第22話正義の味方AIマスター
僕は「なにか思い出したたらここに」と言われて持っていた甘粕刑事の名刺を見て電話した。
「甘粕さん、VOXエンタテイメント社がサイバーセキュリティ調査を依頼したセキュアブレイン社はサイバー犯罪を組織的に行っています。大量のバイオメトリクス認証データを使って、政府を脅迫しようとしています。証拠も手に入れました。」
電話の向こうで甘粕刑事はたまたま僕の自宅近くにいたらしい
「シュン君よく教えてくれた。詳しく話を聞こう、盗聴されなくて人目とドローン監視カメラに映らない所がいい。君の所から1ブロック先の昔の中央センタ-ビルの3階で待っていてくれ、広瀬と行く。あそこは昔のデータセンタビルで、内部はがらんどうだがビル筐体に組み込まれたデータ通信の遮断構造は当時のまま機能しているよ」
電話を切った甘粕刑事は広瀬刑事の方を向く。
彼らは密かにシュンの自宅を監視していたのだった。
「広瀬、本部に連絡して警護の救援を要請してくれ。AIマスターを捕まえる」
「わかりました、私のスマホで連絡を送ります」
警察の自動運転車は、急発進して中央センタービルに向かった
昭和に建築された巨大なデータセンタビル。元々は電電公社とかいう公営の電話会社の所有だったとか。
今では想像も付かないが、当時の有線電話は国家的に重要な社会インフラを担っており、大災害にもその機能を失わないように地震、爆破に耐えうる強固なビルを国費で作ったそうだ。当時の巨大な機械式電話交換機は無くなった後、強固なビルと重量物にも耐える構造、非常用電源設備はそのままデータセンタに使えるということで、システム会社が巨大なデータセンタに変貌させたが、ついに法定耐用年数が過ぎたのだろう。今は廃墟だ。
僕は内部の機器や設備、窓や扉は全て持ち去られ、コンクリートの上に貼られたデータ通信のミリ波電波遮断用フェライトシートがむき出しとなった建物の中に入った。
「レジー、ここからはデータ通信が途切れるけど安心してくれ」
(ライブが終わったレジーが帰って来た)
「はあい、このエリアのAIインタフェース機器を使ってビルの外は監視しているから、危なくなったらビルの外に出てきてね」
廃ビルに入ると、データセンタ時代に壁に埋め込まれた電波遮断構造でレジーターミナルの通信が切れたのがわかる。
電子侵入を阻止する外データ通信遮断機能は健在のようだ。
がらんとした室内に足音が響く。甘粕刑事と広瀬刑事が現れた。
「シュン君、良く知らせてくれた、それでどういう証拠をつかんだんだい」
僕はスマホを取りだした。
「ここは電波が届かないのでオフラインの内蔵メモリ上に保存したデータの一部をお見せします。ラズベリーAIが分析したものです。ただAIの能力制限があって、これ以上の分析が出来ないのです」
「それはAIのデータなんだね。どれ見せて」と言われて、僕が差し出したスマホの右手を甘粕刑事が素早い速度でがっちりと掴んだ。
「甘粕さんどうしたんです?」
刑事の目が笑ってない。
「君を公共AIシステムに対する不正アクセス禁止法の現行犯で逮捕する」
厳しい声で甘粕刑事が言う。
僕は驚いて聞く「甘粕さん、なぜ」
「君は国有財産であるラズベリーAIシステムに不正なソフトウェアを侵入させて自分の思い通りにAIを動かしているね。AIマスターは君だ」
「甘粕さん違います、そんな事よりセキュアブラッド社が大勢の人のバイオメトリクス認証で政府を脅迫しようと・・・・」
「わかった、わかった。話はゆっくり署で聞こう。広瀬、連れて行くぞ」
突如のくぐもった銃声
僕の手を掴んで連行しようとしていた甘粕刑事が目を見開いてゆっくり倒れる。
甘粕刑事の後ろにいた広瀬刑事の構えた銃から小さな煙が立ち昇る。
広瀬刑事はその体制のまま僕に銃口を向けていた。スミス&ウエッソン38ポリスタイプ。
西暦1899年から今に至るまでのロングセラーの回転式拳銃で、当然だがレジーが発射を止められるようなAIインタフェースなどは無い手動。
気の弱い好青年顔が冷酷に豹変した広瀬刑事が言った
「残念だが甘粕さんに頼まれた救援は呼んでいない。
組織の秘密を知った君には死んでもらおう。安心しなさい。苦しまないように即死ポイントをしっかり狙うからね」
とっさに僕は走った。姿勢を低くしてダイブ。背後に銃声が響く。
耳元を銃弾が掠めた(気がした)
1階下に降りて、同じような構造の2階を走る。
ビルの外に出ればレジーがいるはずだ。
広瀬刑事が追いかけて来る。まだビルの外に出られない、思い切って2階から飛び降りるか・
突然、僕の背後から飛翔体のキーンとした音が刑事の方に向かうのが聞こえた。
銀色の小型ドローンが銃を持った広瀬刑事の手に体当たりして銃を跳ね飛ばした。
唸り音、大きな複数の唸り音がする
広瀬刑事が地面に落ちた銃を拾い上げた時、データセンタ跡の2階フロアには僕と広瀬刑事の間に無数のドローンが間を遮るように浮かんでいた。
ビル周囲を飛んでいた100台以上のドローンが僕を守る為、瞬時に僕の前に集結したのだ。
監視カメラドローン、高架の点検ドローン、交通指示ローン、ビルメンテナンスドローン、高層階の大型クリーニングドローン。
「通信ルータードローンで外部とブリッジ接続しました」
復活したラジーターミナルが僕に知らせる。
外部との通信を確保する黄色の空中通信ルータードローンが一定間隔で点々と浮かんでいるのが見える。
そうか、複数の無線通信ルータードローンが連携して、電波遮断エリア内までの無線データ通信経路を確保したのだ。
100台以上のドローンが浮揚しながら僕の周りを守るように取り囲む。 様々なモーターとプロペラの飛翔音が響く。
アニメ声が言う
「ところで、シュン君」
「なんだ、レジー」
「私の事、好きですかぁ?」レジー、切羽詰まったこの場で聞くことか・・
やけくその僕は答えた
「ああ、好きだ。レジー、君を愛してる」
銃を僕に向けた広瀬刑事の背後にも様々なドローンが集まり、広瀬を包囲する。
「これがAIマスターのシステムを自在に操る力か」驚きを隠せない広瀬が言う。
「甘粕のジジイの言った事は本当だったのか。一体何なんだ、お前は」
映画のヒーローなら、勇敢に名乗りをあげるとこだろうがやめた。
何を言ってもどうせ多数のドローン飛翔音で聞こえないだろう。
「お前は危険すぎる」広瀬刑事が僕に向かって発砲した。
スミス&ウエッソン38ポリスタイプの銃声に続いた金属音が3回続き、倒れたのは広瀬刑事だった。
「レジーどうなっている?」
「広瀬刑事の拳銃から発射されるスペシャル弾の軌道と角度、初速を計算して、3体の建築現場用ドローンを連携させて発射位置に弾丸を跳ね返したのよ。通常私は人を攻撃できないけど、シュン君がやっと私を好きだって言ってくれたので、シュン君を守るために暴走できたの」
弾丸は広瀬刑事の心臓に命中してほぼ即死状態だ。
「レジー、相手は国や警察の内部にも深く食い込んでいるようだ。一体誰を信用していいのか」
そのまま僕はレジーと多数のドローンを引き連れて、ビルの外に出た。
建物の陰から二台の車が出てきて停まり、車からセキュアブラッド社の渡瀬が、数人の部下と共に現われて言った。「そこまでだ」
僕が右手を突き出すと、一群の小型ドローンがスピードを上げて突っ込んで行く
多数のドローンに守られて安心な状況。
僕は今度こそ勇敢に名乗って悪を斬るの思いでポーズを付け
「渡瀬!何を隠そう、僕は正義の味方の・・」とまで言った時、突然、レジーターミナルの通信状態を示すランプが青から赤に変わり通信断を知らせた。
直後にぼくの周囲を取り囲む100台近くのドローンがコントロールを失って一斉に落下し、地面に当たって乾いた大きな音を立てた。
別のオリーブドラブに塗装された直径1mはある大型ドローンが2台、僕の前に飛んできて静止する。
ドローンの下についている銃口のようなものが、僕を狙う。
これはまさかの、映画ターミネーターでしか見たことのない対人攻撃用ドローン?
渡瀬が言う。
「残念だったな、正義の味方。
広瀬から連絡があった。
お前が謎のAIマスターらしいな、お見事。だがここまでだ。
ラズベリーAIは今、AIマスター対策の為に性能制限を受けていて能力が低い。
この地域のAIインフラコントロールはうちのAIが乗っ取った。
この対人攻撃用ドローンはうちのAIインタフェースの指令で動いている。
ラズベリーAIシステムはこのエリアでは何もできないぞ。」
踵を返して、僕はまた出てきたビルの中に飛び込む。
ここならデータ通信用の電波が遮断されてドローンはコントロール出来ずすぐには追ってはこられないだろう。
階段で2階に上ったとき、 僕の前に麻衣さんが現われた。
「麻衣さん、大変だ」
麻衣は見たことも無い厳しい顔をしてシュンに言った
「大人しくして」
麻衣さんの綺麗な回し蹴りが僕のこめかみに凄まじい速さでヒットし、僕はふらふらになった。
渡瀬が部下と共にシュンのところに階段を上がって来る
「麻衣、グッドタイミングだ」
3階に甘粕刑事を回収に行った部下が報告する
「広瀬が撃ったはずの年寄りの刑事がいません。
出血の跡だけです、怪我をしているはずです。」
「ジジイまだ生きていたか。広瀬は死んでも使えない奴だな。このビル全体をドローンで捜索しろ」
「それがこのビルは元データセンタで電波遮断構造なのでドローンが使えないのです、二人でこの大きなビル全体の捜索は無理です」
渡瀬が言う
「まあいいそれじゃ戻ってこい。
そんな怪我じゃジジイは必ずどこかの病院に行くだろう、病院と警察の受付データを監視しろ。見つけ次第消せ。
向こうには何の証拠もない 広瀬の死体は痕跡も合わせて処理しとけ」
僕は情けない格好で追いかけて来た渡瀬の部下2名に両腕を捉まれ、車に乗せられた。麻衣さんは残る。
後部座席の僕の両隣は悪人面の渡瀬の部下に固められている。車の両脇を並行して飛ぶ2台の対人攻撃用ドローン。
「おい、マスター。誰も出来なかったラズベリーAIシステム侵入に成功し、意のままにインフラAIを操る超天才。
周囲のドローンを全部呼び寄せて自分を護衛させるというのは初めて見たよ。
お前の脳みそには色々と教えてもらう事がある 」と落ち着いた声で助手席の渡瀬が言った。
(いえ、なんかの間違い、人違いじゃないですか)
と口にテープを貼られて話せない僕の心の声。
旧データセンタビルの中。
甘粕刑事は広瀬に撃たれた胸の出血を抑えながら物陰に隠れていた。
がらんどうのむき出しのコンクリートの建物は声が遠くまでよく通る。渡瀬の声が聞こえる。
「病院と警察の受付データを監視しろ。見つけ次第消せ」
彼らはそんなところにまで深く食い込んでいたのか。
甘粕は朦朧とした意識の中で考える。
このまま病院に行けば、気を失っている間に身元を調べられて警察に報告され、彼らの言うように意識のないままに消されてしまうだろう。
甘粕は警察手帳や免許証、財布、電話など、自分の身元が分かるものを全て取りだしビルの壁面に残る消火設備のホースケースの中に隠した。
そろそろ限界かもしれない。
渡瀬たちの去ったことを確認してビルの外に出る。
傷口を押さえて壁に寄り掛かりながら、場所を知っている病院のほうへ向かい歩き出すつもりだったが、甘粕の意識はそこで途切れた。
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