下らない旅路とお馬鹿な目標

 どうしてだろう。


 どうしてこうなったのだろう。


 俺は英雄になりたかった。


 _______________何故?


 その答えは単純だった。


 俺は人に感謝されたかった。

 誰もが認める人間となりたかった。


 それにより、人は救われる。

 それにより、俺は救われる。



 ならば、俺には阻まれる理由がないように思えた。

 ならば、俺は英雄になれるはずであった。


 ではどうしてこうなった。


 その答えも単純だった。


 俺に学がないからである。

 俺に美貌がないからである。

 俺に社交性がないからである。

 俺にカリスマがないからである。


 俺に友がいないからである。

 俺に恋人がいないからである。

 俺に先導者がいないからである。


 俺に運がないからである。

 俺に信念がないからである。


 俺に肥大化した幼稚な夢と不必要なほどに重くのしかかる才があったからである。


 人が憎い。

 世界が憎い。

 神獣種が憎い。


 エインリッヒが憎い。


 ガルラードが憎い。


 エンディが憎い。


 ヘリゼン王が憎い。


 王国の民が憎い。


 ブルックリンが憎い。

 …帝国の兵が憎い。


 嗚呼、全くもって簡単なのだ。

 この世界で俺は爪弾き者なのだ。


 飢渇と蔑まれてなお、人の上に立ち、高きその眼から全てを見通すエインリッヒ。

 人と結ばれ、王国の守護者として永きに渡り君臨する世界に名高きガルラード。

 王国にて暗躍し、その忠義をもって王国に殉ずることを誇りに生きるエンディ。


 彼等こそがこの世界の主演なのだろう。


 俺では無いのだ。


 全てが満たされぬ。

 何一つも満たされぬ。


 どれだけ焦がれ、血を撒き、心を薄めようと。


 この世界において主演とは全く俺では無い。


 それだけでは無い。


 努力を疑われた。

 夢を笑われた。

 功績を殺された。

 愛を蔑まれた。

 友好を否定された。

 平穏を犯された。

 現実を見せつけられた。

 血縁を利用された。

 生命を弄ばれた。

 覚悟を侮られた。

 尊厳を壊された。

 想いを踏みにじられた。


 もはや狩人としての才、英雄になるという誓いと愛馬のみが俺であったと言って良い。


 そして、その愛馬すらも奪われようと言うのか。



 嗚呼、ならば。

 そうであるならば。

 全くもって人間など滅べば良い。


















 そう思えたら、どれだけ幸福だったのだろう。


 結局の所分かっているのだ。

 別に俺を害そうとした訳では無いのだ。

 俺の感じた怒りを、憎しみを、悲しみを、誰も理解しなかったように。

 彼らの背中にある、夥しいほどの責任と現実と感情とを、俺は理解出来ていないのだ。

 その意味でこの世には完全な悪は無い。


 だが、ああ。

 性善説を信奉するにはこの世界は残酷すぎる。


 アンリルの龍を盲目的に信奉出来たらどれだけ楽だろう。全ての行動を彼に委ねてもたれ掛かる人生は揺りかごに違いなかった。


 もっと俺が愚かだったならば、女性を抱くことも、名声を得ることも、夢を叶えることも出来ただろう。


 もっとこの世界が単純だったなら、どれほど良かっただろう。魔王が居て、それを殺すだけで良かった。それで、それだけで俺は英雄になれた。


 もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ






 現実にもっとは無かった。

 眼前に広がるそれが全てでそれ以上はなかった。

 それ以下はあるならば教えて欲しかった。






 一つ、また一つと針が刺され行き、血が滴ってゆくと共に何かが無くなっていく。

 そして出来た血みどろの怪物こそが俺だった。





 だから俺は走った。


 呪いであるとは言わない。


 醜い怪物に成り果てようと構わない。

 それはもう疾うに決めたことだった。


 だからこそ、走った。

 俺をこれ以上奪わせない為に。


 そのために兵は殴り飛ばしたし、獣の死体は踏みにじった。



 その果てにあったのは、倒れ込む黒馬とそれを庇う二本角の騎士、そしてそれを囲う幾重にも重なった兵共であった。


 罵詈雑言の豪雨を頑なとして受け入れぬ鋼の傘と血走った目をギラつかせた積乱雲のような獣。


 もう既に、騎士の足元にて昏倒した兵もいた。




 特に気にせず最短経路を歩いた。

 邪魔な兵は投げ飛ばした。

 騎士は沈黙したまま俺を通した。


「大丈夫か」


 その問いに僅かに相棒は嘶いた。

 それを聞いた後、堰を切ったように雫が溢れる。







 すまない。


 本当にすまない。


 俺がこんなだから。


 何も無いくせに。

 剣だけのバカの癖に。


 英雄なんて目指すから。


 周りを巻き込んで。

 不幸にして。

 苦しませて。



 ああそうなのだ。

 気付いてしまったのだ。


 エインリッヒもガルラードもエンディもヘリゼン王もブルックリンさんもグードさんもポクポク太郎も。


 誰も彼も。


 皆、俺の性で不幸になっているのだ。

 俺がいなければ、もっときっと平和だったのだ。


 だからこそ、全ては空虚で下らない旅路にほかならなかったのだ。英雄になるなど幼稚でお馬鹿な目標を掲げるべきではなかったのだ。



 泣くなと、ポクポク太郎がそう告げるように雫を舐める。


 嗚呼。


 何故怒ってくれないのだ。


 ここまでの侮辱を受けてどうして。

 俺を見捨てないのだ。


 俺のせいで殺せず、俺のせいで逃げられず、俺のせいで、こんなにも傷ついた。


 怒ってくれ。

 罵ってくれ。




 殺してくれ。


 死ぬならば君に殺されたい。


 やはりこの世など下卑たモノなのだと、諦めさせて欲しかった。









「あああああああああ」



 嗚咽が漏れる。


 まだ生きるのか。

 俺は、俺である為にまだ英雄を目指さねばならないのか。


 酷く静かになった人だかりの中でただただ子供のように泣いた。








「ああああぁあああああぁあああああああああああああああああああぁぁぁ」








 その声で起きてしまった2人の子供は傷つき倒れた黒馬に駆け寄り、俺と一緒に泣いた。





第1章 下らない旅路とお馬鹿な目標

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