【1】七つの丘の街/偽りの解放(2)
この時代。中つ海、と呼ばれる大海を隔てて、二つの国家が覇権を争っていた。一つは、カルタギア。海の女王と呼ばれる商業都市である。今から五百年ほど前に流浪の民が築き上げた、海洋貿易の大国である。かつては制海権を握るヘラスとその力を二分していたが、今では名実ともにこの海の女王となっていた。彼らの操る船は、あらゆる都市を巡り、あらゆる物産を運んでいく。南大陸の北端に位置する小さな街は、中つ海周辺国家の生命線の役割を果たしている。その栄華は、決して終わることはないのだと、誰もが信じていた。そう、カルタギアに反感を持つ周辺国家の人々でさえ。
だが。
ルオマ。獅子の国。そう呼ばれる国が、海の女王を脅かし始めた。
百年。そう、この百年の間に、徐々にその版図を広げてきたのである。そうしてあろうことか、カルタギアに勝負を挑んできたのだ。人々は、この愚行を笑った。新興国が、女王に敵うはずがない。誰もがルオマの悲惨な末路を予想した。しかし、ルオマは破れなかった。あまつさえ、カルタギアを壊滅寸前にまで追い込んだのである。これには、当のカルタギアが一番驚いた。彼らは国を滅ぼしかねない多額の賠償金を払うことによって、和解を成立させた。これが、第一次カルタギア戦役である。
それからほぼ五十年。カルタギアは見事に復活を遂げた。国力も、以前よりも遙かに増して、女王は再び君臨し始めた。
一方、ルオマは。
「カルタギア滅ぼすべし」
その信念のもとに、ルオマは二度目の挙兵をする。今度は、ルオマが窮地に立たされる番であった。希代の名将、といわれた男が、海を越え、山を越え、ルオマの背後からその市街地にまで攻め込んだのである。これには勇猛を誇ったルオマ軍もひとたまりもなく潰された。第二次カルタギア戦役は、カルタギアに軍配が上がったのである。
本来ならここで、カルタギアは仇敵を完膚無きまでに叩きのめすべきであった。
彼らは何を思ったのか、そのまま引き上げ、何事もなかったかのようにまた商売にいそしみ始めたのである。その影でルオマは、ひたすら復讐の牙を研いだ。
両者の小競り合いは、それからも幾度かあった。
中つ海の果樹園、といわれる豊かな資源を持つ島・シティリャを巡り、島の上で小規模な衝突が繰り返された。この島はもともとヘラス領であったが、ヘラスが統合都市国家としての力を失う過程で、それぞれの植民都市が独立していったのだ。その中の一つ、アイオリア系住民の街・アクラガスは、カルタギアとの中継貿易で栄えていた。ルオマがここに目を付けぬはずはない。中つ海最大の美都は、瞬く間に戦火に包まれた。これを救うため、同じヘラスの植民地・シラクサが立ち上がる。武術を重んじ、義理を重んじるドーリアの援軍は、一時はルオマを駆逐するかに見えた。
だが。勝利の女神は、ルオマに天秤を傾けたのである。
シラクサ軍は壊滅し、街も悉く破壊された。
守り手を失ったアクラガスもまた、焦土と化したのである。
今から六年前。のちに”シティリヤ争乱”と呼ばれる闘いだった。
ルオマ。ラトニア大陸の南端に突き出た半島に栄える街。
水と建築と戦の都。そんな風に呼ばれるようになったのは、一体いつの頃からであろう。
聖イリオンの皇子が建国した、と歴史にあるが、根拠は全くない。ルオマの民が、いつ、どこから現れてどのようにしてラトニア南部を支配下におさめていったのか。詳細をしるものはいない。ただ、彼らがきわめて狡猾で野蛮であること。血をことのほか好むこと。
それだけしかわかっていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます