第4話 押さえた現場
土曜日、午後2時、俺は例の廃屋にいた。一番奥の、あのリノリウムの床の、元ダイニングキッチンに使われていたところまで行き、すりガラスを締めた。窓の二段目の真ん中だけ、ガラスが半分欠けている。
俺はその内側で、いつも通りアタッシュケースから取り出した三脚を立てると、その上に指向性のガン・マイクを付けた小型のビデオカメラを据え付けた。
『奴ら』が来ると言った時間まで、まだ2時間はある。
まあいい、待つのは慣れているんだ。
こういう時、時計の針が回るのは遅く感じるというのは、俺にとってはあまり意味のないことである。
待つほどの事もなく、時刻は四時になった。
もう辺りは薄暗く、風が吹き込んでくる。
そのうち、外で人の声がした。
俺はファインダーをのぞき込んだ。
紛れもない、奴らだ。
(おい・・・・今日こそは持ってきたんだろうな?)
(ごめん・・・・なかなか親のガードが固くて・・・・)
(なんだよ・・・・持ってきてねぇのか。じゃ、仕方ねぇな。約束通り「アレ」だぜ?)
二人が正の両手を抑えた。
(おい、出せよ)ボス面をした少年、栗田という名前の奴が、脇に立った別の一人に命じると、彼はバッグの中から何やら取り出した。
拳銃である。見た目は、コルト・パイソン357の6インチだ。
(ありゃあ、偽物だな)
俺は直ぐに思った。恐らくモデルガンか、或いはエアガンを改造したやつだろう。
(さあ、何処を撃って欲しい?)
(止めて!止めて!)
正が涙を流しながらもがいている。
(ちょうどいいころだな)俺は思い、カメラのスイッチを切ると、わざと大きな音を立てて硝子戸を開いた。
『カット!オーケィ、ななかか上手く撮れてたぜ、素人にしちゃあ名演技だ!』
突然廃屋の中から飛び出してきた俺に、五人の目が一斉に集中した。
『だ、誰だよ?あんた?』
俺はポケットからホルダーを出し、ライセンスとバッジを見せた。
『探偵の乾ってもんだ。ある人に依頼されてね。君らの事を調べてたってわけさ』
それから、俺は着ていた服のボタンをはずし、上着を派手にめくり、脇に吊るしたホルスターを見せつけた。
『どっかで聞いて知ってるだろうが、これはオモチャじゃない。本物だぜ?近頃は免許を持ってりゃ、探偵だって拳銃を持っていいことになってる』
俺は黙って縁側から庭に下りると、栗田という奴の手から拳銃を取り上げた。
『やっぱりな‥‥』
思った通り、それは改造拳銃だった。ラッチを押してシリンダーを開いた。
弾丸は出たが、ブリキの筒に鉛弾を押し込んだ、幼稚なものである。
『あぶないとこだったな。もし君がこいつを一発でも撃っていたら、俺も或いは君に向かって発砲したかもしれん。もっとも、こんな粗悪な改造拳銃じゃ、発射する前に君の指が吹っ飛んだかもしれんが』
『あ、あの・・・・僕たちふざけてただけです。決して本気じゃ・・・・』
『ふざけてた?』
俺は眼鏡(勿論ダテ眼鏡だ。何しろ両目とも2.0だからな)を外し、四人をにらみつけた。
『馬鹿なことをいうんじゃないぞ。俺はさっきから君らの一部始終をカメラに収めてたし、音声だって録音してるんだ。あんまり大人に向かって舐めた口を聞くもんじゃないぜ』
俺はわざと低い声で、脅すように言った。
『さあ、どうするね?』
四人は顔を見合わせると、
『・・・・おい、行こうぜ』そういい、すごすごと大野正を残してその場を立ち去って行った。
俺は廃屋に戻り、カメラを型付けると、また庭に下り、そのまま出て行こうとした。
『あの、ちょっと待ってください!』
大野正が俺を呼び止める。
『なんだね?俺はこれから帰って、報告書を纏めなくちゃならないんだ。』
『その・・・・僕のことを依頼した人って、一体誰だったんですか?』
俺はため息をついて、ボロボロの縁側に腰をかけた。
彼もつられて隣に座る。
俺はもう一度ポケットに手を突っ込み、銀色のケースを取り出し、中から茶色いスティックを取り出して口に咥え、ケースを彼の方に突き出した。
『心配すんな。これは煙草じゃない。ただのシナモンスティックだよ』
俺の言葉に、彼は安心したように一本つまんだ。
『あの、さっきの質問ですけど・・・・』
『悪いが、それは言えない。これでも職業倫理には厳格なんでね。でもこれだけは言っておこう。君の事を誰よりも大切に思っている人さ』
彼は俺の渡したシナモンスティックを口に咥えたまま、へたりこむように縁側に座った。
俺も並んで腰を下ろす。
暫く二人とも押し黙っていた。
『僕・・・・これからどうすればいいんでしょう?』
『俺に聞いてるのか?悪いがもう仕事は終わったんだ。』
彼は学生服のポケットを探り、封筒を取り出した。
『十万円あります。四人に渡すつもりだったんですけど・・・・』
『俺に依頼をしようってか?』
苦笑しながら封筒を受け取り、中身を改めた。一万円札もあったが、後は殆ど千円札ばかりだった。
俺はそこから一万円だけ抜き取って、残りは全部彼に返した。
『これだけ貰っとくよ。子供の懐を漁るほど、さもしい根性は持ち合わせちゃいない』
さっきのスティックをかじり終えた俺は、もう一本摘み出して口にくわえた。
『・・・・どうしろとは俺には言えないし、先の事は俺にも分からん。ただ、そうだな・・・・君がもし奴らが何かしてきた時、それに対抗できるならそうすればいいし、出来ないなら』
『出来ないなら?』
『学校なんかいかなけりゃいい。』
『ええっ?』
『まだ中学生だろう?一年やそこいら休んだって、義務教育なんだから、大して影響なんかありゃしない。戦争だって同じことだ。無茶に突き進んで無駄な犠牲を出すのはバカのやることだ。撤退して力を蓄える。これも戦術だよ。』
そこまで言うと、俺は立ち上がった。
『・・・・柄にもなく、お喋りをしちまったな。あんまり暗くなると、誰かさん達が心配するだろうから、もう帰ったほうがいい』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます