第29話誰かにプライバシー情報が送られている

テレビのアナウンサーが厳しい顔で話し出す。

「ここで犯人に関する新たな情報が入りました。金融庁の預金凍結命令を受けて犯人は別の攻撃を仕掛けてきました。

特定の個人の情報を一式セットにしたもの一人分を複数の人に送るというものです。警察に複数の届け出があり判明しました。

実際に送付された情報で確認がとれているものは、流出した顔認証データからとったと思われる本人の顔写真、指名住所生年月日と家族構成、電話番号、学校や勤務先、所属しているクラブなど、自動車のナンバー、親しい友人名、SNSの複数の写真データと内容、過去に出したメール、銀行の口座情報と預金金額などです。

内容は個人により違います。

このプライバシー情報を添付したメールを犯人はラッキーメールと呼んでいます。

メール本文には私の事を知ってくださいといった内容が書かれていたということで、警察はこのメールを受信した場合は内容を開封せず、直ちに地域の警察に連絡するよう呼び掛けています」


横から原稿が差し出され、アナウンサーが眉をひそめる。

「続報が入りました。このラッキーメールで個人情報送付のされてしまった方は、若い女性と小学生から高校生までの学生がほとんどということです。

本当に卑劣な犯罪です。一刻も早く犯人の逮捕を望みます」


ある地方の商店街。田中ふとん店と看板がある。ふとん店舗とつながった裏の自宅で小学生の娘を持つ両親が話している「ねえあなた、うちの子の情報が誰かに送られていたら心配ねえ」

子供は学校に送り出した後だ。

「銀行の騒ぎの後は個人情報だ。預金は凍結されるし、客も少なくなっているのにまたこれで客が減るぞ」


電話が鳴り田中ふとん店の主人田中が取る

「・・・わかりました、すぐ行きます」「どうしたの?」


「地区の自治会で通学路を中心に町の警備をする事に決めたらしい。駐在のミヤちゃんが言うには、差し障りがあって公式には発表していないが、このラッキーメールの送付先は過去に犯罪歴を持つ人に送られているらしい」

「犯罪歴ってあなたまさか」

「子供と女性への犯罪歴ということだ」

「そんな、そんな人にうちの子の情報が送られたかも知れないの」

「ああ、その可能性が高いらしい。送った人も送られた人も誰かわかりゃしない。送られた場所も日本国内としかわからないから警察に警備を頼んでも手が回らないらしい。もう自分たちで自分を守るしかないんだ」


ふとん店主人が急いで向かった自治会の集会所では、商店街のTシャツショップの協力により、警戒にあたる人が一目でわかるようにお揃いのTシャツが印刷され配布されていた。

赤いTシャツには黒で(銀座商店街 自警団)と大きくプリントされている。


「おおい、これも持って行ってくれ、寄付するよ」

スポーツ用品店の主人が軽トラックで乗り付け少年野球用の細く短いバットを大量に持って来た。数人がすぐ手に取って振り回し具合を確かめる。


雑貨店の主人が叫んだ「俺に,おれに今ラッキーメールが来た・・・」

主人を見る周囲の人の目がとても険しくなる。

「お前、まさか」 

「違う、俺は犯罪者なんかじゃない、この年になるまで清廉潔白とは言わないが女や子供に何かしたことは一度だって無い!」

「ラッキーメールは俺たちも本物はまだ見たことがない。

開けてみてくれないか。こんなに大勢で見るんだ大丈夫だろう」

周りも賛同する

「それじゃ」

スマホを操作する雑貨店の主人「え、本文にはなにも書いてない、添付ファイルもない」

それはたちの悪いイタズラだと誰かが言う。斎藤さんがそんなことする訳ないよと声が聞こえる。


自警団の赤いTシャツを着た自治会長が言った。

「それじゃみんな、行こうか。見慣れない奴や、他県ナンバーには特に注意していこう」


事件を受けて学校は緊急の学級閉鎖を決めた。

「おい、あの車を見ろ」

小学校の脇に止まった他県ナンバーの車。車内で初老の男がスマートフォンを操作している

車は学校からはよく見えない位置に停車している

銀座自警団の数名が姿勢を低くして車に近づく 数人が車のボディに張り付いた。

一人が合図で運転席のドアの下にしゃがみ込み、男が操作しているスマートフォンをそっと盗み見る 子供の写真らしい画像が写っている

「それ」

合図で運転席のドアを開けると、男は驚いて自分から外に飛び出した。

自警団の数人が取り押さえる 男は抵抗もせずに大人しかった。


地面に落ちた男のスマートフォンを拾い画面を見て息を呑む


「田中さんこれ、あんたのとこの 」

そこには田中商店の娘美和子の可愛くVサインをした写真が写っていた。


とても良く撮れたので、母親が自分の友達だけ公開にしているSNSに上げた写真だ。

美和子の父が「この野郎」と言って男の尻を少年野球のバットで叩く。大げさに痛がって倒れた初老の男を更に打とうとして、皆に止められた。

「田中さん、あんたが捕まっちまう」

連絡を受け急行したパトカーは男を押し込んで警察署に急いで戻って行った。

男はパトカーに乗せられる時にラッキーメールがイタズラじゃないかを確認して、本物だったら警察に届けようとしていたのだというような意味の事を叫んでいた。


後から別に自転車で来た、顔見知りの駐在ミヤちゃんが署と無線で話している。

ミヤちゃんは非番の日は髪をオールバックにしてアロハシャツを着てスナックで朝まで歌っている、商店街の仲間と言ってもいい。

「うちの娘が危ないとこだったよ、ミヤちゃん、本部は何て言ってる。

あいつはチカンの常習犯か?」


「了解しました」

本部との無線を切ったミヤちゃんと呼ばれた駐在の顔が強張っている

「いえ、あの男には過去の犯罪歴は無かったそうです」


 なんだ、本当に興味本位のヤツだったのか、少し懲らしめすぎたかとの声がして安堵の空気が自警団の皆に流れる。


顔が強張ったままの駐在のミヤちゃんが続ける。

「男には犯罪歴は無いのですが、男のスマホから児童ポルノ画像が多数見つかったそうです」


自警団の人々の顔に驚きと怒りが浮かぶ。

「ミヤちゃん一人だけじゃとても手が回らない。こうなったら、学校にも相談してPTAや消防団、シルバーセンターにも見回りの協力をお願いしよう。一体政府はなにをやってるんだ」


美和子の父は家に戻った 。

「犯人が捕まったんですって、ご苦労様」

「お前があんな写真をSNSに載せるからだ」

「友達の友達迄しか公開しない設定だったのよ」

電話が鳴る

「あなた駐在のミヤちゃんからよ」

直ぐに電話を替わる

「おいどうした」

ミヤちゃんから仔細を聞いた田中ふとん店の主人は、押し殺した声で妻に伝える。

「東京でラッキーメールを警察に届けた人がいて、その人のメールには美和子の個人情報があったそうだ」

母親が持っていた鍋を取り落とし、大きな音が響いた。

母親の手と声が震えている。

「美和子の個人情報を持っているのは捕まった男一人だけじゃ無かったのね、一体何人に美和子の個人情報が送られてしまったの」


あるタワーマンションの一室


男が妻と話している

「俺にもラッキーメールが来てしまった。どこかの女の人の個人情報みたいだ」男性が困惑したように妻に話す。

「やめて、子供もいるのに。このメールが届くのは児童ポルノサイトをみた人や、性犯罪者ばかりだって」

男性は本当に困惑しているようだ。

「俺は誓って絶対そんなことはない、心当たりも無いんだ」

「でも警察に届けると、サイバー調査とかが来てスマホや自宅のパソコン全部持っていかれて、内容を調べられるそうよ。そんな事になったら大変だわ。

だって、マンションの人にもあなたが変な人だって誤解されるわ。

直接言ってくれる人にはきちんと説明するけど。

うちには小学生の子供もいるのに。学校に伝わったら、ここに住めなくなるわ」

そういって妻は泣き始めた。


思い詰めたように妻が言う。

妻は携帯電話会社のショップで働いていて、スマホに詳しい。

「そう、このメールは警察には届けないでおきましょう。知らなかった事にするのよ。もし、犯人が捕まって送信先が判明したらスマートフォンの中身を調べられて変に消していると疑われるから、その誰かのデータは消さずにこのままにして本体を保存しておきましょう。

あなたは、そのスマホのSIMは抜いて、新しくSIMフリーのスマホを買ってきて差し替えて使うのよ。サーバに残っているメールのコピーは消す設定にする」 


男が聞く。

「この女の人の個人情報はずっとこの世から消えずに、そのスマホの中にあるということか。もしかしたら何年も」


「仕方ないわ。こんな大切な個人情報をしっかり守らなかったその人も悪いのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る