4 かつての疑問を院長先生にぶつけましたわ

 精霊教徒帰還の宴の翌日、トマーシュから新しい孤児院をぜひ見てほしいと言われ、アリツェはドミニク、ラディムを伴い孤児院へ足を運んだ。


 孤児院に着くや、子供たちが殺到しアリツェに飛びついてきた。もみくちゃにされるが、決して嫌ではない。かつての孤児院時代を思い出し、アリツェは懐かしさでいっぱいになる。


 ドミニクが隣で大人げなく「アリツェに抱き着いていいのはボクだけだぞ!」と吠えているが、アリツェは聞かなかったことにした。


 子供たちが落ち着いてアリツェから離れると、孤児院の入口からトマーシュが現れ、ゆっくりと歩いてきた。軽く抱擁し挨拶を交わした後、アリツェはトマーシュの誘導のもとに、孤児院内の談話室へと案内された。


 談話室に備え付けらえたソファーに腰を掛け、アリツェはいい機会だと思い、トマーシュに前々から聞いてみたかった件を尋ねてみた。


「そういえば院長先生、わたくし前から疑問に思っていた点があるのですわ」


 トマーシュは何だろうとばかりに首をかしげる。


「かつて、わたくしを初めて見た瞬間に、霊素があると見抜きましたわよね。いったいどういった理由だったのでしょうか」


 三年前、初めてアリツェがエマに伴われて孤児院を訪ねた時、トマーシュはアリツェを一目見て、すぐに霊素持ちだと看破した。通常、霊素を持たない人間には、相手の霊素を感じる能力がない。可能性があるとすれば、『ステータス表示』の技能才能を持つか、何らかの特殊なアイテムを使って判別するか、といったところだ。


「あぁ、なるほど。確かに不思議に思うよね」


 トマーシュは首肯する。


「実は、これなんだ」


 トマーシュは腕を持ち上げ、アリツェに見せた。手首には複雑な意匠が彫り込まれた、銀に輝く美しい腕輪がはめられていた。ぼんやりと鈍く光を発しており、目を惹かれる。


「ちょっ、おい、これは!?」


 トマーシュの腕輪を見るや、ラディムが目をむいて素っ頓狂な声を上げた。


「お兄様、どういたしましたの?」


 ラディムの豹変に、アリツェは訝しんだ。


 確かに不思議な腕輪に見えるが、マジックアイテムを見慣れたラディムが驚くような要素が、果たしてあるだろうか。


「ザハリアーシュが持っていた『生命力』測定用の腕輪と、まったく同じものじゃないか! なぜ院長がこれを?」


 ラディムはトマーシュに詰め寄る。


「おや、ザハリアーシュとはもしかして、ザハリアーシュ・ネシュポルでしょうか?」


「そうだが、知り合いなのか? 精霊教の関係者が、世界再生教の司教であるザハリアーシュを?」


 怪訝な表情を浮かべながら、ラディムはトマーシュを見据えた。


 アリツェも意外に思い、トマーシュの顔を覗き込んだ。トマーシュとザハリアーシュの接点が、まったく分からなかった。


「私、精霊教が組織されるまで、世界再生教に所属しておりましたから」


 さも大したことのない話だとばかりに、トマーシュはあっけらかんと答えた。


「あ、そんな驚いた顔をしないでください。結構いますよ、そういった経歴の精霊教徒は」


 アリツェとラディムが返す言葉もなく無言でいると、トマーシュは慌てたように弁明した。


「……冷静に考えてみれば、元々世界的な宗教は世界再生教だけで、精霊教はここ十年ばかりの新興宗教だったな」


 ラディムの言うとおり、精霊教はこの世界に霊素が実装された十三年前に、初めて組織された新興宗教だ。なので、トマーシュのような年配者が精霊教誕生前に、別の宗教を信仰していたとしても、別におかしな点はないだろう。


 そもそもの話、最初から精霊教と世界再生教が対立していたわけでもない。その当時に改宗をした者が多いのだろう。


「えぇ、ですので宗旨替えで精霊教徒になった者は多いんです。世界再生教は非常に歴史のある宗教だけあって、なんだかんだで末端には不正も多く見受けられましたからね。現実を知って絶望した人間もそれなりに……」


 トマーシュは頭を掻きながら、「私もそういった絶望を感じた者の一人でした」と呟いた。


「では、その当時にザハリアーシュと知り合ったってところか」


「知り合いと言いますか、同じ教会の同僚だったんですよ。その時に先任だった私が、彼の面倒を大分見ましてね。お礼にこの腕輪をいただいたのですが、気に入って普段から身につけていたのです」


 ラディムの問いにトマーシュは首肯した。


「で、ある時気付いたんですよ。いわゆる霊素持ちの子に近づくと、この腕輪がほんのりと熱を帯びるのを。今もほら、こうやってアリツェとラディム様に反応しています」


 トマーシュはアリツェとラディムに腕輪を触らせた。確かに触れてみると、ほんのりと温かい。トマーシュの体温を受けての温かさではない。何か人工的なものを感じる。


「なるほど……。つまり、アリツェに初めて会った際、その腕輪が熱を持ったから、アリツェが霊素を持っていると判断したと」


「えぇ、そのとおりです」


 腕輪をやさしく撫でながらトマーシュは答えた。


「いったい、その腕輪は何なんだろうな。ザハリアーシュの奴はどこで見つけてきたのやら」


 ラディムは腕を組んで考え込んでいる。


 触らせてもらった感じでは、霊素のようなものは感じられない。もともと霊素実装前からこの世界にあるアイテムだから、当たり前の話ではあるが。


 この世界のベースのゲームシステムには、実装されていなかっただけで、もともと『霊素』が存在していた。いつ『霊素』が実装されても大丈夫なように、システム側があらかじめ用意していた『霊素』測定用の、何らかの特殊アイテムだろうか。効果の特殊性からも、もしかしたらいずれかのボス初回撃破ボーナスアイテムあたりの可能性もある。


 ラディムも同じ考えに至ったのか、ボスだの初回撃破ボーナスだのの単語をつぶやく声が漏れてきた。この世界にもボス指定された特殊な動物がおり、初回撃破ボーナスがあるのも判明している。ラディムの話では、祖父にあたる前皇帝が母ユリナ・ギーゼブレヒトに与えた『精霊王の証』も、古代の地下遺跡探索の際に倒した守護者から入手したものだという。


「すみません、私もこの腕輪の出自については、まったく聞いていないんです」


 トマーシュはすまなそうに頭を振った。


「今度会ったときに、問い詰めたいな」


「でもお兄様、会うとしたら戦場ですわ。難しいのでは?」


 会って話すにしても、相手は皇帝と並ぶ今回の戦争の最大の障害と目される人物だ。現実的ではないとアリツェは思う。


「ま、ダメなら仕方がない。聞けたら僥倖ってことで」


 ラディムは軽く笑い飛ばした。確かに、今あれこれと考えたところで意味はない。アリツェも腕輪の件はいったん頭の片隅に寄せておいた。


(おいアリツェ、ここいらで一回、各人のステータスを確認してみたらどうだ?)


 めずらしく悠太が話に割り込んできた。最近は人格を表に出さないのでアリツェは少し心配していたが、こうして声をかけてもらえると少しほっとする。


(そうですわね、精霊術を使う機会も多かったですし、だいぶ成長したかもしれませんわ)


 最近はゆっくりとステータスを確認する余裕がなかった。いい機会だ、ここでじっくりと成長具合を見てみるのもよさそうだ。双子のラディムとの比較もしてみたい。


「実は、この世界には『ステータス表示』という名の技能才能が有りますわ。皆様、ご存じでしょうか」


 アリツェはさっそく話題をステータスに切り替えた。


「噂には聞いたことがあるねぇ……。院長先生はどうだい?」


 エマは腕を組みながら思案気にし、隣のトマーシュに振った。


「私も、エマと同じですね。もしかしてアリツェ、その技能才能を持っているのですか?」


 トマーシュの言葉に、やはりトマーシュ自身は『ステータス表示』の技能才能は持っておらず、霊素感知はあの不思議な腕輪の効果のみによって判断をしたのだと、改めて確信した。


「はい。戦闘などの際に、相手と自分との客観的な力の差がわかるので、大変便利ですわ」


 アリツェはうなずいた。


「アリツェはその技能を選択していたのか。優里菜の奴は選んでいなかったみたいだから、私には無理だな」


 ラディムは少し残念そうな声を漏らす。そういえば、ラディムの技能才能がなんであるか、聞いたことがなかった。技能才能はステータス表示では確認できないので、直接本人に確認するよりほかはない。いったい何を取得しているのか、興味を惹かれる。


「少し、皆さまの状況を見させていただきますわ。あ、もちろん悪用は致しませんので、ご安心くださいませ」


 アリツェは断りを入れ、トマーシュやエマのステータスを確認しようとした。


「なぁ、アリツェ。やり方、私にも教えてはくれないか? 無駄だと思うけれど、試してみたい」


 アリツェがエマの姿を注視しようとすると、ラディムが割って入ってきた。


「もちろんですわ。やり方は簡単です。確認したい人物を見つめて、ステータス表示と心の中で叫ぶだけですわ」


 技能才能がない以上無理だとは思ったが、試すだけなら何の問題もない。アリツェは素直に同意した。


「自分のデータを見たいときは?」


「目を閉じて行えば大丈夫ですわ」


 アリツェは実際に目を閉じて見せた。


「なるほど、では、ちょっとアリツェに対して……」


 ラディムはアリツェの顔をじっと見つめた。すると――。


「え!?」


 驚愕の表情を浮かべ、ラディムは叫んだ。

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