとして、果たして犯人はデータをどのようにするつもりなのか。我々は100万人のデータを消したという犯人の言葉を信じるしかないのか。こんな犯罪者の言葉を信じていいのか」


官房長官が向かいに座っている技官に聞く。

「犯人が持っているデータが完全に消したという証明はできるのか?」


技官が説明する。

「消したと言って、どこかに密かなバックアップを置いているかも知れません。犯人自身、持っていた100万人分のデータを完全に消去したというエビデンスは出せないでしょう。犯人のシステムが無傷で手に入れば、構造を分析してバックアップの痕跡を追跡出来ますが。今のところ、官房長官のおっしゃった通り、犯人の言葉を信じるしかありません」


総理が決断する。

「犯人の要求は断固拒否する。期限の3日を引き延ばせ。犯人を撹乱するためにその指定する仮想通貨を一部政府で買い上げを開始しよう。こちらが要求に応じるふりを見せて、時間を稼ぐあいだに、なんとか犯人を逮捕して国民100万人のバイオ認証データと個人情報を守るんだ」


部屋に入って来た官僚が言う

「報告です、新しい犯人の動きです。今まではサンプルとして送られた100人の方以外の口座情報を多重債務者に送付するという、犯人がハッピーメールと呼んでいる手口の被害が多かったのですが、昨日の預金封鎖により被害は納まりつつありました。

しかし犯人は我々の預金凍結を知って、今度は不特定多数の人に、個人情報そのものを送り付け始めました」


「どんな内容だ」


「多分顔認証データからとられたであろう本人の顔写真、住所生年月日や家族構成、学校や勤務先、通っているスポーツクラブ、自動車のナンバー、親しい友人、SNSの複数の写真のコピーと過去に出したメール、銀行の口座情報や預金金額などをワンセットにしてデータを不特定の人に送っている事が判明しました。これを犯人はラッキーメールと名付けています」


「人のプライバシーを勝手に見知らぬ誰かに送るということか。しかしそれじゃ、金銭的な被害にはならんだろう」


官僚が答える

「このラッキーメールと名付けて個人のプライバシーデータを送られている被害者は女性と子供です。直接金銭の被害にはつながりませんが、安全上は大変問題があります。

というのも、ラッキーメールを受け取ったと通報があったケースでは一人のプライバシーデータが少なくとも二人以上に送られています。文部科学省と相談して、至急全国の学校でこの事に対する注意を呼びかけました。プライバシーデータが公開されたと判明した子供や女性がいる地域では、住民による自警団が組織されました」


「自分のプライバシーを誰が手に入れたのかわからない、自分の前に現れる人が実は自分のプライバシーを握っているかも知れないということか」


話している官僚にメモが入る。官僚はメモを見て続ける。

「更に悪いことが判明しました。流出した小学生の女の子の学校の近くでハッピーメールを持った男が先ほどの自警団によって捕まりました。自分のスマホに児童ポルノの画像を多数入れていたそうです。ハッピーメールが多重債務者を中心に送られたように、このラッキーメールは無作為ではなく児童ポルノサイトの会員だった人、過去に女性や子供へ対する性犯罪を起こした者中心に送られた形跡があります。このハッピーメールも受け取った人間すべてが警察に届け出を行っているとは思えません、」


「なんということだ、まるで犯罪を起こしてくれと言っているようなものだ。警察に頼れず自警団か、このままでは日本は無法地帯になってしまう」



「総理、世論が厳しく我々を非難しています。早く我々の税金で身代金を払って解決しろと」

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