3 聖女様が実は……
そして、再び婚約破棄のあった、王都プラガの王宮のホールに話は戻る――。
ドミニクに婚約を破棄され、アリツェはホールを後にした。
自然と顔はうつむき、世界から色が失われたのではないかと思うほど、周囲はすべて灰色に見えた。ここまで相当な覚悟をして、婚約破棄の当日を迎えた。だが、それでもアリツェはドミニクを想う心は捨てきれなかった。無理やりあきらめようと、今もこらえている。
そんな時、ホール側から大きなざわめきが起こった。
アリツェは立ち止まり、振り返ってホールを見遣った。
二人の男女が駆け寄ってくる……。ドミニクとクリスティーナだった。
(いったいなんですの? 今の悪役を演じきった惨めなわたくしに、さらなる追い討ちをかけるおつもりですか!?)
「アリツェ! 待ってくれ!」
「ごめんなさい、アリツェ! 私、私……!」
ドミニクとクリスティーナの表情が歪んでいた。ドミニクはアリツェの事情を承知したうえで、この芝居に乗ってくれているのでまだわかる。だが、今、喜びの絶頂のはずのクリスティーナが顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべているのは、いったいどういった訳だ。
アリツェに追いついたドミニクとクリスティーナは、乱れた息をどうにか落ち着かせると、じっとアリツェの顔を見つめてきた。
「いったいどうされたのでしょうか。わたくしは婚約を破棄され、王国を追放された反逆者。将来の明るいお二人が話しかけるような女ではございませんことよ」
棘を含んだ口調で、アリツェは二人に抗議の声を上げた。
「違う、違うんだ、アリツェ! 話を聞いてくれ!」
ドミニクは顔が青ざめている。
「アリツェ、私が間違っていたんです。ごめんなさい、婚約者はあなたであるべきだわ!」
クリスティーナも頭を振りながら、謝罪の弁を述べた。
(ちょっと待ってくださいませ。いったい何が何やら……)
突然のドミニクとクリスティーナの態度の豹変ぶりに、アリツェはただ戸惑い、言葉を失った。
「アリツェ、こういえばお分かりになるかしら? 転生者、と」
クリスティーナは顔を近づけ、アリツェに耳打ちをした。
「え!?」
アリツェは目を見開いた。まさか今この瞬間に、『転生者』の話題が出てくるとは。
「父上から時間をもらった。今日の件はいったん保留になっているから、急ぎ私の私室で三人で話し合おう。どうやらクリスティーナにも、大きな問題があったようなんだ」
ドミニクは焦れた様子でアリツェの手を取ると、王宮内のドミニクの私室へ向けて歩き出した。
「わかりましたわ。クリスティーナ様の今のつぶやきで、わたくしにも関係のある重大な事情がおありになると、理解できましたわ」
アリツェはうなずいて、ドミニクに手を引かれるがまま、歩を進めた。
ドミニクの私室に付くと、アリツェとクリスティーナは用意されたソファーに座った。
「あれから、いったい何があったんですの?」
アリツェはドミニクに顔を向けた。とにかくまずは、状況確認が必要だ。
「それが、ボクが以前、アリツェから婚約のしるしとしてもらった金のメダルをつけたペンダントがあったじゃないか。あれを外して、衛兵経由でアリツェに返そうと思ったんだけれど、その時にクリスティーナがいきなり倒れて」
「私、あのメダルを見て、突然頭に激痛が走りました。実は私も、同じメダルを持っているんです」
アリツェの対面に座るクリスティーナは、懐から件のメダルを取り出した。黄金に輝く『精霊王の証』だ。
「えぇ、承知しておりますわ。その……、嫌がらせの一環として、そのメダルを隠そうとしたことがありましたので……」
あの時はアレシュに見つかり、目的は果たせなかったが……。
「あらあら、まぁ! それでアリツェは、わたくしに妙な質問を投げかけてきたんですのね?」
何度か手を変え品を変え、転生者である尻尾をつかもうとクリスティーナを問いただした。その時のことを言っているのだろう。
「えぇ、あの時は見事に、あなたにはぐらかされましたが」
アリツェは苦笑を浮かべた。本当に、この聖女様は役者だと思う。転生者であるそぶりを微塵も見せなかったのだから。
「いいえ、違うのです。はぐらかしてなんかいません。そもそも、私は自分が転生者だったなんて、あの時点では覚えていなかったんですから」
「え!?」
クリスティーナの告白に、アリツェは仰天した。
確かに転生者としての記憶がないのであれば、いくら鎌をかけようが答えようがないではないか。別にクリスティーナが名優だったわけではなさそうだ。
「あなたのペンダントを見て頭痛に襲われ、そこで初めて私はすべてを思い出しました。私が転生者で、この体は私が作った転生の素体に過ぎないと」
つまり、アリツェの『精霊王の証』を見たことがきっかけとなり、封じられていた転生者の記憶がよみがえったと、クリスティーナはそう言いたいらしい。
「実はわたくしも、そしてわたくしの双子の兄、ラディムも転生者なのですわ。管理者ヴァーツラフ様からは、テストプレイヤーは二人だけと聞かされておりました。ですので、てっきりわたくしの中の転生者であるカレル・プリンツ――横見悠太様と、わたくしのお兄様の中にいらっしゃる転生者、ユリナ・カタクラ――片倉優里菜様の二人だけかと思っていたのです」
アリツェは転生者について、今知っている話をクリスティーナに語った。
「あー、なるほど。カレルとユリナだったんだ、あとの二人は……」
クリスティーナは懐かしいものを聞いたといった表情でうなずいた。
「クリスティーナ様、ご存じで?」
「私はその二人の元パーティーメンバー、ミリア・パーラヴァが転生した人格よ。あ、ちなみに今表に出ているのは、クリスティーナではなくて、ミリアとしての人格だからね」
聞き覚えのある名前が出てきた。悠太の記憶の中にある、弓を得意とした年上の女性。
(悠太様、クリスティーナ様はミリア様でしたわ。あなた様の記憶を見て、わたくしもわかっておりますが、ちょっと気の強いお姉さま、でしたかしら?)
(あぁ、そうだ。オレはずいぶんと可愛がってもらったな)
悠太は懐かしそうに声を弾ませた。
「お話をお伺いしておりますと、どうやらあなた様はヴァーツラフ様から、テストプレイヤーが二人だとは聞いていらっしゃらないようですわね」
クリスティーナはさきほど、『あとの二人は』と言った。ということは、ヴァーツラフから転生者が二人のみと聞かされた悠太と優里菜とは、状況が異なっている。
「ええ、私は、私を含めて三人と聞いているわ。あなたたちがテストプレイへの参加者について、二人のみと聞かされていた件だけれど、おそらくは、私がテストプレイ募集にギリギリのタイミングで応じたせいで、あなたたち二人が転生の処理をしているころにはまだ、私の参加申請がヴァーツラフさんに届いていなかったのが原因じゃないかと思うの」
クリスティーナは口元に手を当てて考え込み、推論を述べた。
「ということは、同じような事情で、あなたの後にさらに転生者が増えている可能性もあるのでしょうか?」
クリスティーナ――ミリアの転生処理をしている際に、さらなるテストプレイ参加者が現れたとしてもおかしくはないのではないかと、アリツェはそう思った。
「いえ、ないと思うわね。言ったでしょ? 私がギリギリのタイミングでの参加者だって」
クリスティーナは頭を振った。
「いえ、実は……。ほかにもう一人、転生者らしき心当たりのある人物がいたのですわ」
アリツェは黒髪の少女の姿を脳裏に思い描いた。
「へぇー、それは興味深いわね。会ったことはあるの?」
「それはその……、わたくしが、殺めました……」
クリスティーナの問いに、アリツェは顔をしかめながら、どうにか言葉を絞り出した。
「え?」
クリスティーナは驚き、目をむいた。
「アリツェ、その件は無理にしゃべらなくても」
アリツェの様子に気づき、ドミニクが慌てて止めに入った。
「いいんです、ドミニク。クリスティーナ様の協力を得るためにも、嘘偽りなくお話すべきだと、わたくし思うのですわ」
これからのクリスティーナとの関係構築を考えれば、隠し立ては悪手だとアリツェは判断した。
「ありがとう、アリツェ」
アリツェの意図を理解したのか、クリスティーナは嬉しそうにうなずく。
「マリエという名の少女なのですが、わたくしにとっては命の危険のある方でした。なので、致し方がなく……」
「えぇ、えぇ、わかっているわ。今、無理に話さなくても、落ち着いてからゆっくりと教えてくれればいいわ」
クリスティーナはそう言って、アリツェが無理にしゃべろうとするのを手で制した。
「ただ、そうなると、そのマリエって少女の転生者は誰なのかしら?」
クリスティーナは小首をかしげる。
「マリエさんについては、お兄様の方がよくご存じなのですが……。申し訳ございません、今は辺境伯軍を離れられないのですわ」
マリエと一番長い時を過ごしたのはラディムだ。アリツェはほんのわずかな間、しかも戦場でしか相対していない。マリエに関しては、これ以上の説明のしようがなかった。
「まぁ、その件は置いておきましょう。重要なのは、これから私たちがどうするかです」
クリスティーナは一転、ニコリと笑って話題を変えた。
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