第20話 バザー革命!

 バザー当日の朝――――。

 教会の前にある村の広場は、華やかに飾り付けられていた。


「さあ、稼――――じゃなくて売るわよー!」


 エリザベスは教会の門を背に開いた屋台の中で、思い切り伸びをした。

 開始と同時に、親に連れられた子供二人がやってくる。


「あーあー、またシスターのクッキーか」

「かあさん、あれ、もう飽きた~」

「あなたたちが行きたいって言ったんでしょう」


 お母さんと子供達の会話が聞こえてくる。

 シスターのクッキーとは伝統的に作られていた教会のお菓子で、エリザベスが来る去年まで違う物を作ろうとは誰も思わなかったらしい。

 慣習や伝統は良い面もあるけれど、変化しづらくなる悪い面もある。


「やっぱ、帰る。興味ないし」

「もう……ここまで来ておいて! 気分屋な子たちだよ」


 娯楽の少ない村なので、子供達は一応楽しみにしていたのだろう。

 けれど、去年のことを思い出して、やっぱりいいやとなってしまったらしい。

 他の家族も皆ある程度同じ反応で、とぼとぼと下を向いて歩いてくる。


 ――――ふふふ、今回は違くてよ。


 エリザベスは自信たっぷりに心の中で高笑いすると、子供達を待ち構える。


「ええっ! なんだ、これ、すげーっ!」


 すると一人の子供がいつもと違うバザーの様子を見て、声を上げる。


「たいしたことな――――うおっ、前とまったく違う!」


 他の子供達も口々にその様子に驚いた。




 広場の外周にはぐるりと絨毯を敷いて、行商人が品物を広げている。

 食べ物から古着、生地、雑貨、玩具まで、売り物は様々で見ているだけで飽きさせない。


 お客は内周を歩いて周り続けられるので、詰まることなく、人の流れもばっちり。

 さっそく猫の着ぐるみ――ゆるキャラ“ノルテにゃん”に入っているモーリッツには子供達が突撃している。

 籠から小さなカステラを配るロクサーヌには人々が集まっていた。

 ちなみにその商品名はノルテにゃんカステラ、ノルティア教会の新名物だ。

 それらに加えて、教会の前では、エリザベスの考えた見たこともない新作屋台料理がずらりと控えている。


 ――――私が来たからにはしょぼい、マンネリなんて言わせない!


 すべてはエリザベスがイベントプランナーの記憶と知識を駆使して、企画したものだった。


 元々のバザーは、三ヶ月に一回ある村での数少ない行事。

 周辺の村や街からも人がやって来て、シスターがお菓子を売って、村の人がバザーで品物を売る――――だけだった。


 やはりそれだとマンネリ化するし、村の人が村の人に物を売るのだと、そんなに流行らない。

 そこでエリザベスは各所を説得して、豊富な資金力を活用し、バザーを改革した。

 まずイメージしたのは、バザーというよりもお祭り。

 立食できるメニューを豊富に考えて、それらを教会のクッキーに代わるものとして用意した。

 前世のお祭りで出していた屋台料理が大活躍。

 村人達が食べたことも見たこともない料理を、なるべくその場で作って見せる。

 いわゆる五感を刺激する娯楽。

 さらにエリザベスは、バザーへの出店を行商人に誘致した。

 こういう時には必ず取るのが慣習になっていた出店料や場所代を取らないことにし、食事を教会から提供することにした。

 旅費以外、損をしないというのは絶大だったらしく旅商人がこぞって押し寄せて大成功。

 人の流れ方にも気を配り、雰囲気作りの装飾や、音楽も手配した。


 ――――久しぶりに良い仕事をしました。


 バザー全体の出来に、エリザベスは大満足だった。

 押し寄せた旅商人の対応など、準備はとても大変ではあったけれど。




「あそこ、雲売ってる! 雲たべてる!?」

「ええっ!? 雲ってたべれんのか!?」


 子供達が驚いて、引き寄せられていくのは、ヒルデの売るわたがし。

 商館で仕入れてきたあの質の良い砂糖を使ったお菓子だった。


「ふわふわだよー」

「あまあまだぜー」


 売り文句を言いながらわたがしの受け渡しをしているのは、トニとフェルシー。

 教会の子供達もシスターが忙しいのを見て、交代で手伝ってくれた。


「どうぞー」


 フェルシーが同じ年ぐらいの女の子二人にわたがしを手渡す。


「口に入れたら溶ける~! お母さんにも教えないと」

「お砂糖なの? どうやってふわふわにしてるんだろう」


 やや小ぶりで歪だけれど、皆を驚かせるには充分。

 これでも作るのは結構な苦労が必要だった。


 まず、大きめの鍋に砂糖を溶かして粘度のある液体にする。

 次に鍋よりやや小さめの直径のプロペラを用意して、そこへ液体を浸す。

 プロペラはハンドルを回すと回転する仕掛けになっていて、熱した砂糖がついた羽根を空中で舞わすと白い糸が出てくる。

 それを木の棒で素早く巻き取る。


 砂糖の温度とプロペラの回転と、巻き取るコツがわかれば、案外出来てしまう。

 ヒルデはそれをてきぱきと一人でこなしていた。


 ――――名づけて人力、わたがし機。


 要は溶かした砂糖が遠心力で飛ばされながら冷えて、細い糸状になればいい。


「焼きとうもろこし! 焼きとうもろこしだよ!」


 ルシンダが、活気の良い声を上げてたっぷりとバターを塗った焼けるとうもろこしを扇いで、匂いを広場にまき散らしている。

 バターは塩をたっぷりと入れた有塩バターで、焼いたとうもろこしの甘さをさらに引き立たせる。

 食欲をそそる匂いにつられて、子供も大人も集まってくる。


「おっと、こっちも作らないと」


 とうもろこしの焼け具合を確認すると、ルシンダが隣の屋台に移動する。


「見ててごらん。今から爆発するから!」


 集まってきた子供に向かって、ルシンダが話しかける。


「爆発?」

「そうそう。でも鍋の中だから、危なくない!」


 まずは鍋の中身を観客に見せる。

 小さな豆のような粒が沢山あり、そこへバターを投入すると蓋をして火にかける。


「わっ! わっ!」


 するとしばらくして、鍋からポンッ、ポンッと弾ける音が聞こえてくる。

 見えていた人達がびくっとして、驚いた。


「じゃーん!」


 頃合いを見て、火から下ろして蓋を取ると、豆みたいな物が白いポップコーンに変身している。

 最後に塩を振りかけて完成。


「うおおっ!?」


 手品みたいな変化に、子供達が派手に驚く。


「少し食べてみてください」


 にこにこと店番をしてくれているマートが、見ていた人にポップコーンを配っていく。


「なんだ、これ、おいしいっ!」


 食べて、その香ばしさと風味、食感にまた驚く。

 特別な機械がないと作れないと思いがちな屋台や映画館の定番のお菓子――――ポップコーンだけれど、実は簡単にできる。

 用意するのは、粒が小さく硬いとうもろこしを乾燥させたもの。

 バターなどの油で炒めれば、中の水分が膨張して弾けたものがポップコーン。

 味をつければ、手軽な菓子ができあがり。


「ありがとうございます」


 物珍しさもあって、マートの手から次々売れていく。


「家にいる旦那もつれてこないとね。バザーがこんなに楽しいなんて」


 所々で、こんな声が聞こえてくる。


「全種類食べようよ~っ」

「好きなもの一つだけだよ!」

「うっそ、無理!」


 参加者から次々嬉しい声が上がる。

 そんな中で男爵令嬢のシャルロッテも頑張っていた。


「りんご飴です! りんごの飴とは別物ですわよー」


 試作で手伝ってもらったりんご飴の売り子をしてもらっている。

 屋台には木串に刺したりんご飴が艶々と光っている。


「宝石のような美しさ、そして齧<かじ>るとカリカリの食感。何よりお嬢様が元気に作って売っている至高の品、たまりませんわ!」


 屋台の前でりんご飴を食べて大げさに感想を言っているのは、彼女のメイドであるバネサ、その隣にセニアもいる。

 いわゆるサクラをしているらしい。


「最後のは、いらないから。あと、わざとらしい」

「そ、そうですよっ、エリザベスさんは……自然体で美味しそうに食べてくださいって言ってましたよ」


 屋台の中でシャルロッテがつっこみ、セニアもそれに同意した。

 ふとそこへ、街から来たのだろう身なりの良い男の子が近づいてきたことに、シャルロッテが気づく。


「……買うの? 買わないの?」


 彼女の様子にドキッとして、男の子が顔をやや赤くする。


「か、買う……!」

「銅貨一枚よ。三個で銅貨二枚と半銅貨一枚だけど?」

「さ、三個……! ほしいけど……」


 反射的に男の子が答えたところで、母親らしき人が追いついてくる。


「お父さんの分も含めて、全部三個ずつ買いましょう。どれも美味しそうだし」


 シャルロッテは女の人から硬貨を受け取ると、りんご飴を三個手渡した。


「あ、ありがとうございました」


 少しぎこちないけれど、笑顔でお見送りもできている。

 きっとあの親子が食べているところを見て、シャルロッテのりんご飴にもこの後、客が殺到するに違いない。

 午前中からバザーは中々の好評だった。

 これであれば噂を聞いて、午後はもっと盛り上がるはず。


 ――――正直、お客様が入っても今回は赤字なのは覚悟してるけれど。


 人件費が掛からないにしても、価格をギリギリに設定したので収支は厳しい。

 廃棄ロスは無駄的にも絶対厳禁。売り切るのは当然として……。

 今回は、今後に向けてのお披露目代だとエリザベスは考えていた。

 次回からは、少しは出店する商人からお金を取る方法を考えればいい。

 すでに始まったばかりで売り切れてしまった露天もあると聞いている。

 実績が伝われば、出店料を取ると言っても不満はでないだろう。


 ――――うんうん、この感じ……。


 今日だけでも村が賑わっていた。

 人が流れ、お金が流れ、笑顔が溢れる――――イベントの好循環。


 ――――会場はもう少し広場に繋がる通路まで広げてもいいかも。売り子は増やさなきゃ。でもおもてなしの気持ちは忘れないように教えて……。


 エリザベスは企画者として全体の確認だけでなく、次回への改善点も考えていた。

 成功したことも必要だけれど、常に改善が良いイベントにするポイント。

 毎年同じことを、同じように行うだけでは、動員数や売り上げが減っていってしまう。


「エリザベス、鉄板が温まったぞ」


 頭の中であれこれメモしていると、レオニードが声をかけてきた。

 新作屋台料理のほとんどはシスター達に任せていたけれど、これだけは難しいので自分でやらなくてはいけない。

 今回の一番の目玉――――たこ焼き!


「はーい、今行きます!」


 バザー全体の観察を中断し、たこ焼きの屋台に入った。


「確認たのむぜ、エリザベスの嬢ちゃん」


 レオニードと準備をしてくれた鍛冶屋のホベルトが尋ねてくる。

 エリザベスは、手を近づけて鉄板全体の温度を確かめた。


 ――――火加減が難しい鉄板なのに、きちんと全体が温まってる。さすがホベルトさん。


 火の扱いの達人ということで、特別に手伝ってもらっていた。


「ばっちりです!」


 親指を立てて見せると、ホベルトからも同じようにグーが返ってくる。

 深呼吸すると、エリザベスは声を張り上げた。


「さあさあ、皆さん! シスターエリザベスがたこ焼きを作りますよ」


 客が一斉になにごとかと集まってくる。


「なんだ、なんだ? たこ?」

「あっ、シスターエリザベスだー」


 視線が充分に集まったところで、調理開始。

 油を塗った鉄板に小麦粉と水と卵を溶いて、刻んだキャベツとネギとまぜたタネを均等に落とす。

 わざとあふれ気味にして、ぐつぐつとさせる。


「な、なにこれ? 見たことない!」

「シスターエリザベスのうごき、はやーい」


 たこ焼きの鉄板側が焼けてきて、良い匂いが広がってくる

 そこからが一番の腕の見せ所。


 ――――固まってきたら、周りの薄皮を穴に入れながらひっくり返す!


 シュッシュと千枚通しで突いて、回転させていく。

 ちなみに一度でひっくり返すのではなく、面倒でもこまめに動かしていくのがまん丸くなるコツ。


「うわぁ、すごい。くるっとした。丸くなってる!」


 見ていた子供達がキャッキャと喜ぶ。


「良い感じ、もうすぐできる」

「…………」


 何も言っていないのに、さっとレオニードがたこ焼きを乗せる陶器の細長い皿を差し出した。

 そこへエリザベスが焼き加減を見ながら、六個ずつ乗せていく。


 次にレオニードが壺の中のソースを刷毛で塗った。

 ソースはまだ試行錯誤の余地があるけれど、試作よりコクを出した。

 材料は、トマト、炒めた玉ねぎ、リンゴ、酢、塩、砂糖、唐辛子、クローブ、ローレル、タイム、シナモン、あと……。


 ――――隠し味にはちみつを少々!


 さらにその上へ搾り袋のような布でマヨネーズをかけていく。

 マヨネーズは卵、油、酢、塩で作るのでわりと簡単な調味料。

 サラダにも魚にも肉にも合う万能で、ノルティア教会でもすでに大人気だった。

 最後に、青のりの粉末をパラパラ。

 青のりは、あおさで代用した。

 教会の子供達と磯の岩場へ行ったら香りのいいものがたくさんあったので、天日干しして砕いたもの。

 小さな木の串を刺して、完成!


「お、おいしそー!」


 子供達ができあがったたこ焼きを見て、合唱する。


「熱っ! ふはっ、美味っ」


 食べると、また同じ言葉が重なった。


「火傷に気をつけて食べろ」


 無愛想にレオニードが客へ注意を促す。

 それでも我慢できず、受け取った人がすぐにたこ焼きを口へ運んでいく。


「んんっ~。カリッとろ! 中のぷりぷりした食感も美味しい!」


 大人も子供も、舌鼓を打っていた。

 たこ焼きも大好評! 大成功!


「次は四つ、いや八つだ」

「わかりました。どんどん作るので味付けと受け渡し、お願いします!」


 次々注文が入り、エリザベスとレオニードはフル回転でたこ焼きを作り続けた。

 目が回る忙しさだけれど、仕事が忙しい時に味わう高揚感があって、楽しい。


 それもレオニードの存在が大きいことを認めざるを得なかった。

 黙々と頼んだことを忠実にこなし、それだけでなく先回りもしてくれる。

 皿を出すタイミングも完璧だし、各種補充も素早い。


 ――――たこ焼き調理のパートナーとしては完璧なのよね。


 あくまでも、バザーでだけのことだけれど。

 あと……あと誰かを脅す時?

 ハイになってぶっそうなことを考えながら、エリザベスは鉄板を突き続けた。

 そうして、気づけば太陽が真上から斜めへ傾き始めていた。

 昼を少し過ぎた頃で、客足も次第に落ち着き出す。


 ――――休憩、入れなきゃ。


 疲れて、集中力が落ちてくるとミスが多くなる。

 その前にきちんと休憩を取るべきだろう。

 思い出したように、お腹も減ってくる。


「はい、レオニードの分です。教会の厨房で食べてきて、交代で休憩。ついでに厨房の追加食材も帰りに持ってきてください」


 普通より多めに、たこ焼きを皿へ盛ってレオニードに手渡した。


「ああ……」


 頷くと、彼は皿を受け取って教会の中に入っていく。


 ――――私が休憩に入る前に、少し多めに作らないと。


 頬を軽く叩いて気合いを入れると、鉄板にたねを流し込んでいく。

 食欲をそそる美味しい匂いと湯気、そして音が再び、辺りに広がっていった。




※※※




 教会の厨房に入ったレオニードはその辺にあった椅子に座り、たこ焼きを食べていた。


 ――――うまい!


 やはり、エリザベスの料理は格別だ。

 今まで食事など身体を動かすための栄養としか考えていなかった。

 それが彼女の料理を口にして一変した。

 もっと食べたいと思う。

 その個性的な味と見た目に驚かされる。

 何不自由ない公爵令嬢だったはずなのに、彼女はとても生き生きとしていて、行動的で、発想力豊かで、楽しさに、楽しくさせることに貪欲だ。

 惹きつけられて、やまない。

 それに……。


 ――――この感触も悪くない、何だろうな。


 彼女と共に調理をしていると、充実感が溢れてくる。

 剣を握り、任務を達成した時の達成感と似ているけれど、違う。

 ずっとこのまま、いつまでもいたいと思わせる。

 時が流れなければいいと思う。


「……追加の食材……これか」


 たこ焼きを食べ終えたレオニードは、休憩と同時に彼女から頼まれたことを思い出して、椅子から立ち上がった。

 厨房を見渡すと、木の大きなボウルを見つける。

 中には刻んだキャベツとネギがたっぷりと入っていた。

 さらに隣にも大きな寸胴鍋が――――。


「お前……こんなところにいたのか」


 鍋の中でゆでられていたのは、半分になったタコだった。

 それは港の漁師から買ったもので、てっきり彼女が「食べるんです」と言ったのは冗談だと思っていたのだが……。


 あんなくねくねとした物を本当に食べるとは。


「む…………」


 改めて、レオニードはエリザベスの尽きない探究心に唸った。




※※※




 レオニードがお願いしたとおり補充の食材を手に戻ってきてくれる。

 エリザベスが休憩に入ろうとしたところで、広場がざわつく。


「なんだろう?」


 何か事件でも起きたのだろうか。


「レオニード、見てくるのでお店お願いします」

「…………」


 黙って頷くレオニードを信頼して、店を離れようとしたけれど……必要なかった。


「こんにちは、大盛況みたいだね」


 エリザベス達の前に姿を見せたのは、領主であるクリストハルトだった。

 ざわついていたのは突然、領主が来たからだったようだ。


「ええ、クローレラス伯爵のお許しと協力があってのことです」


 つい令嬢の時のように膝を軽く折り、頭を少し下げて挨拶をする。


「いや、僕も勉強させてもらうよ。君の経営手腕はとても興味深い」

「そんな……大したことではないです」


 領主は領地全体を考えなければならない。

 それに対してエリザベスは、教会とバザー、広げてもノルティア村のことだけを考えていれば良い。

 その違いはかなり大きなことだと思う。

 ただ、褒められたことは純粋に嬉しかった。


「謙遜は美徳だね。そして、成功には必要なことだ」


 クリストハルトが指を鳴らして執事を呼んだ。


「手伝わせてもらうよ。人手は多い方がいいだろう? ダニエル、使用人達を適切に振り分けて」

「お任せ下さい」


 元々、シスターだけでは人手がギリギリだと気づいていたのかもしれない。

 クリストハルトは使用人達を連れていて、屋台を手伝ってくれるようだった。

 さっそく手が回っていなかった並ぶ列を整理したり、洗い物をしてくれている。


「兵も村に配置してあるから、安全面も安心して」


 実のところ、バザーを訪れる人が多くなるとスリやもめ事などが心配だった。

 けれど、村に警備に回す人などはいなくて、お手上げだったのでとても助かる。


「ありがとうございます」

「気にしないで。領主として手伝うのは当然だよ。エリザベス嬢が来てから、ノルティア村は、ううん……クローレラス領自体が、いい方向に変わっていっている気がするんだ」

「そんな……私はただ、楽しいことをしたかっただけで」


 お礼を言うと、さらに褒められてしまう。

 そして、なぜか隣のクリストハルトがクリストハルトを若干睨みつけている。


 ――――あれ? この二人って旧知で仲良いんじゃなかったの?


「まあ、褒めすぎはよくないね」


 レオニードの視線を浴びたクリストハルトが苦笑いする。


「これで問題なく、無事やりきれそうです。よかっ――――」


 その時、ビューっと突風が吹いた。

 屋台の天幕が風で浮き、パキッと支柱の木が折れる。


「えっ……?」


 ――――これって……まずい……二度目の人生もこんなところで終わり!?


 天幕の下敷きになることを覚悟して、目を瞑る。

 その瞬間、誰かの腕がエリザベスの身体を力強く引っ張った。


「怪我はないか?」


 ゆっくり目を開けると、レオニードの腕の中だった。

 後ろから肩を抱いて引き寄せてくれたらしい。

 もう一方の腕は傾いた天幕を支えている。


 ――――近い……。


 鼓動と呼吸、あと体温が感じられる距離。

 家族か親しい人にしか許さな距離にレオニードがいた。

 トクンと鼓動が高鳴る。


「ありがとう、ございました」


 彼が体勢を崩さないようにそっと天幕の下から離れる。

 屋台の他の部分も倒れないように、クリストハルトが支えてくれていた。

 鉄板があるので一大事だ。

 レオニードがじっとこちらを見ている。

 何だか、その視線がいつもの監視するものと違って、熱を帯びている気がする。

 そんなわけないのに……。


「あっ! 他の屋台も大丈夫だったか、急いで確認してきます。ここはお願いします!」

「…………」


 逃げるように視線から逃れる。

 幸いなことに、他の屋台に被害はなかった。




※※※



 夕日が地面へ落ちていく頃、バザーは無事大きな問題もなく終わった。

 ほとんどの物が売り切れ、売る側も買う側も笑顔が溢れている。


 ――――うーん、思ったよりもずっとずっと……大成功!


 シスター達や教会の子供達、それにレオニードやクリストハルト、シャルロッテ、モーリッツにホベルトなど皆が手伝ってくれたおかげだ。

 忙しくも、楽しくて、あっという間のことだった。

 終わっても広場に残っていた人達がポツポツと去って行く。

 少し寂しい瞬間。

 すると一人の男の子がタタタッとエリザベスの方に向かってきた。


「また来てやるからなーっ!」

「うん、待ってる!」


 苦笑いしながら、頭を下げるお母さんの元に戻っていく男の子。

 帰って行くのをエリザベスは手を振って見送った。


「何を言われた?」


 片づけを終えたレオニードが来て、声を掛けられる。


「子供が、バザーまた来たいって」


 エリザベスはレオニードの方へ振り向いた。


「ふふ……絶対次もやりましょうね」

「………………」


 レオニードは少しきょとんとして、それからいつもみたいに無表情で頷く。

 思えば、彼のことも随分知った。


 冷酷に任務をこなす、ような人ではなく、困っていれば躊躇なく助けてくれること。

 あんな大きな剣を振り回すくせに、手先は意外と器用なこと。

 ほとんど無言で、言葉は少ないけれど、注意深くみていると表情の変化があること。

 言い訳しないこと。

 いざという時、守ってくれること。


 そして――――たまに優しいと思えること。


 こんな日々がずっと続けばいいな、とエリザベスは夕日を二人眺めながら思った。

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