5 お兄様の素体はどこかおかしいですわ

 驚愕の表情を浮かべながら、ラディムが固まった。


「どうしましたの?」


 アリツェは訝しみ、ラディムの顔を覗き込む。


「私にも……ステータスが見えた……」


 信じられないといった様子で、ラディムはぽつりとつぶやいた。


「おかしいですわね……。技能才能を持っていない場合には、絶対に見えないはずなのですが」


 ヴァーツラフからの説明では、確かにそういっていたはずだ。だからこそ、わざわざボーナスポイントを消費してまで『ステータス表示』の技能才能を取ったのだ。


「え? なんだって? うん、なるほどね」


 ラディムはうつむきながら、何やらぶつぶつと独り言を言っている。どうやら優里菜と会話をしているようだ。


「優里菜が言うには、なんだか私の身体がおかしいと」


 ラディムは顔を上げ、アリツェに向き直った。


「どういった意味ですの?」


 外から見た感じでは、特におかしなところは見られない。優里菜はいったいどんな違和感を抱いているのだろうか。


「優里菜がヴァーツラフの指示のもと作った素体と、違っている点がいくつか見受けられるって」


「具体的にいいますと?」


 素体設定時に確認できた項目は、ステータスの成長限界と成長速度、出自、そして技能才能だ。そのいずれかに、何らかの問題でもあったのだろうか。


「なぜだか私の体は、優里菜の設定したはずの技能才能を持っていないみたいだ」


「おかしいですわね……」


 アリツェも腕を組んで考え込んだ。アリツェの身体は、悠太の設定したとおりのステータスや技能才能を持って生まれている。ならばなぜ、ラディムの身体は優里菜の設定どおりに生まれていないのだろうか。ここでもやはり、双子になった弊害が現れている?


「本来であれば、私は四つの技能才能、『神童』、『威圧』、『魅力向上』、そして『槍術才能』を持っているはずなのだが……」


「『神童』はわたくしと同じですわね。残りは違いますが」


 アリツェの持つ技能才能は『神童』、『ステータス表示』、『読解』、『健啖』、『ショートスリーパー』の五つだ。ラディムの技能才能が四つということは、どうやら出自をAにしたのだろう。そのため、同じ両親から生まれつつも、帝国皇子として育ったようだ。


「『威圧』と『魅力向上』については、正直よくわからん。第一皇子という立場のせいで、この二つの技能才能の純粋な効果がいまいち測れないんだ」


「たしかに、判断は難しそうですわね」


 ラディムの考えにアリツェも同意した。元々第一皇子という、とりわけ高い身分を持って生まれた以上、『威圧』とは関係なしに相手は平伏するし、『魅力向上』などなくとも地位に惹かれて寄ってくるものは多いだろう。そういった意味では、この二つの技能才能は出自Aとはすこぶる相性が悪いとアリツェは思った。ただ、逆に、一般庶民が成りあがるには便利な技能才能にも思えるが。


 このあたり、完全に優里菜の選択ミスだろう。


「で、問題なのが『槍術才能』になるわけだが……。槍を修練しても、剣や体術と技能の成長速度が大して変わらない気がするんだよな。わざわざボーナスポイントを振ってまでスキルを取ったはずなのに、おかしいだろう? それに、母が槍の名手のユリナ・カタクラだったのだ。その点を踏まえても、槍の腕前の向上速度が他の武器と変わらないのは、どう考えてもおかしい」


「確かにそうですわね……」


 優里菜の弁によると、ラディムの素体の能力に疑問を感じるきっかけになったのが、この『槍術才能』だったという。幼少時から武器の修練を積まされていたラディムだが、数ある武器の中でも一番適性があったのが剣で、今も剣のみを継続して修練している。本来のラディムの才能を考えれば、ここは剣ではなく槍であるべきなのだ。


「そこに、この『ステータス表示』の技能才能だ」


 今回の『ステータス表示』が、優里菜の疑問を確信に変えたらしい。


「もしかして、わたくしのスキル構成とまったく同じになっている?」


 優里菜は選択しておらず悠太は選択している『ステータス表示』を、ラディムが持っている。このことから導き出される推論は、何らかのシステム的なバグで、ラディムの技能才能がアリツェと同一になっているのではないかというものだ。双子という事実が、その可能性を補強している。


「考えられなくはないな。アリツェはほかに何を取った?」


 ラディムは唸り声をあげ、腕を組んだ。


「わたくしは、『神童』、『ステータス表示』、『読解』、『健啖』、『ショートスリーパー』の五つですわ」


「なるほど……。であるならば、私の体はアリツェと同じ技能才能を持っていそうだ。いくつか思い当たる節がある。とくに、『読解』と『ショートスリーパー』に」


 アリツェの睨んだとおりのようだ。


「六歳くらいの頃から、大人向けの歴史書を読み漁っていたからな。間違いなく『読解』のスキル持ちだろう。それに、以前から人よりも睡眠時間が少なくて済む気がしていたんだが、『ショートスリーパー』のせいだったのか……」


 ラディムはしきりにうなずいている。


「とすると、本来の優里菜様の転生素体はどこへ行ったのでしょうか? それに、わたくしとお兄様が双子とはいえ、まったく同じ技能才能というのもおかしな話ですわよね。男女の双子は、双子と言ってもあくまで、『同時に生まれた兄弟』でしかないはずですわ」


 アリツェは悠太の記憶から引っ張り出した双子の知識を脳裏に思い描いた。


「そうだよな……。一卵性ではないはずだから、ここまで特徴が一致するのはおかしい。一卵性であるならば、性別も同一でないとおかしいよな」


 ラディムの言葉にアリツェも首肯する。


 一つの受精卵が、何らかの原因で二つに分裂してできるのが一卵性の双子だ。であるならば、性別を決める『性染色体』部分も含めて同一にならなければおかしいので、必然的に一卵性の双子は性別が同じになる。


「わたくしたちの出生の秘密は、もうすべて解き明かせたと思っておりましたが、どうやらまだ何かありそうですわね……」


 双子は双子でも、一卵性の可能性が出てきた。しかし、一卵性では性別は同じになるはず。いったいアリツェとラディムの間に何があったのだろうか。アリツェはあれこれと思い悩み、頭が痛くなってくる。


「そうだな……。だが、もうこれ以上はヴァーツラフに聞く以外、わかりようがなさそうなんだが」


 ラディムはため息交じりに頭を振った。


「ゲームクリア後に聞くしかありませんわね」


「ゲームが終わってから聞いてもなぁ。まぁ、仕方がないか」


 ラディムの言うとおり、テストプレイを終えてから聞いたところで、もう二度とこの世界にはログインできないのだからあまり意味はない。できればこの世界にいられるうちに真相を知りたいところだったが、ヴァーツラフとコンタクトを取る手段がない以上、望みは薄いかもしれなかった。であるならば、気持ちを切り替えて次に進まなければいけない。


「では、改めまして、お互いの能力を確認いたしましょう」


 アリツェは元々の目的であった、各人のステータス確認作業に戻った。


「エマ様、院長先生。すみませんでした。なんだか二人で話し込んでしまって」


 エマとトマーシュをそっちのけで、すっかりラディムと話し込んでいた。アリツェは申し訳なく思い、二人に謝罪をする。


「かまわないさ。なんだか難しそうな話をしていたようだし」


 エマは気にするなと笑い飛ばした。


「私たちには理解不能でしたが、あなたたちは双子なのです、何かあるのでしょう」


 トマーシュも微笑を浮かべている。


「深く追及なさってこなくて助かりますわ」


 聞かれてもどう説明してよいかがわからなかったので、アリツェはホッと胸をなでおろした。


「では、さっそく」


 アリツェはそう口にし、各人のステータスを確認した。








【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】

13歳 女 人間

HP   400

霊素  650

筋力   50

体力   47

知力   55

精神   60

器用   15

敏捷   44

幸運   80

クラス:精霊使い  40(最大2体の使い魔使役可能)

クラス特殊技能:表示できません

使い魔:

ペス(子犬)

ルゥ(鳩)

出自レベル:表示できません

技能才能:表示できません




【ラディム・ギーゼブレヒト(ユリナ・カタクラ)】

13歳 男 人間

HP   520

霊素  620

筋力   58

体力   56

知力   53

精神   54

器用   18

敏捷   53

幸運   80

クラス:精霊使い  33(最大2体の使い魔使役可能)

クラス特殊技能:表示できません

使い魔:

ミア(子猫)

ラース(仔馬)

出自レベル:表示できません

技能才能:表示できません




【エマ】

38歳 女 人間

HP   220

霊素    0

筋力   50

体力   50

知力   53

精神   50

器用   52

敏捷   50

幸運   45

クラス:一般人  38

クラス特殊技能:表示できません

一般人ボーナス:なし

出自レベル:表示できません

技能才能:表示できません




【トマーシュ】

58歳 男 人間

HP   275

霊素    0

筋力   52

体力   53

知力   55

精神   50

器用   50

敏捷   45

幸運   55

クラス:聖職者  44(二つの聖職者ボーナス)

クラス特殊技能:表示できません

聖職者ボーナス:

説教(信者に対する説教の説得力が増す)

弁舌(信者勧誘の際の成功率が増す)

出自レベル:表示できません

技能才能:表示できません







「なんだこれは! どうして私の器用さはこんなに低いんだ?」


 ラディムは頭を抱えている。アリツェよりはわずかに高いが、似たり寄ったりだった。この値では、ラディムもかなり不器用なはずだ。


「あー、やはりですわ……。お兄様、わたくしの器用さの才能限界値は55と低いうえ、成長速度も最低のCですわ。おそらくはそのせいです」


 同じ悩みを持つことになる仲間を見つけられて、ラディムには悪いが、アリツェは少しうれしかった。


「ステータスまでアリツェ基準ってことは、私たちはやはり、能力や才能がまったく同じみたいだな」


 いまだに目の前の現実を受け止め切れないのか、ラディムは表情が真っ青だった。確かにあの極端に低い器用さの数値を見れば、絶望したくもなる。


「やはり二卵性ではなくて、何らかの理由で一卵性の双子になったというのが真相みたいですわね。理由は不明ですが」


 ステータスの類似性からも、もう確定といっていいかもしれない。アリツェはラディムと一卵性の双子であると。


「てことはだ。私の身体については、アリツェに聞いた方がいいな。悠太が作った素体でもあるのだし。あとで才能限界値や成長速度について確認させてほしい」


「もちろんですわ!」


 アリツェは破顔し、首肯した。


「だが、他のステータスは申し分ない値だな」


 ラディムは目を閉じて、改めて自身のステータスを眺めているようだ。


「ええ、器用さ以外はすべて成長速度Aですし、知力が70である以外は、すべての項目で才能限界値も優秀ですの! 『神童』もありますので、お兄様の環境でしたら、かなり『神童』の恩恵を受けられたのではないかと思いますわ」


 パッと見た限りでは、アリツェよりもラディムの方が全体的にステータスは高めに成長していた。子爵家で疎まれ孤児院生活を余儀なくされたアリツェよりも、皇宮で教育係にみっちりと指導を受けてきたラディムの方が、『神童』による幼少時の高成長率の恩恵をより多く受けているのは間違いない。


 精霊術に関係しそうな部分はさすがにアリツェの方が高いが、身体的な部分はラディムが完全に上回っている。もし二人の時に戦闘に巻き込まれた際は、ラディムが精霊術で身体強化を施して前衛を務め、アリツェが後衛で支援をする形が一番よさそうだ。


「こいつはすごい。優里菜の作った素体よりも性能がいいみたいだぞ」


 優里菜の設定した素体の能力について、ラディムは優里菜からいろいろと確認しているようだ。比較をすると、どうやら悠太の作った素体の方が性能が上回っているみたいだ。優里菜の本来の素体も両親のデータは同じはずだから、最初の受精卵の設定の際に選ばれたランダムデータについて、悠太の方がよりよい値を引けたのだろう。


「ただ、唯一低い器用さが、それなりに足を引っ張るかもしれませんわ。戦いの際に、武器を取り落とした場面が何回かありましたの」


 あまり思い出したくはなかったが、アリツェはマリエとの戦闘を脳裏に思い浮かべた。ここぞという場面で武器を落としてしまった、あの忌まわしい戦いを。


 これから戦場に出る。いざという場面で武器を失っては、命にかかわりかねない。十分に注意をしなければいけなかった。


「そいつはまずいな……。重点的に器用さを伸ばすようにしないとか」


「ええ、わたくしも悠太様に言われて、料理を学ぼうかと思っているんですわ」


 料理を学ぶと決意してから約一年半。いまだに手を付けられていない。このままではまずいので、今回の一件はいい機会だ。ここいらで心機一転、改めて料理に取り組むのも悪くはないだろう。


「なるほどね……。では私も、何らかの手先を使う作業を日課とするか」


「お互い頑張りましょう!」


 同じ不器用者同士、競い合いながら能力を伸ばせれば刺激もあっていいかもしれない。


「あぁ、そうだな。一卵性とわかった以上は、今後の修行計画なども、アリツェと相談できるとよさそうだ」


 ラディムは自身の体の悩みが一つ解決したのがうれしいのか、破顔してうなずいた。

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