これ、ただの馬鹿です

 物語とは、得てして都合のいいものである。

 美少女が何でもない男(自称)みたいなやつに惚れたり、都合よく自分だけ物凄い力があったり、自分がいた所では何でもない知識がオーバーテクノロジーと化したり。

 人は他者と自分との決定的な違いを求めている。したがって物語に求められるのは、カタルシス、要はざまあ的な展開ではないだろうか。

 そうなると、もちろん物語は自分と重ねる主人公が優越感を抱けるようなものであり、主人公側に大義名分が無ければならない。

 繰り返すようだが、そこにはざまあ的な展開を、人並みに過ぎていく日常の中に見出したい、という欲求の高まりが根源に見られる。非日常への憧れと言ってもいいかもしれない。

 物語の役割はその感情を偽りの世界で解消し、発散させることである。だが、カタルシスにもいくつか条件という物がある様に思われる。

 例えば15歳くらいの少年が婚約者に裏切られて力を得るという展開はまず、主人公に客観的な非がないこと、逆に婚約者の浮気相手はクズで無ければならないのだ。そこで初めて、主人公は力を得て見返す事に大義名分が出来上がる。また、浮気相手が善人であり、女の二股に気付いて嘆くといった展開の場合はそれを補うほどに婚約者がクズでなければならない。そうでなければ復讐の大義名分が揺らぐからである。


 さて、ここまでダラダラと語り続けてきたけど、ざまあ的な展開でもう1つやっては行けないことがある。


 それは、


「ポクポク太郎、右だ!!」


「うぐッ」


 ざまあ的な展開までの鬱憤のタメが異様に長い事である。


「ああ、もう!!うざったいなァ、こいつ等!!」


 引き続き現場からお送りさせて頂きます。どうも、ヒンツァルトです。正直ピンチです。ポクポク太郎の異能で意識を失った黒ずくめの男を流し目に、森を駆けていく。


 巫山戯る内心とは裏腹に脂汗が額に滲んだ。安全で楽で愉快な旅なんてのは俺には似合わないらしい。



 それは二時間前のことだった。


 ☩


「ポクポク太郎。いつも通り寝てていいよ」


 森の夜には本当に光がない。今宵は月もなく、小さくなった焚き火が微かにポクポク太郎の寝顔を照らしていた。

 今日でこの旅ももう四日目が終わろうとしている。帝国までの道のりはあと三日は続くだろう。遠回りではあるが、旅は嫌いではない。楽しみだって最近見つかった。


「あの星は昨日より位置がズレてる気がするな…。あっちはゲルデーヌっつったっけなあ」


 星だ。26にもなってなーにが星だ気持ち悪いと言われようと他にやることもないのだ。暗いおかげで綺麗に見える星を見るくらいしかすることがない。森の中の暗さもたまには粋なことをする。


 1日目こそ2時間交代とかでポクポク太郎と寝ていた。だけどポクポク太郎が昼間歩いてる間することが無いから俺が昼間ポクポク太郎の背中で寝て、夜は起きて監視というのが今の生活となっていた。食料もあらかじめ多く用意しておいたお陰で狩りをする必要も無いし、ポクポク太郎が頭がいいから1度行ったことがある上にもう一度経路を教えられれば間違えることもない。実に楽をしてる。


 そんな事を呑気に考え、仰向けに寝転んで星座の新作に精を出していた。


 刹那、腰に差した剣を抜く。そのままの勢いで右上に切り払う。すると、金属の触れ合う音がする。地に落ちた矢は月明かりに照らされ、鈍く光っていた。


「ポクポク太郎、まだ寝てないよな。逃げるぞ、敵襲だ」


 いつものように巫山戯ることも出来ないあたり、この時から俺は既に焦っていたのだろう。

爛々とした赤い目の巨体は言葉を言い終える前に背後に佇んでいた。まるで今の状況を正確に把握しているかのように。

 それを見て、ちょっぴり安心する。


「流石だな、相棒」


 そう言って相棒の背に跨る。鞭を打つことも、轡を引くこともない。背に乗るやいなや、相棒は静かにその大地を蹴り上げる。


 紅く煌々と輝くその目にこの身を委ねる。そして、敵の居場所を探る為に耳を澄ませる。テンポよく刻まれる相棒の足音に隠れるように、木の枝葉が揺れる音が不自然に森を響く。

 どうやら1人ではない。

 その時、何かが擦れる異音が耳に届く。抜いていた剣を音源と同じ方向に振り抜く。また、甲高い音が響く。その凶器は正しく相棒の首を狙っていた。


 しかし、こちらとしても方向さえ掴めてしまえばやりようもある。


「ポクポク太郎!右だ!!」


 ☩


 そして、現在。


 振り落とされないように鐙に力を入れる。

 その間も、矢は飛び交う。それを撃ち落とし続けるにも限界がある。いつ振り落とされるかも分からないし、どのくらいの敵かも分からない。しかも、脳みそにワタの詰まったケダモノ共とは違ってこいつ等は頭が回る。

 どうせ矢にも毒がぬってある。一撃でも当たればワンチャン終わりなこの勝負、まともにやり合って勝てるわけがない。


「クソッ!!」


 奴ら、夜目が効くらしい。どれだけ走ろうと、どれだけ道を逸らしても、矢はこちらに飛んでくる。その方向にポクポク太郎の異能を飛ばす。が、何も音がしない。こうもすぐに手を打たれちゃ、いよいよ打つ手がない。

 必死に頭を回した。もう一度言おう。焦っている。ポクポク太郎さえいれば大抵のケダモノはよってこないし、そうでなくとも大抵は殺せる。

暗殺だって、服毒、ハニートラップ、通りすがり、夜襲と一通り経験させて頂いている。にも関わらずこんなに焦っているのは、やはり浮かれていた。あらゆる重責から逃げ出して油断まみれだった。


 なんだか、残酷なまでに厳しかったあの日々を思い出す。走馬灯ってやつなのかもしれない。


 ヘロヘロになって帰ってきて、門兵に酒をぶっかけられたのはきつかった。ハニートラップの時、身体を触ったら拒絶されたのは一周回って可笑しかった。お前仕事じゃねえのかよ。あのクソババアに相談したら、もう少し頑張ってくれ、金なら出すって言われた時は失望したなあ。励ましてくれるだけでよかったのに。金なんて要らねんだよ。




「…ふざけんなよ」



 気が付いたら泣いていた。悔しくて悔しくて。


 ガキの頃。母ちゃんに聞かせてもらった英雄譚。勇者に憧れた。どうせ村の小さな商人の三男坊。剣を持ち、振るうことを止められることなど無かった。

 来る日も、来る日も、来る日も、来る日もがむしゃらに剣を振って、剣の本を読み漁って、ドヤされるの覚悟で、色んなところでやってた道場の様子盗み見て。それでも、ケダモノ達を前にすると足がすくんで小便漏らして。背中の傷は剣士の恥なんて言うけど、俺の背中は傷跡だらけで。


 涙が、黒い相棒の背中に染み込んでいく。普段なら嘶いて、文句を言ってきそうなもんだが、そんな余裕が無いのか、気を使っているのか何も言わなかった。


 この世界はどうも俺のことが嫌いらしい。


 復讐なんてする気は無いんだ。ただ人並みの幸せが欲しい。ガキの頃みたいに、強い自分を見せびらかしたくなんてない。ハーレムなんて要らない。金なんていらない。


 友達が欲しい。嫌な仕事をして、馬鹿みたいに騒いで、お前も大変だな、俺のところもよお、なんて下らないことを言い合える友達が欲しい。


 愛する人が欲しい。俺は顔がいいわけじゃないし、面倒も沢山あるから、多くは望まない。ただ辛いことがあっても見たら元気になれるほどに愛せる人がほしい。


 子供が欲しい。愛する人と自分でここが自分に似てる。ここは君似だね。なんて訳わかんない惚気して、成長する姿を見て、反抗期で嫌われちゃうかもしれないけど、守るべき子供が欲しい。


 思ってみれば、ガキの頃夢見た自分と今の自分はかけ離れていた。力だけじゃ何にもならなくて、結局自分より弱い奴の言うことに従うしかなくて。


 なんか全部あほらしくなって。



 涙と鼻水でモブ顔がただのブサイクになってる事は分かってる。ここで死んでもいいのかもなんて、ちょっと思ったのもあって。


 上を見た。



 悔しいくらい運がなくて、当たり前のように木の枝が夜空を隠してて。

 自嘲気味にへへって笑って。



そんな時だった。







 綺麗な星空だった。


 これでもかってくらい星が瞬いていた。


 俺の惨めな人生を悔しいくらい嘲笑って。


 それは綺麗に明媚に秀麗に輝いていた。




 道に出たのだと気付いた。相棒は見晴らしがいい街道なら、もしかしたらと目指し続けていたのかもしれない。俺達が生きるために。

 ポクポク太郎がスピードを落とし止まる。ここで迎え撃つ気らしい。周りは平野、出てきた森以外に隠れられる場所なんてない。

 敵さえ見えれば、ポクポク太郎の異能で何とか出来る。それは相棒も分かっているのだろう。俺もポクポク太郎から降りて森を睨んだ。


 森でさえ俺たちを正確に狙ってみせた奴らが街道に出た俺達を狙えないわけがなかった。矢は雨のように俺たちに降り注いだ。

 だが、それはいくら数があろうとも、背後から飛んできている訳でも、囲うように飛んできている訳でも無く、ただ一方から降り注ぐ。


 俺は夢の為に文字通り血のにじむ様な努力をしてきた。それでも、その中に降り注ぐ矢を弾く練習なんか無かった。


 こんな状況で、俺は馬鹿だから、これを全部凌いだらかっこいいな、なんて思った。逃げればいいじゃんって思った。でも。だけど、どうせさっき捨てるかもしれなかった命で、どうせ夢のような自分になれないなら、ちょっとくらいカッコつけてみたかった。もしかしたら、これを全部防ぎきったら見かけた人がすげえ奴がいたって語り継いでくれるかもしれないなんて。


 大きく息を吸い込み、剣を振る。

 一つ。二つ。三つ。四つ目から数えるのをやめた。びっくりするくらいゆっくりと流れる時の中で鏃に塗ってある毒が、時々肌を焼く。その痛みを無視して、ただひたすらに飛んでくる凶器を切り捨てた。

 まだ、雨は止まない。息を吐く。こんな時気配とか言うのを感じれれば、目を閉じて切り落とせたのだろうか。かなり強くなったけれど殺気も、強者の風格も全然分からなかった。

 気がつけば、ももに1本、脇腹に1本、肩に1本。しっかりとぶっ刺さっていた。

 それでも手は動いた。頭は回った。足は体を支えていた。息をしていた。


 剣を振るう。誰にも見せたことが無い、我流って言えばかっこいいけど、ようは俗っぽい汚い剣。


 なーにが王国一の英雄だよ。矢の雨食らって死ぬんじゃん。

 そんな事を考えるくらいには毒が回ったのかもしれない。

矢の雨はもう止んでいた。


 馬鹿だよなあ。ポクポク太郎を守りきっても、俺が死んじゃ、しゃあねえよなあ。

 悔しいみたいにそう思う割には、なんだか少し晴れやかな気分だった。


 どうだよ。暗殺者さんよお。俺すげーだろ。どこの貴族が雇ったのかは知らねえけどよ。ちょっとくらい箔つけて俺の華麗な噂流してくれよ。

 馬鹿な奴だと笑いたきゃ笑えよ。いいんだよ。俺はこれでいい。計算は結局覚えらんねえし、剣の本だって実は難しくて殆ど分かんなかった。そんな馬鹿な俺だ。馬鹿って言われても屁でもねえ。


 後悔は一つ。幸せになりたかった。



「ポクポク太郎、後、任せる」


 それだけ告げる。寡黙な相棒は何も言わない。


 ゆっくりと目を閉じる。


 身体に力が入らない。


 地面が俺を受け止めた。





「死なせるかよ、相棒」




 そんな、割と可愛い声が聞こえたのは多分気の迷いだ。

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