終章
火は、ほぼ一晩中燃え続けた。
地元の消防隊が必死になって消火活動に当たったが、なかなか消えず。ついに奥宮は全焼してしまった、という。焼け跡からは、男女一組の遺体が発見され、警察はそれを綾織堂の榊井幸信・雪音兄妹だと断定した。
狩谷駅構内にて、芳彦はベンチに放置されていた朝刊を手に取った。
そこには、そんな記事が書いてある。
あれから。
どこをどうして、この狩谷駅まで来たのだろう。駅員の話によると、彼は雪にまみれ、失神寸前で駅の前に佇んでいたというのだ。それを見つけた駅員が、何とか執務室に運び込み、介抱してくれた。
「もうすぐ、上りが来るよ」
駅員の言葉に、芳彦は頷いた。
窓越しに、粉雪がちらついている。相変わらず、雪のせいで列車が遅れているようだ。
芳彦は、腰を上げて改札に向かう。駅員に笑顔で手を振った。
「また、来たらいいよ。こんだ、温かいときにな」
その言葉に曖昧に頷く。
列車は思ったより空いていた。空いていた、というよりも殆ど乗客は居なかった。芳彦はボックス席に身を埋め、窓枠に頬杖をつく。がたん、と列車が動き出した。ゆっくりと景色が動き出す。狩谷が、過去に向かって流れていく。
「ここ、あいてますか」
声をかけられ、芳彦は頷いた。何気なく、向かい席に座った人物を見て、あっ、と声を上げる。
日下部だった。彼は布で吊った左腕を持て余し、不貞腐れたように窓の外に目をやった。
「災難だったよな、俺も」
自嘲気味に言い、芳彦に視線を戻す。
「嫌いな街になりそうだぜ、狩谷は」
芳彦は答えなかった。碓井を殺した男。殺人者。彼を見る目は変わっていない。
「あらら。嫌われちゃったわけね。俺が、碓井ってヤツを殺したと思ってるから?」
「……」
「仕方ないでしょ。見殺しにしたときは、心が痛んだけどね」
見殺し。芳彦は眉をひそめた。見殺しとは、どういうことなのだ。
「あの、綾織堂のお兄ちゃんが二人を殺していたんだよね。ま、こっちとしても手間が省けるしと思っていたけど。運が悪かったと思って……って、こらこら、学生さん、俺があの人を手にかけたと思ってるわけ?」
嫌だなあ――日下部は苦笑した。
彼は、美和子を始末するつもりだった。彼女が一人で奥宮に行くのを見かけて、後を追った。しかしそこには彼女の婚約者が待っており、更には予期せぬ人物までやってきたのだ。
榊井幸信。その男は、二人を殺した。あの、太刀で。
「幸信さんが、碓井さんを」
「俺は、美和子にとどめを刺しただけ。鵺針で心臓刺して、そこに……まあ、いいや。あんたには関係ない話だよ。学生さん」
車窓を流れる景色は、さして変化はなかった。雪、雪、雪。雪に埋もれた街。山。湖。それらが一瞬のうちに流れていく。
狩谷での記憶も、こうやっていつしか流れて消え去ってしまうのだろうか。
芳彦は、曇り硝子を指先で拭い、そっと唇を噛んだ。
「忘れた方がいい。普通の生活を送る人はね」
日下部が呟く。そういえば、彼は一体何者なのだろう。得体の知れぬ人物、という印象が未だ拭いきれない。素性のしれぬ人物、謎の人のことを
そう呼ぶことがあるという。
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