第5話 エピローグ・或いは
俺たちは廃屋を後にした。外はもう真っ暗である。秋の半ばの木枯らしが、陰気な音を立てて吹き続けていた。
何も言わず、俺と大野少年は河川敷の土手迄来た。
『さあ、もうこの辺でいいだろ。俺はこれから電車に乗って東京まで帰らなくちゃならんのでね』
『もう一つだけ聞いていいですか?』
『何だね?』
『探偵って、誰でもなれるんでしょうか?』
『なろうと思えばなれるし、なれないと言えばなれない。要はやる気の問題。それだけさ』
『どうもありがとうございました!』彼はまるで、体育会系の部活でよくやるように、深々と頭を下げて礼をした。
俺は少年に手を振り、そのまま別れた。
駅で電車に乗る前に、駅前交番に立ち寄り、あいつらから取り上げた改造拳銃を警察官に渡した。
俺は『仕事の途中で拾った』といったが、警官は何だか胡散臭そうな目で見ていたので、探偵免許とバッジを提示し、ついでに新宿署の犬丸警部の名前を出すと、それっきり何も言わず、受理してくれた。
俺が事務所に着いた時、もう七時を回っていた
本当ならばもっと早く着く筈だったのだが、途中で架線事故があったとかで、1時間ほど遅れたのだ。
近くのコンビニに寄り、サンドイッチとコーヒーを仕入れると、俺は事務所でノートパソコンを開けた。
機械って奴はどうにも苦手なのだが、悪筆の俺は肉筆の報告書なんて、依頼人に対して示しがつかないからな。
そうしてキーボードと格闘していると、電話が鳴った。
まあ、相手は大体想像はつく。
俺はマイクの具合を確かめ、ICレコーダーに接続すると、受話器を取った。
『乾探偵事務所だな?』
いきなりの胴間声だ。明らかにこっちを脅しつけるつもり満々だ。
『わしはA市の市会議員を務める栗田というもんだ。こういえば誰だか分かるだろう』
『いえ、一向に?』俺はそらとぼけて答える。
『今日の夕方、君が現場を押さえたという栗田一郎の父親だ。率直に言おう。君が録った画像と音源をわしに渡してほしい。』
『失礼ですが、それは出来ません』
『勿論ただとは言わんぞ?10万は出そうじゃないか?』
『金の問題ではありません。これは信用の問題です。私はこの仕事で食べてる以上、依頼人との約束は果たさねばなりませんので』
『おい!わしを誰だと思ってるんだ?』
『知りませんな。じゃ、忙しいので、これで・・・・ああ、お断りしておきますが、この電話は録音させていただいておりますので、ご承知おきください。』
相手はまだ電話口で一方的に何か怒鳴っていたが、俺は無視して電話を切った。
さあて・・・・こいつをさっさと仕上げちまおう。
俺はようやっと報告書を仕上げ、翌日はいきつけのバァ『アバンティ!』のカウンターにいた。
一仕事終えた後の酒は答えられない。
『何かいいことでもあったのか?』マスターがカウンターの向こうから問いかけてきた。
『別に』俺は答えた。
その日の昼間、俺は依頼人の大野夫妻に報告書と音声を記録したチップを渡した。
夫妻によると、息子の正は『当分学校には行かない。だけど塾に通ってうんと勉強する。それから空手か柔道の道場に通って身体を鍛える。将来は何か人を守れる仕事に就きたい』と、何か吹っ切れたような表情で語ったそうだ。
俺は口笛を吹いた。
『空の神兵』だ。
『やっぱりねぇ‥‥』マスターがにやりと笑う。
『何が?』
『いいことがなけりゃ、お前さんがその曲を口にする筈はない。』
それから彼は、二杯目のバーボンを俺の前に差し出した。
『おごりだ。』
終わり。
*)この物語はフィクションです。登場人物その他、全て作者の想像の産物であります。
木枯らしの吹く町で 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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