第8話VOXエンタテイメント芸能事務所

都内有数の高路線価地域にそびえるメディア帝国のVOXグループ本拠はアサイラムビルの100階から130階を占拠していた。最上階の130階特別会議室。壁面の超大型スクリーンには「エル・ベリー」の画像が映し出され、VOXグループホールディングスの総帥、末野義弘を中心とした巨大な円形の会議卓の周りにVOXグループの幹部が集まっている。

VOXエンタテイメントの法務部門責任者が話す。「海外のエージェント経由で版権者を名乗る謎の人物からエル・ベリーの3D元データと声紋データ、サンプル、設定資料一式が送られて来ました。当社に提供する用意があるとのことです。エル・ベリーを国内法の17歳の未成年に準じて扱う限りは、今後10年間無償で当社に版権を委託するそうです。但し当社に通告なく非営利のイベント等で版権者がエル・ベリーを登場させる場合があるとの事」

腕を組んだ末野代表が聞く「他の条件は」

「ふたつあります、ひとつはエル・ベリーの自然会話アルゴリズムとキャラクター設定にラズベリー AIシステムの特定のインタフェースアドレスを指定してきました、この方式だと我々が関与することなく、AIシステムのコントロール下でエル・ベリー人間と同じように自分で考えて歌ったり、会話が出来るようになります。本当に生きているような自分で歌って踊って話せる自立型のバーチャルアイドル、発想は画期的です」「AIインタフェースアドレスの内容はどうだ。自発的にとんでもない事を勝手に話しだすようじゃ人前に出せないぞ」「ラズベリーAIの特定のアドレスで形成済の性格についてはキャラ設定を調査しました。コンプライアンスに抵触するようなものもなく、人間に例えれば正しい常識を持った真面目で性格の良い女の子に設定されています。当社は白紙状態からデータを集めてキャラ設定する必要は無くなりました」

「そして、その版権者というのはどこのどいつなのだ」末野代表が聞く。

VOXエンタテイメントの法務部門責任者が眼鏡を少し持ち上げて言う

「もう一つの条件が、委託先の我々にも版権者の正体を伏せる事でした。だから海外のエージェントを使ったのですね。版権の無償委託をすることから見て、自分のコンテンツに人気が出ることを密かに見て喜ぶだけのヲタク系人物でしょう。悪意は無さそうです」

末野代表が身を乗り出す。

「よし、VOXで総力をあげてこの子、「エル・ベリー」を売り出して行こう!版権者は謎のままだが、権利関係はこれでクリアになった。エル・ベリー デビューバーチャルライブ全国ツアーの予定を組め。プロモーション用の事前配信コンテンツも準備しろ。曲のダウンロードサイトをどこにするかは各社の入札で決めよう、ノベルティ屋にはデザイナーを至急確保するように連絡、海外の海賊版グッズには法的措置を直ちに行使するんだ」

組んだ腕を下し、高価な代表専用チェアに身を沈めた末野代表が言った。

「ビジネスはこれでいいとして、ところで音無ECHOのライブがハッキングされた経緯はわかったのか?セキュリティホールが不明のままではまずい。次は今回のように結果オーライとはいかないぞ」

VOXセキュリティ社、太ったスキンヘッドのシステム責任者が話す。

「すみません、実はステージライブをハッキングされた方法がまだ不明なのです。代表、これを見てください」超大型スクリーンに時間軸が横に伸びたチャートが映し出された。「拡大します」

「これは音無ECHOのコントールがハッキングによって我々から奪われた時点のシステム側タイミングチャートの記録です。明らかにハッキングされたにも関わらず、CPU使用率や他の数値はマイクロ秒単位で異常ありません。通常はこのシーケンスが他に切り替わる時に、極小のタイミングで空白時間や負荷が発生するはずですが、ここには全く見られません」

末野代表が聞く「それはどういう事だ」

「我々の音無ECHOライブシステムはハッキングなど、外部から侵入はされていないということです」

「そんな事があるか!このエル・ベリーというバーチャルアイドルが音無ECHOのライブで歌っている映像を見れば誰だってハッキングでライブのシーケンスに侵入されたとわかる」

「そう、そこが問題なのです。音無ECHOの動きは動作シミュレータ、音と映像のシンクロ調整、声紋からのボカロ音声データ生成など多数のラズベリー AIインタフェースを使って動いています。正体を明らかにしない謎の人物はラズベリーAIシステムそのものへの侵入に成功しており、AIインタフェースが外部意思で操作された可能性が現時点で最も納得のいく説明です」

「ほとんどのインフラに使われている巨大なラズベリーAIシステムを個人の意思で操作する・・そんな事が可能なのか・・」

「我々がラズベリー AIシステムと呼んでいるものは、単独のハードウェアではなく、ネットワーク上に分散されたシステムの集合体です。例えばマルウェアで外部からコントロールするウィルスを使ったとしても、厳重なセキュリティを潜り抜けて分散された各リソースに常駐し、しかもそれぞれを連携させる必要があります。最適な解を得るディープシンキングのロジックに至っては、開発者でさえブラックボックスです。申し訳ありませんがうちの技術レベルをもってしても、どのような方法を用いられたのか全く見当が付きません」

波村くん、末野代表が秘書を呼ぶ。

「以前開発部の山口くんが紹介してくれたセキュアブラッド社の渡瀬さんに連絡してくれ。至急この件の調査を依頼したい」


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