獣を狩る者
それを始めに見たものは幸福だった。
自分が何によって死ぬか。
それを知ることが出来たのだから。
それを始めに見たものは不幸だった。
自分は死ぬ。
それを知ってしまったのだから。
破壊、殺戮。
それらは彼等に付帯するに過ぎない。
彼等は目指す。
彼等は歩く。
その過程が他の生命にとって災禍となる。
それが今回、王国に向かう。
事実はそれだけ。
覆ることは無い。
それにとってその道程が最短であった。
そして、それが英雄がいなくなった日であった。
事実は
結果は
現実は
無情にも変わらない。
☩
ガーロへの道は舗装されており、秋の肌寒さを除けば苦はなかった。秋の柔らかな日差しとは裏腹に薄暗い主の顔を見て、その限界を悟った。
あの日宿に帰ってからその口は閉ざされ、その目も自由を謳歌する青年の目とは言い難い。
主の力をもってすればほぼ悩みなど無いはずなのだが、主はどうしようもなく人であった。
主は孤独を恐れた。
主は大衆を恐れた。
主は…自らの力をも、恐れた。
人は獣より脆弱だ。
獣は生きる事に躊躇いがない。
対して人はどうだ。
感情を持ち、社会を持ち、誇りを持つ。
時として、彼等はそれらの為に命を賭す。
下らない。
自分の命より優先すべきものなど無い。
生きねば何もないのだ。
主は人である為に、人である事を捨てられないが為にここにいる。
それほどに虐げられようとも、ヒトを求める主という存在が人間という生命の度し難さを際立たせる。
殺せばいいのだ。
自らの生命を脅かすなら。
だが、主が剣を人に向けるのは人生であっても一度だ。己に突き刺すその時だけだ。
それだけはさせられなかった。
私は獣だ。
己が生きることを第1としている。
だが、それが脅かされない限り主には幸福であってほしいと願っている。心から。
誰よりも力を持ちながら、誰よりも凡庸で、不器用で、ちっぽけな悪者で、誰よりも善人で。
そんな人間が幸福に慣れないならば、世界の方が間違っている。
なのに、なのに、主は世界が間違っているなんて想像もしないのだろう。
ならば私に出来るのは降りかかる火の粉を叩き潰すことだけ。
主が求め、目指す幸福を最大限補助する事だけ。
それが私にできる事だ。
だから泣いたっていいんだ相棒。
泣いてくれ。
君が全部背負うことなんてしなくていい。
自分の事だけ考えたっていい。
それだけの事を君はしてきた。
もし、もし望むなら君の未来までの道は私が舗装してやろう。
それまでは俯いて泣いていい。
君が顔を上げた時。
君の道に光がなければならない。
☩
何がしてえんだろ
それが俺の本音だった。
分からなくなった。
俺は英雄って奴になりたくて、がむしゃらに剣を振り回した。
でも、それがダメになっちまって、今度は影の立役者みたいになろうとした。
まあ、それも結局徹しきれずにボッチになって逃げ出したんだけど。
逃げ出したら逃げ出したで、逃げ出した所為で人が死んでんじゃねえかって怖くなって、辛くなって。
でも、今更戻りたくもなくて。
この世界ってやつが大っ嫌いだ。
こんな事なら俺は英雄なんか目指さなきゃ良かった。
不謹慎だと言われたっていい。
俺は人に認められたかった。
馬鹿だけどチヤホヤされたかった。
何がわりーんだよ。
俺はチヤホヤされて、他の奴らは助けられて、最高じゃねえか。
あのクソババアに言われた力と責任は切り離せないとかいう言葉はまるで呪いだった。
評価されないのに責任だけは重いってどーよ。
まして、金持ってる奴に延々と金で報酬って。
使うとこねーよバカ。
空を見る。
澄んだ爽やかな空に唾を吐いてやりたかった。
雷でも槍でも降ってくればいいってのに。
死にたくねえのに死にたい俺にはそんくらいの理不尽でもなきゃ諦められない。
「なあ、ぽくぽく太郎。飯にするか。」
そう言った矢先だった。
後ろに向かって相棒が異能を使ったのは。
「っあ゛ァ!!」
慌てて剣を抜こうとしてその手が止まる。
「エンディ…」
エンディ。
またの名をあのクソババアの手先その1。
善処するが口癖のジジイ。
説教臭い。
嫌い。以上。
そんな奴が相棒の異能で潰れたカエルみたいになっているのに俺は何も感じなかった。
笑いも、動揺も、同情もなかった。
「もういいよ、相棒。このジジイの事だ。殺せるならとっくに殺してる。そうしなかったってことは用があったんだろ」
忍び寄る必要があったかは知らんけどな。
異能を解かれたエンディはすぐには立ち上がれないようだった。
「何しに来たんだよ」
「ゲハッ、ゴホ、説明は…ゲホ、いるのかね」
「ねーよ。嫌がらせだよ」
「ハアハァ、趣味が…悪いの、は、ヒュ‐、感心しない」
そうだ。
こいつが来るのは決まって同じ。
「…神獣種だろ。それも、東部」
どうしようも無いあのクソッタレ共が、救いようのない所から上陸した時。
その嫌味たらしいスーツに着いた土埃を払いながら、彼は俺を見据える。
それだ。
その自信に溢れた態度。
俺を値踏みするような目。
その全てが俺の神経を逆撫でる。
ふざけんなよ。
俺の答えは決まっている。
「……行かないぞ」
☩
私は。
彼に声をかけられなかった。
彼の肩を叩く事が出来なかった。
会わずにいたのはほんの数日。
にもかかわらず、彼はどうだ。
これが王国の民を救い続けた男なのか?
これが私の尊敬する彼なのか?
これが、本当の彼なのか?
そう思うと私が告げねばならないその事実は彼にとって死刑の通告、いやそれ以上な様に思えてならない。
私には子も孫もいる。
彼よりも孫は10歳程若い。
だが、彼のその泣き出しそうな顔は孫とそう変わらないように見えた。
立ち止まる彼に、背後にいる私にさえ気付けないくらい、追い込まれた彼に。
我々は縋らなければならない。
我々のなんと情けないことか。
だからこそ太郎殿が異能を使ってくれた事には感謝していた。
私はこのままでは延々と無為な時間を過ごしていただろう。
そしてそれは恐らく王国の民にとって最も許されざる行為であった。
己の、なんと情けないことか。
太郎殿は恐らく分かっていたのだろう。
私が話し出せないことも、それを聞かなかった彼がどれだけ後悔するかも。
太郎殿は厳しい方だ。私への配慮では無い。
だが、感謝していた。
覚悟が決まった。
尊敬する彼にどう思われようと構わない。
いや、もう嫌われているのだろう。
そう考えると少し寂しかったが、私だって家族や仲間の住む王国を思えば、仕方ないと割り切れる。
もう私は立ち上がれる。
残酷な言葉を紡ぐのはこの長い人生で慣れてしまったと思っていた。
だが今日、そうでも無かったと思い直した。
私の言葉を聞けば聞くほど彼の声は震えていく。
その事に彼は恐らく気付いていない。
すまない。
心の底から謝罪する。
この老骨が死にゆくまでに必ず伝えねばならない。
君は卑怯な私を許さないでいい。
そんな顔をさせた私を許さないでいい。
「……行かないぞ」
ヒンツァルト。
もう一度王国を救ってくれ。
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