棒人間

かゆかおる

第1話

「ぼうにんげん」を変換すると、「某人間」が出てきた。私は「棒人間」をイメージし、期待していたのだが、一発目で「某人間」に変換されたということは、「某人間」の方が「棒人間」よりもポピュラーなのか?「普通」なのか?オーソドックスというやつのなのか……。


 辞書を引かずに推測するに、「某人間」とはある特定の噂の、その、つまりあの皆が知っているあれよ、そうそう、あの人間ね、でもここで特定するのはまずいから、あなたが知らなくても知っていても「あの人間」ということで理解しといて、という意味だろう。しかしながら、人間とは生物界のカテゴリーの名称である。だから、人間に「某」をつけるのは我々からしたら変だ。


 例えば、私が「棒人間株式会社」に勤めており、他人に特定されたらややこしいので、とりあえず他人から「あなたのお勤めは?」と聞かれたとしたら、「あ~、えっと、株式会社だよ」と答える。漠然としているため、また相手から「なんていう名前の会社なの?」とさらに聞かれてしまう。そこで私は、「名前は言えないなあ。まぁでもその、普通の会社だよ」と答える。少なくとも「君が知っているか知らないかは知らないが、知っている人は知っている『某株式会社』だよ」とは言わない。


 いや、言うかもしれない。


 私は「某株式会社」に勤めていると、言うかもしれない。



 でもこの違和感は何だろう。


 自分の会社に某をつけるのはおかしいのではないかという疑問が浮かぶ。


 そこで、私は「某」について簡単にではあるが、携帯の辞書機能を用い、調べることにした。


 明鏡モバイル国語によると、[某]について、「人の名や場所・時などを、不明な場合、またそれをわざとはっきり示さない場合に使う語」と説明されている。


 ふむふむ、自分の会社を「某会社だよ」と言うことは間違いではなさそうだ。


 それでは、「某人間」の解釈の仕方はどうすればいいのだろうか。私がタイトルにつけたかった、そしてつけたのは「棒人間」である。


 本題に入る。私はある日のお昼にハンバーガーショップへ行ったときのことで、私は私自身が「棒人間」のように感じたことについて記録したい。私は真っ直ぐ前を向いて淡々と歩き、外界の全てが私の内面に吸い込まれ、まとめられ、客観的に私自身が一本の軸を持った棒のようなものに感じられたのだ。外を歩いているとき、他人は私を意識せず、記憶にも残っていないだろう。でも、私は自分を一本のしっかりとした軸を持った棒だと認識していた。


しかしながら、もしかしたら、私は猫背で下を向いてふにゃふにゃに曲がった棒に見えていたかもしれない。どっちにしろ、一本の棒に変わりはないのだけれども。


 そうこうしているうちに、店へ着いた。この日は平日で、大学生で賑わっていた。注文は既に決まっていた。チーズバーガー2個とフライドポテトMサイズだ。だけど、本当にこれでいいのか、不安になりメニューを見た。見たけれど、私の決断が変わることはなかった。なぜなら、もう考える時間がなかった。大学生で賑わっているとはいえ、店員はテキパキと業務をこなしている。店員が私のようなのろまだったなら、もう少し考える時間はあったと思うが、


 「次の方どうぞ」



 呼ばれてしまった。



 にぎやかな店内で、私は静かに息を吸い込み、


 「えっと、全部単品で、チーズバーガー2個と」


 言った。言えた。しかしちゃんと店員に伝わっただろうか?私の声が騒音に消されてないだろうか?このことについて、確信は持てなかった。店員の声は私には聞こえなかったが、レジを打つ手の動きと音は確認できた。


コミュニケーションは成立した。しかし、まだ終わっていない。


 「ポテトのMを下さい」


 「店内でお召し上がりですか?」


 「持ち帰ります・・・」


 「はい。470円です」


 ミッションはクリアできた。


 レシートを見ると、「ハンバーガー 100円 2個」と書かれていた。


 そのまま帰路へ。


 家に着くなり父には最初に伝えておいた。「チーズバーガー頼んだけど、ハンバーガーになっちゃった。いいよね。値段はハンバーガーの100円だし」


 なのにもかかわらずいざハンバーガーを口にした父は「あれっチーズ入ってない!」


 「だからさっきも言ったでしょ。混雑してたし、いちいち言うのも面倒だったから」


 この日は父に何を食べたいとか聞かず、作るのも面倒だったため適当にハンバーガーショップで済まそうという、私の怠けからきた決定だった。毎食作るのは大変。主婦は大変だと思う。私はあくまでも主婦ではないが、いちいち材料買って、調理して洗って、本当に面倒くさい。やる気があるときはいいが、ないときはとことんない。とんとこない。

 着替えて出かけるのがこんなにも億劫で、徒歩5分のハンバーガーショップに行くのでさえ悩ましい。


 肝心のハンバーガーは味気なかった。ただ、ピクルスがいいアクセントをしていたのは事実だ。フライドポテトの油は身体に沁みた。店員の顔はもうほとんどぼやけていて思い出せない。


 どこのハンバーガーショップかって?


 あの、あれ、某ハンバーガーショップのことだ。


 ようやく、気づいた。私は「棒人間」ならぬ「某人間」であるのだ。

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棒人間 かゆかおる @kykor82

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