5 事後処理、そして決意

「九歳のお前には、まだ刺激が強かろう。だが、お前は賢い。この取り締まりの意味も、きっと分かるはずだ」


 普段から好んで小難しい本を読んでいたためか、ラディムは若いのにかなり老成した考えをするようになっていた。ザハリアーシュたち教育係も、ラディムにはそういった子供らしくない大人じみた思考を持つことを良しとしている旨もあった。ベルナルドも、およそ九歳の子供に接するとは思えないような態度で、ラディムに対している。


 ラディムは自然と、周囲のそういった期待に副うような態度で振舞うようになった。それが、自らの立場を護る武器になるとも、ラディムは気づいていた。――ただ、エリシュカをからかう点を除いて、ではあるが。


「時に、為政者は残酷で非情な決断を下さねばならぬ時もある。今、この時のようにな」


 警備兵たちが精霊教信者に縄を打つ様子に、ベルナルドはちらりと視線を遣った。


 甘い顔を見せてはいけない。大のためには、小も躊躇なく切り捨てる。それだけの覚悟を持たなければならない。帝王教育として、ザハリアーシュから何度も聞かされた言葉だ。同じことを、ベルナルドも言いたいのだろう。


 ごく少数を助けるために、多数が犠牲になるような真似はできない。確かにすべてを救いたい。だが、現実問題として不可能だ。であるならば、統治者としてなすべきは、より多くの者が幸せになる道を選ぶことだ。


 少数の泣く者は、教会などの民間に任せるしかない。だが、これも必要な役割分担だと思う。皇帝も万能ではない。何でもかんでも実現できる神ではないのだから。


「彼らをこのまま市井の中に野放しにしていたら、精霊教がどんどんと地下深くまで根を張り巡らせてしまう」


 ベルナルドは苦々し気に吐き捨てた。


 たしかに、青年の男女だけではなく、老人や幼い子供にまで精霊教信者がいた。現時点ですでに、かなりの広範囲に広まっていると考えて間違いはないだろう。現状を、このまま放置していれば……。


 想像するだに恐ろしい。


 たとえ力のない老人や子供であろうとも、そこから邪な考えが広まる恐れがある。言葉の力は、かくも恐ろしい。そこには肉体的な力の有無は関係ない。相手が老婆であろうと、幼い少年であろうと、例外を認めるわけにはいかないのだ。


 特に子供などは、悪意無く、本人もそれと意識をせずに、考えを周囲の大人にばらまく可能性がある。意図して広めようとする大人よりも、相手に警戒心を与えずに成し遂げられる子供のほうが、かえって質が悪いとも言えた。


「そうなってからでは、遅いのだ。病巣はまだ小さいうちに取り除かねばならない。怠れば、国家が精霊教という病魔に侵され、滅ぶ事態にもなりかねないのだ」


 邪教とされ禁止されている事実を知っていて、なお、帰依している信者たち。一度侵されれば、取り除くのは非常に困難だ。そんな病巣が帝国中に広まったとすれば、もはや、皇帝といえども対処できないだろう。帝国の滅亡が現実味を帯びてくる。対処は早ければ早いほど、そして、徹底されていればいるほど、良い。


「これで、お前にもこの帝国内での精霊教の現状というものが、よくわかったであろう」


「はい、陛下……」


 机上の話だけではない。今、現実をラディム自身の目で見た、知った。


 ラディムが万が一精霊教に帰依すれば、今日この場で見た精霊教信者と同様の末路をたどることになるのだろう。


「改めて念を押しておく。間違っても精霊教には接近するな。精霊教に染まれば、たとえ第一皇子のお前とて、私は容赦しないだろう」


 鋭くラディムを見据え、ベルナルドは強い口調で言った。


「肝に、銘じておきます……」


 ベルナルドの瞳を見れば、その言が決して冗談でないことがラディムにもよくわかった。第一皇子のラディムが精霊教に乗り換えたら、ベルナルドは容赦なくラディムを処刑するだろう。同じ一族からの反逆者だ。殺して見せしめにする以外、国民に示しはつかない。


 ラディムは背筋が寒くなる。道を踏み外さないように気を付けようと誓った。


「辛いかもしれないが、捕らえられた精霊教徒たちの行く末を、お前も自分の目でしかと見よ」


 警備兵に連れられ、縄で縛られた精霊教信者の集団が皇宮に向けて歩かされている。いったん皇宮の地下牢に収監されるようだ。


 様子を見守る住民たちの視線は鋭い。さんざん精霊教に否定的な広報をしてきた甲斐もあり、同情的な目を向けるものはほとんどいなかった。その捕縛されているものが老人でも子供でも、周囲の視線はあたかも犯罪者を見るかのごとく厳しいものだった。


 街の様子を見る限り、再び精霊教が勢いを盛り返す可能性は低いだろうとラディムは思えた。


「彼らは……、いったいどうなるのです?」


 地下牢で取り調べを受けるのはわかるが、その後の信者たちの行く末がどうなるのか気になった。


「このまま入れ墨を入れられ、まとめて東の国境に捨て置かれる。実質は、フェイシア王国への追放だな」


 さすがに命までは奪わないのか。精霊教が禁教化されていないフェイシア王国へ行けるようにとの、温情措置ともとれる。


「少し、甘いのかもしれないな。見せしめに皆殺しにするべきなのかもしれない。だが、さすがにそこまですれば、フェイシア王国以外の精霊教を受け入れている国との関係も、一気に悪化しかねない。大国フェイシアと対峙しつつその他の国とも戦う余裕は、今の帝国にはない。政治の難しいところだな」


 ベルナルドの優しさ、というわけでもなかった。外交関係を見据えての処置のようだ。


 徹底的に処断をしたい。だが、対外関係を考えればそこまでするのもうまくない。両者のバランスを見た結果、追放という結論に達したのだろう。


 ただ、一つ懸念があった。追放された彼らが、帝国に対する恨みでどのような行動をとるかがわからない点だ。積極的に王国内の精霊教会と連携を取って、帝国に害をなす可能性も無きにしも非ずだ。帝国全土から追放される精霊教徒の総数は、果たしてどれほどの数になるだろうか。将来に禍根を残さないことを、ラディムは祈った。


「あとは、一部の暴力行為に走った者については、かわいそうだが……」


 頭を振るベルナルド。つまり、死刑ということか。


「そうですか……」


 徹底的な処遇が必要だとはいえ、ラディムの心は少し重い。


「今回の作戦で、ミュニホフ内の精霊教は一掃された。同じ作戦が帝国内各地で同時進行されている。一月もすれば、この帝国から精霊教は完全に排除されるだろう」


 重苦しい雰囲気を払うように、少し誇らしげにベルナルドは語る。


「これで、帝国の安寧は守られるのですね?」


「そうだ。ただ、帝国外の精霊教もどうにかしなければ、いずれ世界は崩壊するだろう」


 ベルナルドは頷いた。ただ、その表情は少し硬くなる。


「はい……」


 『世界は崩壊する』と聞き、ラディムも顔が引き締まる。


 まだまだ、これで終わりではないのだ。事は帝国内にとどまらない。世界的な問題だった。


「我が帝国は、世界の崩壊を防ぐためにも、この大陸から精霊教を消し去らなければならない。場合によっては武力に訴えてでもだ。今後、他国に干渉をする必要も出よう」


 ベルナルドは少し間を置くと、ラディムの肩をつかみ、鋭く見据えた。


「ラディム、お前もいずれ、戦場に立つかもしれない。心しておくように」


「はい、陛下……」


 戦場に立つ……。皇家の人間であれば、避けては通れない道。しかも、ラディムは数少ない『生命力』持ち。戦いに引っ張り出されないわけがなかった。


 初陣がいつになるかはわからない。だが、このタイミングでベルナルドはラディムに告げた。意味するところは、おそらく――。


(帝国外の精霊教掃討作戦……。おそらくは、プリンツ辺境伯領への侵攻、か。そこが、私の初陣になるのだろうな)


 改めて覚悟を決めなければならない時が、もうすぐ来る。ラディムはそう直感した。







 ベルナルドの言葉通り、一月後、帝国政府から精霊教が一掃されたとの宣言が出された。


 帝国による精霊教徒の追放処置は、フェイシア王国を大いに刺激した。受け入れる側に立つプリンツ辺境伯領が、いくら精霊教を篤く信奉している地域だとはいえ、いきなり数千人規模の難民が押しかけてくれば混乱は必至だったからだ。


 辺境伯家はフェイシア王家を通じて正式に帝国へ抗議を出したが、ベルナルドは無視を決め込んだ。間違いなくベルナルドはプリンツ辺境伯領へ侵攻するつもりだと、この時ラディムは確信した。

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