萌えの神

 インターホンが何度も鳴らされる。

 玄関の外から怒声と殴打音が聞こえる。玄関のドアを蹴破ってくるのも時間の問題だろう。


「萌えを! 萌えをくれ!」


 暴徒と化した市民の訴えを、りんこちゃんは震えながら耳にしていた。

「どうしましょう。少佐は火炎瓶がオススメと言っていたけど……材料が足りませんわ」

 台所の空き瓶を数えるが、せいぜい三本だ。戦うのは無茶だ。

「降参しても、きちんと聞き入れられるかどうか……」

 人の耳は万能ではない。聞く気の無い事柄を拾えるほど高機能ではない。

 降参しても信用されない可能性がある。

 りんこちゃんは絶望的な状況に立たされていた。

 ため息を吐くと、お腹の虫が盛大に鳴った。

「こんな時に……おめでたいお腹の虫ですわ」

 りんこちゃんは呟いて、一人で笑った。

 すると、奇跡が起こった。

「宅配ピザでーす。お届けにきましたー」

 何が奇跡か分からない人に解説しよう。

 お腹の虫が鳴ったと同時に、注文していたピザが来た。奇跡的なナイスタイミングなのである。

 などど解説した所で誰も奇跡とは思わないかもしれないが、りんこちゃんには救いの神到来であった。

「ああ、空腹が満たされますわ!」

 りんこちゃんは玄関を開けてしまう。暴徒の存在を忘れたわけではない。しかし、ピザが冷めないうちに触れたかった。

 ピザの外装はシンプルな箱である。

 配達員は中身を見せてくれた。

 トマトソースとモッツァレラチーズをふんだんに使った逸品だ。バジルが彩りを添え、所々にある焦げ目が食欲を引き立てる。見た目もさることながら、熱気と香りも一級品だ。

 ピザの王道中の王道、マルゲリータの到着である。

「こちらで間違いないですかー?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「あい、どうもー」

 支払いがすむと、ピザを渡される。

 箱から温もりを感じる。口をつけていなくても分かる。美味い。美味しい時間は短い。すぐにでも食べなければならない。

 りんこちゃんは玄関に入ろうとする。

 しかし、柄の悪い男に右腕を掴まれる。

「おい、てめぇがりんこか。よくも邪神の画像を広めるなんておぞましい事を考えたな。やつざきに……!?」

 八つ裂きにしてやる。

 おそらく、男はこう言いたかったのだろう。

 しかし、りんこちゃんの顔を見ると殺意にまみれた表情が一変した。


「か、かわいい……!」


 尊いものを見る目つきになっていた。男は何を考えたのか、両膝と両手を地面につけて、何度も地面に頭を打ち付ける。


「あなたは萌えの神だ! 俺なんかが腕を掴んですいませんでした!」

「え、えっと……?」


 りんこちゃんは、自分の可愛さを理解していないため何を言われているのか分からなかった。事態が把握できない間に、なんと他の市民が土下座を始めた。

「尊い」

「触れてはいけない美がここにある」

「きっと邪神ミチルのあげた画像はフェイクだ。この方こそ、真の萌えの神だ」

 口々にりんこちゃんを褒め称える。

 りんこちゃんは両目をパチクリさせた。

 とりあえず、そっと玄関のドアを閉じて、ピザを食べる事にした。

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