これ、現実ですか?
目が覚めると、慌ただしくするブルックリンさんがまず写った。そして、彼にのみ聞こえるように報告する兵。少し顔を顰めて思案する彼の顔を見て怖気が背中を伝う。
これは使う人間の顔だ。
何度も見てきた。
エインリッヒもガルラードもあの王も揃って同じ顔をした。
何人が死ぬか。誰が死ぬか。利は。
そんな事ばかりを考える顔だ。
たまらなく嫌いな顔だった。
そんな顔を見たくも、させたくもなかった。
起き上がると足に痛みが走る。
つい数時間前まで無理を押し通して走り続けたのだ。限界も来るはずで、なんならさっきまでそのせいで眠っていたくらいなのだから、当然の結果であった。
だが無視した。
そんなものは英雄にとってさして重要なことでなかった。そんな様子を知ってか知らずかゼティスさんが優しく声をかけてくれる。
「おじさん、無理しない方がいいんじゃない?」
寝起きの頭にその声が反響する。グワングワンと脳を揺さぶる。
なんとも不甲斐ない身体である。
「ありがとう。でも行かなきゃ」
そう無理に笑顔を作る。ぎこちないものだっただろう。それでも彼女はその派手な見た目似合わない、穏やかな微笑みで答えた。歳だのなんだのと御託を並べる事が失礼であるほど、魅力的な女性に映った。
やらねばならないことは明白だった。
「ブルックリンさん。俺は何を狩ればいい?」
ブルックリンさんは驚きながら振り返る。俺を見つめるその目は鋭い。彼は今考えているのだろう。
俺を使う利。
俺を使う不利益。
頭の中で高速に、できる限り正確に、弾き出しているのだろう。
だが、その時間すら惜しい。
ここでブルックリンさんと争うことだけは避けたい。早く、早く俺を行かせてくれ。
逸る気持ちを抑えきれずに追い討ちをかけるように宣言した。
「万に一つも失敗は無い。そう約束しましょう。ここには自分の愛馬もいる」
その言葉はおよそ彼らの考えには無いものだったのだろう。驚きで声を失ったように口を開閉させる。
兵などは顔から血の気が引き、呼吸を荒くした。
ブルックリンさんも頭を抱えるようにして、ボソリと何かを呟いた。
その光景に苛立ちが募る。
この間にも兵は傷つき、死神が一歩また一歩と彼らの背中に躙り寄っている。
このような下らない茶番をしている場合では断じて無いのだ。
「アダダーラも倒しました。ここにいる畜生共位で何をそんなに躊躇うんですか!」
気づけばそう叫んでいた。
もうこの人達を無視して行くべきかと、そこまで考えて手首を握られる。
振り返るとゼティスさんがじっとこちらを見ていた。落ち着いてと、言っているようなその澄んだ目で俺を射抜いた。
ゼティスさんはその眼を馬車の扉の方、ブルックリンさんの方へ向けた。ほんの少しだけ寒気がした。人に向ける目では無かった。少なくとも俺の常識では、親戚に向けるような目では無かった。
なんて悲しい顔をするのだと。
そう思ってしまった。
思わず苛立ちも忘れるほどに。
「もったいぶってないで早く言ったら?だから無能なんだよ」
そう吐き捨てる彼女は先程までとは別人であった。優しく見つめる彼女は、朗らかに俺を揶揄う彼女は、そこにはいなかった。
子を殺された赤龍のような、怨嗟に駆られた獣がいた。何もかもを投げ打って、喉笛を噛みちぎるのではないかと思わせるほどの激情だった。
これほどの昂りを内に秘めながらも、彼女は行動には移さない。それはどれだけ不安定な天秤の元に成り立つものだろう。
彼は、ブルックリンさんはただ悲しげに「そうだな」と呟いた後にこう告げるのだ。
「ヒンツァルト殿。恐らく君の愛馬と思しき黒馬と私の兵が衝突している」
頭が真っ白になっていた。
この後のことを俺はあまり覚えていない。
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