第5章【7】

 再び目を開けた時、アタシはいつもの病室にいた。


 アタシはお父さんとお母さんと由依さんの三人に見守られていた。アタシが目を覚ますと、三人はほっと安堵の息をついた。


「よく頑張ったな、蛍。手術は成功だ」


「手術?」


 お父さんの声にアタシは聞き直した。すると今度はお母さんが答えてくれた。


「蛍、手紙を書いていたでしょう? その時に意識を失って、集中治療室に運ばれたの。でも安心して。手術は無事に成功したわ。蛍の病気はこれからきっと快方に向かっていく」


 お母さんは春の陽だまりのような朗らかな笑顔を向けてくれている。


「アタシの病気、治るの?」


「もちろんだとも」


 お父さんは力強くそう言うと胸を張った。


 信じられなかった。諦めかけていたアタシの命が再び輝きを取り戻すなんて。


 アタシの目からしぜんと涙がこぼれ落ち、慌てて袖でぬぐった。


「ところでお父さん。どうしたの、その恰好?」


 お父さんは白衣を身にまとっていた。まるで本物のお医者様のようだ。


 大人たち三人は不思議そうに顔を見合わせた。由依さんが優しく教えてくれた。


「どうしたのって、蛍ちゃんの手術をしたのはあなたのお父さんなのよ」


「えっ!? お父さん、本当に医者になったの!?」


 お父さんは大きくうなずき、アタシに微笑みかける。


「ああ。昔、俺に『医者になれ!』ってうるさい奴がいてな。それがきっかけで、こうして医者としてお母さんと一緒に働けているよ。不思議な子だったなァ。名前は何と言ったっけ?」


 お父さんは遠い昔を懐かしむように目を細めた。


「大切な命が守れてよかったわね、あなた」


 お母さんもまた目に涙を浮かべ、小さく身体を震わせた。


 お父さんが誇らしげにお母さんの肩を抱く。お母さんも涙ににじむ目を輝かせながら、嬉しそうにお父さんに身を寄せた。


 どういうこと?


 アタシの頭は混乱していて、理解がなかなか追いつかない。


 アタシの取った行動が、未来を変えたってこと?


 けれども、アタシはこうして二人の間から生まれ、今もなお存在している。その事実は少しも変わらない。


 でも、奇跡は起こった。


 アタシの命は二人によってつなぎ止められたのだ。


 病気が治り、病室を抜けられたら、学校に通って、青春時代を友達と過ごせるかもしれない。そんな期待感が胸いっぱいに広がって、私はまたしても涙ぐんだ。


 約束を全部守ってくれたんだね、お父さん。


「お父さん。お母さん。アタシをちゃんと産んでくれて、ありがとう」


 アタシは夜の公園でお父さんに重い病気の事実を伝えた。きっと治らない、もう長くはないとさえ告げた。


 それなのにちゃんとアタシを産んでくれて、しかも病気まで治してくれて。


 お父さんやお母さんがどれだけ必死になって生きて、アタシを守ろうとしてくれたのかを思うと胸が熱くなった。


 大粒の涙をこぼすアタシの髪を、お母さんが優しく撫でてくれた。


 心が癒されるような温かい手だった。


「どういたしまして」


 お父さんとお母さんは幸せそうに笑い、心からの『ありがとう』をアタシに贈ってくれた。




「生まれてきてくれてありがとう、蛍」




                                  【完】

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