日々

「ポクポク太郎」


「……あの子達を教える事にしたよ」


「命を奪うことに正義感を覚える子になっちまったのはすこし悲しいけど」


「仕方ない。運命だったのかもしれない」


「…結局、俺が救えたのはあの瞬間の彼等でしかないんだな」


「辛気臭いな、ごめん」




「大丈夫。大丈夫だよ。俺はまだ英雄をやれてるよ」






 ☩


「ヒンツァルトさん!お願いします!!」


「お願いします!」


 目の前で頭を下げるロービィとリーラ。山の中腹にある俺の家の庭に、彼らが居る。それに少しだけ違和感を感じた。

 彼らの目はそれこそ今日の秋晴れの空のように澄んでいた。彼等は心の底から強くなりたくて、俺に師事したのだろう。

 それがむず痒い。

 俺には真っ当な師がいない。

 全て、盗み見だったり、戦う中で試行錯誤したりであるから体系的に纏まっていないし、自分の今考えている事をどう伝えれば良いかも分からない。

 結局、俺の剣は人様に教えられるようなものでは無いのだ。

 これは彼等に教えるのが嫌だった理由の一つでもあった。


 だが、目の前の彼等を裏切りたくもなかった。


 実はエインリッヒから彼等の事を少し聞いていた。

 彼等はもう狩人として第2位階、つまり大型の魔獣の討伐許可すら得ていて、その気になればマンティコアやバイコーンすら狩ることが許される。まだ第2位階としては駆け出しだが、15の少年少女には十分過ぎる称号だ。

 それほどに努力したのだろう。

 それほどに悔しかったのだろう。


 そんな子供達にやると、大人が言ったのだ。

 なら、守るしかない。


「初めに言っておくぞ。俺に師匠なんて呼べるやつはいないし、人から教わったこともない。だから、教え方なんて知らん」


「それでもいいのか?」


 彼らの目に揺らぎは無かった。


「「はい!!」」



「…できる限りはするよ」


 そう言って俺は木でできた歪な棚から細い薪を1本抜く。今朝割ったばかりのやつだ。

 ぽかんとした顔で見ているリーラ目掛けて投げた。

 リーラは咄嗟のことで上手く避けきれずロービィに圧し掛かるように倒れた。薪はそのまま森の中へと消えていき、ドスンと重い音がする。


「凄いな。今の避けるのか」


 少し彼等の事を侮っていた。流石は第二位階だけある。反射神経だけなら王国騎士団長のリー卿に勝てるやもしれない。あいつに持っていた剣を鞘ごとぶち当てたのは良い思い出だ。


「何するんですか!!」


「そうですよ!危ないじゃないですか!!」


「え、ごめん」


 リーラとロービィの鬼気迫るその表情に思わず謝ってしまう。だが、別に何も彼等を傷付けたくて投げた訳では無いのだ。


「でも、君達が戦うのは獣だろ。彼等はこちらの抜刀を待たない」


「でも!」


「俺が教えるのはだ。人との戦い方じゃあないし、剣の振り方でもない」


 グッと歯を噛み締めるロービィとリーラ。多分彼は剣を教わりたかったのだろう。アダダーラを切った剣を。


「ロービィ、リーラ。君達の戦い方は聞いてる。獣に真っ向から挑むんだってな」


「はい。僕たちはそれで切り伏せてきました」


 立ち上がり、土煙を払いながらリーラは誇らしげにそう言った。


「ああ。それはすごいよ。でもそれは狩人のやり方じゃない。騎士のやり方だ」


 彼らの最初の師は東方常備軍の1人であったという。あの時、彼等とポクポク太郎を囲み、憎悪をなげかけた内の1人。罪滅ぼしのつもりかは分からないが、大事なのは彼らの師は騎士であった。


 そして、彼らの傍で彼らを見守った英雄レイ・フィッチもまた騎士だった。


 狩人として獣を狩ると言う目標に対して彼らが選んだ師は適切ではなかった。最善であったかもしれないが。


「獣は命を奪うことに対して非常に狡猾だ。いつだって俺たちの隙を待つ」


「あいつらと正面向かって戦うのはどうしようもない時だけでいい。狩りは見世物じゃないんだ。過程に価値を見るな。そこに囚われると狩人にはなれない。この先で君たちは卑怯な手で死ぬだろう」


その言葉に彼等は少し悔しそうな顔をした。初日から少し言いすぎたのかもしれない。この辺でいいだろう。


「それこそこんなふうにね」


 そう言うと惚けたリーラとロービィの頭に小さな薪が落ちてくる。イタッっと声を上げて蹲る2人に上機嫌に近づいてくる犯人。

 まだまだ子供な彼等に影を落とす。


「何?薪?」


 そう言って訝しげに振り返るリーラ。その眼前には赤い目が爛々と輝いていた。


「太郎ちゃん!!」


「太郎!!」


 驚くことも無く彼等は笑顔を咲かせた。彼らにとっては俺なんかより、相棒の方が、の方がよっぽど英雄なのだろう。

 狩人ですら慄くかの黒馬に抱きつく。

 ポクポク太郎も尾を高く揺らし、穏やかに彼等に身を任せる。

 随分と丸くなったもんだ。昔は俺が抱きついても怒ったくせに。



 リーラは顔だけこちらに向けてそう聞いた。

 その答えは俺にとってもリーラとロービィにとっても少し悲しいものだ。


「まだ、走るのは無理みたいなんだ。歩くくらいはできるけど」


 あの時の無理とロドで兵士たちに付けられた傷が相棒を苛み続ける。医者が言うには普通ならもう潰すしかない程の怪我であった。

 この世界には陽光石というほとんど全ての傷を癒せる代物がある。しかし残念ながらあれは優れた術者とグリゴリ教の洗礼が必要だからポクポク太郎には使えず、ただその生命力と医者だけが頼りであった。


 そんな中でもポクポク太郎は再び歩いてみせた。1年ぶりに立ち上がり、歩いた日はエインリッヒとさえ酒を呑んだ。

 心の底から喜びを表したのは随分と久しぶりで、生まれて初めて記憶が飛んだのはいい思い出だ。

 目覚めると目の前に赤い目があったのには驚気を通り越して恐怖すら感じたけど。

 あの時の感動を、喜びを、彼らも感じているのだろう。それを遮るつもりもない。

 それどころかもとより今日は修行などする気はなかった。


 その後に、彼らと過ごす上での役割やルールを決めて彼らを帰した。最近はここ、ガーロの宿に住んでいるらしいから、余ってる部屋に住ませる事も決まった。







 思えば、このあたりはまだ平和だった。

 薄汚いアレが来るまでは。

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