下らない旅路とお馬鹿な目標

 あの後、俺は無事に新たな住居へと辿り着いた。何一つ問題なく。

 小さくもなく大きくもない、山の中に建てられたその家は木の温もりを感じるいい家だった。


 そして、家に入って驚いた。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 なんと、めっちゃ可愛いメイドさんが俺の事を待っていたのだ。


「ずっと、ずっとお待ちしておりました…」


 そう頬を赤らめながら言う姿は何処と無く妖美で、生唾を飲み込む。彼女が言うには以前俺が助けた村の住人で俺がここに住むと知り、従者として仕えることを心に決めたとの事。


 俺としても断る理由はない。


 ここから俺とメイドさんのイチャイチャライフが始まった―――










「ってのがベストなんだけどポクポク太郎、どう思う?」


 俺の夢物語をこの旅唯一の仲間のポクポク太郎に聞かせる。

 無論シカトされる。

 まあ馬だから仕方ない。

 ポクポク太郎とは俺があの仕事を始めた頃からの付き合いである。そろそろ美少女になったりしないかなあとかたまに思う。残念ながらポクポク太郎は名前の通り雄だけど。


「あーあー盗賊とかに襲われた美少女救ったら惚れられたーとかないかなー」


 めっちゃ不謹慎だがそこは妄想だ。許せ。だが、俺には手に取るように分かるぞ。全ての男達は1度は「突然村が盗賊に襲われ華麗に撃退する俺」的な妄想した事あるって。

 それの出張版、故に俺は無実。

 まあ誰にも迷惑かけてないしな。


 ポクポク太郎は馬鹿な事考える俺の事を完全に無視して、荷物と俺を背にのせ、名前の由来であるポクポクと音を立てながら鬱蒼とする森の獣道を歩く。それに揺られながらぼーっとする。

 言っちゃなんだが暇だ。だからさっきからずっと妄想してる。女子達気を付けろよ。男子がボーッとしてる時は何か妄想してるか、何も考えてないかどっちかだ。どちらにしろマトモじゃないね。


 つらつらと下らないことを考えているとコボルトが出てきた。はぐれらしい。コボルトは本来群れで行動する。1人でポツンと現れるのは大体爪弾きにされた奴だ。可哀想に。何か俺みたいだな。


 コボルトは此方を視認すると驚いて逃げていった。どうやら俺の強者オーラに耐えきれなかったようだ。クックック。


 とか言って見たりするけど、オーラなんてそんなモノ俺には分かんないから多分ポクポク太郎を見て逃げたのだろう。


 ポクポク太郎は名前の通り雄雄しい馬だからね。普通の馬より二回りほど大きいし、黒い毛並みに赤い眼は迫力ある。


 その見た目の恐ろしさから、お願いだからポクポク太郎様は街の中に入れないでとクソババアに泣きつかれたこともある。まあ派手だしね。それにどう見たって普通の馬じゃないもん。絶対やばい類の動物だもん。


 ちなみにポクポク太郎はバケモノ退治の帰りに拾った。

 そう、なんのドラマもない。仕事が終わり、帰ろうとプラプラ歩いていたら突然現れて、ずっと着いて来るから飼うことにした。助けたわけでも買った訳でもない。何か着いて来るから拾った、それだけである。


「お前さんもさあ。せめてこう、俺が来るまでバケモノに立ち向かってて、颯爽と現れた俺に助けられ、んでもって忠誠を誓ったとか、出来なかったわけ?」


 ポクポク太郎はその問いに答えることなく、行く手を阻む枝葉を踏み潰し、進む。無視されるのは知ってたから、別にいい。にしてもなんだこいつ。枝葉を踏み潰して進むとか、なんかカッコイイな…。邪魔するものは踏み潰す的な…。まあでも、


「ポクポク太郎、枝とか折るとバレて捕まるから止めてね」


 現実は厳しい。ポクポク太郎のカッコイイ歩みも残念ながら、これまでである。ポクポク太郎は唯一の理解者?だからどーしても今回の引越しも連れて行きたかった。

 その結果平野はダメ、森の中を突っ切ると通った跡でバレるからダメってことで、獣道を通るを事になっている。あんまり痕跡は残さないようにしないと。数多く通る獣の1匹になれる程度がベストだ。


 ポクポク太郎は俺の言葉を分かったのか、背の高い枝なんかを避けるように歩いた。獣道もあんまり広い訳じゃないのに器用だな、ポクポク太郎。その姿は体躯に似合ってなくて、ちょっと間抜けだった。


「お互い、大変だよな」


 そう言ってポクポク太郎の首元を軽く叩く。ポクポク太郎は俺の方を一瞥してブルルッと嘶いた。

 俺はポクポク太郎の珍しい反応に少し驚いていると、枝で額を打った。

 めっちゃ痛かった。


 あと、ポクポク太郎の目が完全に呆れていた。




 ☩


 私は馬である。


 名前はポクポク太郎。


 こんなネーミングセンスの欠けらも無い名前を付けやがった私の主は馬鹿みたいに強く、割と可愛そうな奴である。


 幼い頃、私は父と母と共に森林を闊歩していた。恐る者などいる訳もなく、父と母はこの森の頂点だった。私もそんな親に憧れていた。


 しかし平穏とは決まって壊れるもの。がやって来た。あれは災害だ。生きる暴力であり、自然の具現だと父は語っていた。翌日の朝起きると父と母は私を取り残し逃げていた。

 私は共に逃げるには幼過ぎたのだ。生きる為ならば、とても賢い選択である。だが、残念ながら私には知性があった。感情があった。


 許せない。どうして。


 そんな思いが渦巻く中、あれはもうすぐそこにいた。


 死を悟った。

 こちらを伺うそれは理解出来る恐怖でも、受け入れられる現実でもない。

 おぞましいナニカであった。

震える足では立つことすらままならず、ただそれに踏み潰されるのを待つだけであった。



 そして見た。アレの前にたつ奇妙な生き物を。猿に似たそいつは輝く棒を抜いた。刹那大きな球体が落ちてくる。それがアレの頭部だと認識するには時間が短すぎた。


 ただ一撃。

この得体のしれない生き物に畏敬の念を抱いた。


 こいつに着いていけば生きられる。


 生存本能がそう囁いた。それからは早かった。言葉も通じない。表情も分からない。ただひたすらそいつに恭順を示した。


 すると、こちらの意図が伝わったのか、食料を与えてくれるようになった。間違いなく伝わらないが一応、憎き父と母に教えられた通り、静かに嘶く事で礼を伝えた。


 しばらくすると、そいつは背に乗るようになった。どうやら楽をしたいらしい。私はそれを許容した。

私は未だ子供、体躯こそ、大人のそれと変わらないが、やはり力、技量は両親の足元にも及ばない。故に庇護してくれる者が必要となる。こいつはその点において優れている。こいつに見捨てられれば、私は恐らく死ぬだろう。生きる為に私の有用性は伝えねばならない。その意味でこの程度の役割がある方が都合がいい。


 日が高いうちは歩き、夜になれば休む、そんな事を繰り返すうちに、大きな壁が見えてきた。壁の近くまでいつも通り、背に乗る猿の指差すままに歩いてゆく。


 すると、1匹の猿が壁の向こうから文字通り飛び出してきた。まるで草原を駆けているかのように空を駆るその猿に少し感心していた。


(この猿は空を駆けるか、面白い。だが、空を駆ろうと、私には近付けぬようでは話にならんな)


 私は大地を踏み締める。情けなく背の上でくたびれている奴は、その揺れに耐えるためにしがみついた。


 そして、空を駆る猿が地に落ちる。この技は両親から教わったモノ。立ちはだかる一切を大地に叩き付ける。忌々しくも、私が戦闘で使えるものと言えば両親からのモノしかない。いつか全て捨て去りたいと願うばかりである。


『ゴアトの森の覇者!お許しを!!ここから先は我らヒトの住む地でございますれば、どうかその歩みを逸らして頂けないかと恐れ多くも願い申し出ようとしただけなのです!!何卒!!』


 どうやらこの猿の名はヒトと言うらしい。そして、どうやら両親と同じ言葉を使えるようだ。これは私にとっても非常に都合がいい。見たところ、目の前のヒトと背にのる者は同じ種であろう。奴と意思の疎通は必要だ。ヒトとやらに仲介をさせるのが賢く思えた。技を解くと、ヒトとやらは荒い息のまま跪く。


『遠回しな表現は好かん。私とて生まれてまだ20しか季節が巡っておらん。貴様の心中を曲解する事がないとは言いきれぬ。』


『申し訳ございません!』


『良い。して、この地を後にせよと言うが私は別に構わぬ。』


『で、では!』


『しかし、私は今、背に乗る貴様と同じ、ヒトとやらの下僕、私に決定権はない。やつに聞くがいい』


 少なからず衝撃を受けた様子の目の前のヒトは奴に何か言葉をかける。その様子はは先ほどの念話とは打って変わってかなり荒い。


 それにしても、自然と言葉になったとは言え、下僕とはな。目前のヒトが言ったゴアトの森の覇者とやらも随分と落ちたものだな。

ともすれば私の陰に情けなく隠れるこのヒトこそ、私の主という訳か。

…少し笑えるな。自らの主でありながら、名も知らなければ、言葉も知らず、表情も分からず、雌雄すらハッキリせなんだ。ただ分かるのは強さの頂きに立つ、それだけだ。


 それでもいい気がした。強ければそれが全てと思える自然に属していたからだろうか。

 きっと、それだけでは無かった。


 この短い旅で。ここまでの短い旅で。


 先日無くしたと思っていた暖かさに触れた。


 そのことに気付くのはもう少し先で。


 少なくとも。


『申し訳ございません。貴方様の主を少々お借りします』


『好きにせよ。そういう奴だとは何となく理解している』


 奴が目の前のヒトに毛皮を引かれて連れて行かれる今ではない。





 以上が私、ポクポク太郎とこの馬鹿との出会いである。


 非常に不愉快な勘違いが、この薄らバカのせいで生まれている気がする故に訂正しておこう。


「ポクポク太郎、お前明日起きたら美少女になっててね頼むよ」


「ってお前雄だったわ。すまんすまん」


「…はあ、寝よ」





 腐ってもゴアトの森の覇者とやらだ。この馬鹿と付き合ってきたこの数年、何もしてないわけがない。ガルラード、あの時のヒトから教わったのだ。


「喋れるし、私は女だ。この愚か者」


 まあ、でもヒトになるのは流石に無理だがな。

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