第9話セイシュンの女神

箕輪中央駅のファミレス。

VOXエンタテインメントの女性担当者から、レジーが動画サイトに投稿して、ネコネコ超会議で勝手に披露した僕の曲(君のプロトコル)の件で会いたいと連絡があったのだ。

VOXエンタテインメントのエージェントの女性は一人でやって来た。

名刺はVOXエンタテインメント開発部の山口麻衣さん。

グレイフラノの地味なビジネススーツ。

化粧も地味で眼鏡をかけていて背が高い細身の女の人だ。

年齢は30歳を半分超えたくらいか。


「・・・・・・というわけで、今後も作詞、作曲を継続的なご職業にされないおつもりでしたら、河原さんが作曲された(君のプロトコル)についてマルチメディアも含む版権を我々、VOXに一括してお任せいただいた方が河原様にも大きなメリットがあるものと確信しております」


まあ、レジーがステージで歌う前は総アクセス数82(多分そのうちの何回かはアップロード確認テストで聞いたもの)の曲、どうせメインで歌うのはレジーだし版権はVOXエンタテイメントに任せて構わないさ、と思っている。

でもそんなことはどうでも良く、先ほどから大変気になっている事があるのだ。

思い切って聞く。男は勇気を出して聞く。


「あのう、山口さん。山口さんは解散したアイドルグループ RZ25のもとメンバーだった桜井麻衣さん、ですよね」


山口さんの眼鏡の奥が驚いたようだ、

「お若いのにRZ25をご存じですか?」

「知ってます、というよりRZ25は中学前半時代の僕の青春でした」

山口さんは微笑した。

「売れないアイドル時代の事をご存知の方が目の前にいらっしゃると照れますね、25人のグループの中で、私は神セブンどころか人気投票も超低空飛行で、色々と限界を感じて24歳で引退した後にVOXエンタテイメントの社員になりました」

 そんなことは無いっ、確かに桜井麻衣は一般受けはしてなかったかも知れないが、一部の熱狂的ファンがいたじゃないか。(僕のように)

麻衣さんは恥ずかしそうに言う

「私は背が少し高いくらいで、ダンスも歌も人一倍練習しないと覚えられなくて。皆に付いていくのがやっとだったんです」

僕の頭の中の仮想ディスプレイに当時のRZ25の踊って歌う姿が再現された。

麻衣さんはグループの中では目立たなくて背が高かったせいか、ポジションはいつも一番後ろの列だった。

でも決して踊りが下手じゃなかつた。

いや、アイドルグループRZ25のドラマや映画、バラエティであまり恵まれた役は確かに無かったが、アクションをやらせたら抜群だった。

なんかのバラエティで見た長い足を使った回し蹴りはとても素人じゃなかった。

RZ25を含むVOXエンタのアイドルグループ全体でアクションドラマをやる事になって、全員がトレーナーについてプロレスの技を教わった時には、トレーナーから真剣に女子プロ入りを薦められた話だって聞いている。

(この話の続報は、あまりの技のキレの良さにアイドル出の主役カタ無しなので、肝心のドラマではアクションシーンが無く少ししか出られなかったと言うオチが付いた)

「そうですか、当時の箕輪市立第9中学(僕の周り)では麻衣さんはダントツ人気のアイドルでしたよ」

「それは、真剣にありがとうごさいます」麻衣さんが少し笑った

「あの、麻衣さんとお呼びしていいですか?」

「どうぞ、構いませんよ。麻衣は本名ですから」

突然「ウー」ここでなぜかラジーターミナルが救急車のようなサイレン音を出し始めた。

「AIターミナルどうかしましたか?」

「うーん、これは自分で作ったのですが最近調子が良く無くて(ウソだ。こんな事は今まで一度もない)」

サイレン音が止まる。

「もう一杯コーヒーを頂きますね」

麻衣さんがファミレスのセルフドリンクエリアに向かい席を立つ。

「レジーなんて事をするんだ、静かにしてくれ」


「なーにさ、セイシュンの女神だかなんだか、言いなりになっちゃってさ!デレデレしてみっともないわよ」

怒りモードの大声がイヤースピーカーから聞こえてくる。

戻って来た麻衣さんは、コーヒーを飲んで顔をしかめた。

「熱い!砂糖を入れ忘れたのしら、ブラックのままだわこれ」

僕は心の中でつぶやく

(レジーここのドリンクマシンは温度調整と砂糖のミキシングにAIインタフェース入っているよね。麻衣さんのコーヒーを熱くして砂糖を入れないようにしたよね)


社に報告するので先に帰るという麻衣さんは、ファミレスの出口で自動ドアが中々反応せず、開いたと思ったら今度は素早く閉まるドアにカバンを挟まれた。

麻衣さんは挟まったカバンを周りの人に手伝ってもらい引き抜いて帰って行った。

「レジー、ここのドアにはAIインタフェースがコントロールしているのか」

いつものアニメ声じゃなく、ナビゲーションボイスの特に機械チックな声でレジーが答える。


「歴史的建築物として残っている自動ドア以外の全ての自動ドアはAIインタフェースが挟み込み防止のセンサーと開閉モーターを制御しています」


「今、麻衣さんがあの自動ドアに挟まれたよねえ」

ナビゲーションボイスが言う

「そうでしたか、ドアセンサーが私に送ってきた信号は正常でした。ドアのセンサー感度が低下しているのかも知れませんね」


(・・絶対センサーの故障じゃないね。レジー、そのよそいき声は何)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る