「…本当は何処にいるんだ?」


 草原に聳え建つ荘厳な門。


 その虚空を眺めるは1人と1匹。


「はて、本当も何もありはしませんがね」


「だから貴様は嫌われるのだ」


「…ええ、そうでしょうとも」



 門の扉は開かれたまま。


 その虚空は揺らめく黒煙のように吹き上がる。


 門から先の光景はそれだけだった。


 何も愉快なことなど無い。


 この場に残されたモノ達は全てが感傷的だった。


 この沈黙だってそうだ。


 そこかしこに傷をつけたボロボロの沈黙だ。






「…貴様は、いやエンディはよくやっている。少なくとも私がそれを知っている」


「お戯れを。努力のみでは可でしょう。そこに結果が無ければ良たりえることは無いと、私は愚考しますがね」


「要らんところで捻くれおってからに」


 そう告げる黒馬の口調は何処か柔らかであった。


「…ああでもせねば、主は動けなかった。他でもないこの私が保証する」


 獣としてこの世に生を受けた黒馬が抱いていた感情それは慈愛、友愛とでも言うべき感情であった。


 主の精神が歪な成長を遂げたのは紛れもなく、眼下に映る男とそしてガルラードあの女に責がある。


 しかし彼等を攻めることは出来なかった。


 王国人という種を滅亡させない為に、間違いなく彼等は全霊を尽くしている。


 種の生存を優先すること。


 その生物として最も原始的な感情の一つを優先した彼等をどうして獣が責められようか。


 だからこそ、黒馬はどれだけ主が彼等を憎むとも、彼等を排することをしなかった。


 寧ろ協力的であったと言っても良い。


 彼等と黒馬は「国民を守護する」、「主を可能な限り守護する」という本来重複するはずの、しかし独立した互いの理念に反しない限り支援を惜しまなかった。


「…情けない。少年の夢を潰し、青年の幸を潰し、それを心のどこかで正しいと思っている。己の力不足を是認する醜悪な精神が…、いやはや、全くもって…情けない」




「抜かせ、貴様のそれは強欲よ。元来アレは人の手で対処出来る現状ではない」


「主はそんなバケモノを狩る生物だ。そんな存在がいるおかげで貴様らは生きている。それで十分だろう」


「…」


「不服か?ならばやはり人は欲深い。自らの生存、種の生存、自らの幸福、更には他者の幸福。どこまで望むのだ」


「全てを望むこと、間違っているとは思いがたく。それだけは譲れぬことをお詫びしたい」


 その目はその意志を雄弁に語っていた。


 であればそれ以上、黒馬が語ることはない。


 互いの主張は理解できる。


 しかしそれを認めることはない。


 その本能が故に。


 ならばもう議論は必要なかった。


「…まだあの門は潜れぬか」


「今暫くお待ちを。まだ、案内役義妹が来てないようで」


「…歯痒いな」


「…お許しを」


 己が信念は違えども。


 この無力な身を恥じる。


 その気持ちだけは互いに痛いほど理解しているのだから。



 ☩


 神獣種について、分かっていることは少ない。


 その全てが海に住まうこと。


 何らかの超常現象を扱うこと。


 そして、その全てが大陸の中心を目指すこと。


 姿形が同一の個体は未だ確認されておらず、この3つ以外の性質はその全てが謎に包まれている。


 しかしこれはあくまで通説であり、比較的適当と見なされたもの。


 日夜人類の脅威に対する研究は行われており、特に大陸の極東に存在する王国ではその脅威に対する危機感、そして何より近年の英雄の活躍もあり、観察、実験、解剖が盛んであった。


 それゆえに彼等は知っているのだ。


 アレは正しくであることを。


 更に、近年導き出された興味深い報告がある。


 ある神獣種、それは狼のような姿をとるが、奇怪にもその体は彫刻であるかのような硬度、流麗さを誇りそれでいてなお確かに生きていた。


 十字の形に開く口とそれに伴う4対の目、自然な位置に2つある耳が逆に不自然であった。


 それは空間を跳躍した。


 予備動作を必要とせず、縦横無尽、神出鬼没、それらを体現するかのように東岸の平野を2mはある巨躯が駆け回った。


 英雄によって首と胴に分かたれたそれは十分な観察の後、とある実験に用いられた。


 それの血肉を人体に与えたらどうなるのか。


 当初、この実験は未知のコトが余りに多く棄却されていたがとある人物の介入により決行された。


 被検体の条件は厳しく、そもそも神獣種と英雄の関係を知る者、死んでも問題ない者、王家に叛逆の恐れがない者、これらを満たす必要があった。


 白羽の矢が立ったのは当時のフレグマン家の長、その弟であり、本人も国の為に残り少ない命を利用することになんの躊躇いもなかった。


 かくして実験は行われ、その結果、王国は''門''を得た。


 実験は多大な利益を残したかのように思われた。


 被検体により開かれる''門''。


 その中に入ろうものなら二度と帰ってくることはなかった。


 更には日増しに狼に近付くように彫刻のようになりゆく被験体。






 解決策は見つかった。


 もはや彫刻となった被検体に意識は未だ存在していた。


 故に彼の一部を具体的には左目を取り出した。


 これにより、彫刻となった後にも、我々が望んだタイミングで2点を結ぶことが可能となった。


 また、門の中での案内役は被検体の一部を持つことでその役割を果たせることが分かった。


 案内役は被検体の妻が務めることとなった。


 彼女は夫の指を持ち、虚空に消えた。



 この後も当然問題が起きた。


 案内役が度重なる実験で門の中の狂気に触れてしまったこと。


 それにより、彼女は夫に近づくに連れて我々を向こう側に連れていこうとすること。


 しかし、知っての通りこれは技術として実際に用いられている。






 「神獣種の超常現象は利用可能性があるのでは無いか」


 それを英雄が存命である内に可及的速やかに解明すること。


 これが近年の王国の方針である。

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